小話2 鳥居の前、罠と嫉妬の協奏曲
不運に愛され、不運を愛した女――西園寺青豆。
初詣で配られる甘酒は、目の前の人で終了し、
賽銭箱の前でお参りすれば、投げ入れられるお賽銭に当たり、
そして、“大凶”の入っていないはずのおみくじで、大凶を引く。
これは、そんな青豆の初詣の一日。
朝、目覚めるとLINEの通知が見たことのない数字になっていた。
見ると、グループラインにあけおめの山。
いや、あけおめの雪崩?
もはや誰に“あけおめ“して、誰にしていないのか分からない。
青豆は返信せず、スマホを閉じた。
西園寺本家では元旦の挨拶が行われる。
青豆は未成年を理由に、午前中の挨拶だけで解放される。
忘れがちだが、青豆はお嬢様。
良家のお嬢様、本家の長子である。
――たとえ朝イチで見る番組がNHKのラジオ体操でも
元旦早々、お雑煮で口をやけどしても
お笑い番組で笑い転げてソファから落ちても
彼女はまごうことなき、生粋のお嬢様なのだ。
そんなお嬢様が、初詣に着物姿で鳥居の前に佇んでいたら、どうなるか。
お察しのとおりである。
「ねえ、君ひとり?俺たちこれからカラオケ行くんだけど…」
うざい。
そしてなぜか、彼らは断ると逆ギレしてくる。
勝手に声をかけておいて、なかなかの理不尽である。
着物で来るんじゃなかった。
本家から車で送ってもらうまでは“正解”だったのに、
せめて待ち合わせは駅前にすべきだった。
「おい。」
ヘラヘラした男たちの背後から、低く地を這うような声。
知らない声――と思ったら、海翔だった。
「その子に何の用?俺の彼女なんだけど」
男たちは、舌打ちして去っていった。
さっきの声、本当に海翔?
青豆はフリーズしたまま、動けなかった。
「ごめん、遅れて」
海翔は柔らかい笑みを青豆に向ける。
それだけで、周りの温度が少し上がる。
実際、周りの女の人が一斉に色めき立った。
「ううん、車だったからちょっと早く着いちゃって。」
「それで?ナンパされた?何人に?」
ん? この空気、どこかピリッとしている。
「藤堂、ちょっと怒ってる?」
「…青豆には怒ってない」
ん?なんかいつもと違うぞ
全身の毛穴がぞわっと開く
青豆の中の不運警報がどこか遠くで鳴っている。
「行こうか?」
海翔がやや強引に手をつなぐ。しかも恋人繋ぎ。
青豆は顔を真っ赤にした。
「そうだ、電話でもう言ったけど――」
「明けましておめでとうございます。」
「あ、うん。明けましておめでとうございます。今年もよろしくね」
「よろしく。」
空気が、少しだけやわらかくなる。
良かった。勘違いだったみたい。
「青豆ってさ、よくナンパされるの?」
「そんなことないよ。…着物だからじゃない?」
「心配だな」
「ついて行かないよ」
「ついて行かれたら、それこそ驚く。一か月はご飯が喉を通らない」
「行くわけないじゃん」
「そこは信用してる。」
少し間をおいて――
「でも、次からは家まで迎えに行くから。」
「そんな!心配しすぎだよ」
「心配っていうか、俺がやだ」
意外とやきもち焼き?
ちょっとかわいい
恋とは人を愚かにする
この時、青豆は愚かだった
――後悔している、けれど後悔先に立たず。
「わかった。いいよ」
「ほんとっ!?良かった。」
賽銭箱の前に立つと、神様までは遥か遠く。
眼下には、小銭やお札が正月仕様のお賽銭箱代わりの白い布の上に散らばっている。
――遠い。神様、遠すぎない?
それに、願う人も多すぎない?
青豆はお賽銭を投げ入れ、そっと目を閉じた。
「神様、私の分はお休みして頂いて構いません。」
我ながら、いいことを願った。
と思った瞬間――頭に五円玉が当たった。
痛っ!
見上げても、誰が投げたのか分からない。
と思ったら、もう一発。
痛い!痛い!!
青豆は命からがら、賽銭箱を後にした。
どうやら、運の悪い人が行く場所ではなかったらしい。
不可解なことに、隣の海翔には一枚も当たらなかった。
「なんで当たらないの?」
「逆になんで当たるの?」
神様って、いじわるだ。
そして、最後におみくじを引く。
普段“大凶”しか出ない青豆にとって、これは大チャンス。
元日は“神社が大凶を抜いている”と聞いている。
青豆は意気揚々と引いた。
――大凶。
なぜ!?
