小話3 日曜の午後と、ものすごくどうでもいい会話
休日の午後、青豆はソファの上でうつ伏せになっている。
香澄は友達と旅行、お手伝いの森さんもお休み。
二人きりの空間。
横で海翔が、青豆の髪を指でくるくるしている。
「ねえ、それ、何してるの?」
「髪の毛、くるくるしてる」
「見れば分かるよ」
「じゃあ聞かないでよ」
言葉のキャッチボールにならない。
でも、ふたりの間では、これが“会話”として成立している。
「今日、外行かないの?」
「外、暑い」
「藤堂、基本的に家で干からびるタイプだよね」
「青豆は、基本的に俺を日干しにするタイプだよね」
青豆は笑う。
恋人というより、漫才の相方みたい。
それでも、その“掛け合い”が、何よりも心地いい。
青豆は、横で寝転がる海翔の指を見ていた。
爪がきれいに整っている。
男子高校生にしては、きれいすぎる。
「なんか、爪きれいだね」
「褒めてる?」
「観察してる」
「観察結果は?」
「んー…清潔感があり、たぶんモテる」
「“たぶん”って何」
青豆はにやりと笑う。
こういう返しをするときの顔が、海翔は好きだ。
「青豆」
「ん?」
「俺、手つないでいい?」
「断っても、つなぐでしょ」
「正解」
海翔は手を伸ばし、青豆の指をそっと包んだ。
最初は軽く、指先だけ。
でも、少しずつ力が入る。
青豆の指先が小さく動いた。
逃げるような、でも逃げたくないような。
「心臓の音、聞こえる?」
「聞こえないよ」
「聞かなくても分かるでしょ」
「うるさいってこと?」
「うん。たぶん、今の俺、Wi-Fiより強い」
「何その例え」
「伝わった?」
「だいたい」
青豆は、海翔の肩に頭を預けた。
静かだ。
エアコンの音と、遠くで鳴く鳥の声だけ。
恋の最中というのは、世界が少し小さくなる。
リモコンも、スマホも、未来のことも、どうでもよくなる。
いま隣にいる誰かの呼吸だけが、やけにリアルになる。
「藤堂」
「なに」
「ずっとこうしてたい」
「……Wi-Fi切れるけど、いい?」
「いい」
――午後三時、恋人たちは、静かに世界をオフラインにした。
二人の影が重なる。
ただの粘膜の触れあいで、こんなも満たされる。
鼓動が先ほどより早い。
息が混じった。
それだけで、世界がほんの少し傾いた気がした。
「……ん、藤堂、長い」
「ごめん。あとちょっとだけ…」
一度離れた唇をまた塞ぐ。青豆は抵抗しない。
その瞳に少しの抵抗が見て取れる。
かわいい、世界一かわいい。ちょっと嫌がっている青豆もかわいい
「んっ…」
青豆の色っぽい声を合図にぐっと舌を進めると
さすがに叩かれた。
海翔はそれでも世界一幸せだった。
恋愛とは、特別な言葉を交わすことじゃない。
どうでもいい話で、同じ時間をゆっくり浪費できること。
――それを“幸せ”と呼ぶ日もある。




