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13 新たな仲間、そして最後の脅威


リリアンが仲間に加わってから数日が経った。彼女は元の優しい性格を取り戻し、その時間魔法を今度は仲間たちのために使い始めていた。


「少しだけ時間を遅らせて、皆さんの疲労を回復させますね」リリアンが優しく微笑みながら、一行の周囲に薄い時間魔法をかけた。歩行のペースは変わらないが、体感時間がゆっくりになり、疲れが和らぐ。


「ありがとう、リリアン」エリアが感謝を込めて言った。「あなたの魔法があると、長旅も楽になります」


「時間魔法をこんな風に使うとは思わなかったな」ガルスも感心していた。「戦闘以外での応用は無限にありそうだ」


しかし、ルシアンは手にしていた報告書を眺めながら険しい表情を浮かべていた。


「喜んでばかりもいられない」ルシアンが呟いた。「魔王軍の最後の天王の動きが活発化している」


「最後の四天王...」エリアが緊張した。


「どこに現れたんだ?」ガルスが尋ねた。


ルシアンは地図上の一点を指差した。


「王都北東の貴族領グランヴェール公国。そこで不可解な事件が続発している」


「どのような事件ですか?」セレスティアが身を乗り出した。


「領主のグランヴェール公爵が突然、『完璧なる美』について語り始めたらしい。そして領内の貴族たちも次々と同じ思想に染まっている」


リリアンが不安そうに呟いた。


「それは...まるで集団洗脳のような...」


「詳細は不明だ」ルシアンが報告書を閉じた。「ただ、間違いなく魔王軍の四天王が関与している。恐らく最後の天王だろう」


エリアが心配そうに言った。


「これまでの三天王は皆、根本的には善良な人でした。でも最後の一人は...」


「分からない」ルシアンが首を振った。「だが、一つ確実なのは、相手が何者であろうと止めなければならないということだ」


一行は急いでグランヴェール公国へ向かった。しかし、到着した時に目にした光景は、彼らの想像を遥かに超えていた。


公国の城下町は、一見すると美しく整えられていた。建物は完璧に修繕され、街路は塵一つなく清掃されている。しかし、そこを歩く人々の表情には、どこか異様な空虚さがあった。


「なんだか...人形みたいですね」リリアンが不安そうに呟いた。


「ああ」ルシアンも同感だった。「まるで魂が抜けているような...」


その時、城の方角から美しい笑い声が響いてきた。その声だけで、聞く者の心を魅了するような、天使の歌声にも似た美しさだった。


「あの声は...」エリアが聞き惚れそうになったが、ルシアンが手で制した。


「警戒しろ。恐らくあれが四天王だ」


城に到着すると、玉座の間で信じられない光景が待っていた。


そこには、この世のものとは思えない美貌の男性が座っていた。黄金の髪、完璧な顔立ち、まるで彫刻のような肉体。しかし、その美しさには何か人間を超えた、不自然な完璧さがあった。


「ようこそ、美しくない者たちよ」男性が立ち上がった。その動作すら芸術的で、見る者を魅了する。「私はアドニス・ルミナール。魔王軍第四天王にして、この世で最も美しい存在だ」


ガルスが剣の柄に手をかけた。


「貴様が最後の四天王か」


「最後?」アドニスが美しく笑った。「いや、私は『最高』の天王だ。これまでの三人とは格が違う」


ルシアンは相手を注意深く観察していた。その完璧すぎる美貌、自信に満ちた態度、そして何より...


「君は他の三天王と違って、自ら進んで魔王軍に加わったな」


「その通りだ」アドニスが誇らしげに言った。「私は魔王様の力で、更なる完璧な美を手に入れた。そして今、この醜い世界を美しく作り変えている」


アドニスが手を振ると、玉座の間に鏡のような魔法陣が現れた。そこには、グランヴェール公爵らしき男性が映し出されていた。しかし、その顔は以前とは全く別人のように美しく変貌していた。


「見よ。これが私の力だ」アドニスが得意げに言った。「醜い人間を、美しく完璧に作り変える『美化の魔法』」


エリアが息を呑んだ。


「あの公爵...まるで別人のよう...」


「だが、その代償として彼らは魂を失った」セレスティアが鋭く指摘した。


「魂?」アドニスが嘲笑った。「そんなものより美しさの方が遥かに価値がある。醜いまま魂を持つより、美しく生きる方が幸福ではないか?」


ルシアンは戦慄していた。これは今まで出会った誰よりも危険な相手だ。マーカス、セレスティア、リリアンは皆、根本的には救いを求めていた。しかし、このアドニスは...


「君は本気で自分が正しいと思っているのか?」


「当然だ」アドニスが即答した。「私は完璧であり、美しく、この世で最も優れた存在だ。私の価値観こそが絶対的に正しい」


ルシアンの心に、初めて深い絶望が湧き上がった。


これまでの戦いは、相手の心の傷を癒し、真実に気づかせることで解決してきた。しかし、自分を完璧だと信じ切っている相手に、どう向き合えばいいのか...


「さあ、醜い者たちよ」アドニスが美しい笑みを浮かべた。「私に跪き、美しくしてもらうか。それとも、醜いまま滅びるか」


その瞬間、ルシアンは理解した。今度の戦いは、これまでで最も困難なものになるだろう。


相手は心の傷を抱えた被害者ではない。純粋な悪意を持った、真の敵なのだから。


【ルシアンの心理学講座 #13】


今回登場した概念:『自己愛性人格の特徴』『集団洗脳の手法』『美的価値観の押し付け』『対話不可能な相手』


■ 自己愛性人格障害の危険な特徴 過度な自己愛が他者への共感を完全に遮断する現象:


典型的な特徴:

・自分を「完璧で特別な存在」と信じている

・他者を自分より劣った存在とみなす

・批判や異なる意見を一切受け入れない

・自分の価値観が「絶対的に正しい」と確信


社会的危険性:

・他者の人権や尊厳を軽視

・自分の理想を他者に強制

・反対する者を「愚か」として切り捨て

・権力を得ると独裁的になりやすい


■ 美的価値観による支配 美しさを絶対的価値として他者を支配する手法:


心理的メカニズム:

・美しさへの憧れは人間の本能

・「美しくしてあげる」という誘惑は強力

・外見コンプレックスを利用した操作

・美的優越感による序列化


社会への影響:

・多様性の否定

・画一的な美の基準の強制

・個性や内面の軽視

・外見至上主義の蔓延


■ 対話不可能な相手への対処 心理的アプローチが通用しない相手の存在:


対話が困難な理由:

・共感能力の欠如

・他者の意見への無関心

・自己の完璧性への確信

・現実認識の歪み


従来手法の限界:

・心の傷を癒す→傷があることを認めない

・真実を示す→自分の真実が絶対と信じている

・共感に訴える→他者への共感ができない

・恐怖を与える→自分は特別だから大丈夫と思う


■ メンタリズムの天敵となる相手 心理分析や誘導が効果を発揮しない人格類型:


効果が薄い理由:

・行動パターンが予測困難(論理より感情優先)

・心理的弱点を認めない(完璧だから弱点はない)

・他者の分析を受け入れない(自分以外は愚か)

・変化への動機がない(既に完璧だから)


新たなアプローチの必要性:

・直接的な心理戦術からの脱却

・相手の自己愛を逆利用する戦略

・第三者や環境を活用した間接攻撃

・物理的制圧との組み合わせ


次章では、ルシアンがこれまでにない困難に直面し、新たな戦術の開発を迫られることになります。

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