今日は“大凶”の出ない日じゃなかったの!?
この神社は例外?
それとも“大凶だけど中身がいい”パターン?
確認する。
恋愛―思い込み注意
健康―食べすぎ注意
願事―叶うが時間がかかる
失せ物―出ず
待ち人―来るが会えず
……悪い。
なんなら、いつもより悪い。
青豆はおみくじを握りしめ、空を見上げた。
見上げる時に海翔のおみくじが視界に入った
――大吉
うん、今日も、世界は平常運転。
――青豆だけ、若干の不具合つきで。
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「そういえば、言うの忘れてた」
海翔が思い出したかのように、つぶやく。
「青豆、今日すごく綺麗」
「あ、ありがとう…どうしたの、急に」
「すごく綺麗だから、また着物着て欲しい。そんで着たら見たい」
「そうですか」
思わず、敬語
「でも着物着て、一人で出かけて欲しくない」
「WHAT‘S?」
思わず、英語
「青豆、綺麗すぎるんだよ。着物で出かけたらナンパされちゃう」
「着物着て出かける時は呼んで」
「いや、そう簡単に呼べるわけないじゃん…」
思わず、反語
「あと、足も肩も、出すときは俺が隣にいるときだけにして。」
「はぁ…」
青豆はこのとき、まだ愚かだった。
すずめに後日話したとき、
「とんだ束縛野郎だな」と言われて、ようやく我に返った。
でも、もう遅い。
このあと、着物を着るたびに“見せびらかす”を課され、
足も肩も出せず、
海にも行けない日々が始まるとは――
このときの青豆は、まだ知らなかった。
「青豆、はい甘酒」
「もう売り切れじゃなかった?」
「あっちはね、こっちは穴場」
まだ湯気の立つ甘酒で暖を取る。
ちょっとおいで、と言われた場所も良かった。
ちょうど良く木々が視線と風を遮り、
しかも石造りの塀は座るのに丁度いい高さだった。
海翔がハンカチを引いて、どうぞ、と青豆を促す。
「紳士~」と軽口を叩きながらも、青豆は顔を赤らめる。
ふーふーと甘酒を冷まし、口をつける。
温かさが喉を通り、胃の腑に落ちる。
「あったかい…藤堂も飲む?」
一つしかない甘酒を藤堂に差し出す。
「俺は良いよ。あとで青豆に暖めてもらう」
どういう意味?と思わなくもなかったが、青豆はスルーした。
なんでスルーしてしまったのか、未だに謎だ。
神様のいたずら?それとも海翔の幸運?
飲み終わると、海翔は待ってました、と言わんばかりに
青豆から紙コップを取り上げ、青豆に近づいた。
え?と口に出す暇もなく、唇が重なる。
「とっ、藤堂っ!」
驚いて、後ろに仰け反る。
塀の後ろに倒れこみそうになって、海翔に抱き着いた。
神様って非情だ。
「あっぶな…」
海翔が青豆を支えてくれなかったら、着物は土だらけになっていただろう。
いや、血だらけ?
「青豆ってホントあぶなっかしい…」
「今のは半分、藤堂のせいだよ」
「ごめん。でも、俺、あとで暖めて言ったよ?」
「そんな意味だと思わないよ…」
「じゃあ、そんな意味です。キスしたいです。」
「ふ、ふふ…」
素直な海翔に、青豆はこらえきれずに笑う。
「しょうがないなぁ。ちょっとだけ、ね」
ん、と上向きになると、顎にそっと手が添えられる。
優しいキスが始まる。
うん、優しい
……優しい?
「ん!んーーー!!」
必死に抵抗するが、顎に添えられていたはずの手は後頭部に周されていた。
あれ?逃げ場がない。
先ほど落ちそうになった時に、腰にも手を回されていた。
一歩も引けない。
優しいと思ったのに。熱い。
でも、逃げたくなかった。
それが恋の怖さなんだろう。
「ふうん?甘酒ってこんな味なんだ、意外と美味しいね?青豆」
つやつやした海翔がお礼を言いながら、青豆を開放した頃
青豆は息も絶え絶えだった。
神様、これも試練ですか?不運の割に、試練が濃すぎます。
ここまでくると青豆も気づく
海翔は運がいい男なのだと。
青豆とまるで正反対ではないか
そして不運と運の引力で、引き合うのかもしれ合い。
それなら私たちはお似合いの二人。




