8話 玲/レイと、光/ヒカリ
「玲くん、君さぁ……」
「言わないでくれ……」
「勧めた俺ちゃんも悪いけどさぁ……さすがに遅刻が頻繁になるわ、授業中に爆睡するわ、その顔だわ……」
「顔は置いといてくれ……」
「いやいや、明らかに寝不足でクマもひどいし、がっさがさのお肌よ?」
「ぐっ……」
「あーん、もうかわいい顔がぁ……今どきの男子はお肌にも気をつけなきゃねぇ。っていうかさぁ」
学校、昼を食べた次の授業。
マジメなだけが取り柄だったはずの僕が、まさか授業開始直後から終わったあとの挨拶までを爆睡するとは。
少なくとも、これまでは普通にやってたからまだ大目に見られてるっぽいけど、気をつけないと先生たちの目が……。
「……どんくらいやってんの?」
「ああ、帰ってから夕飯まで、風呂の後寝るまで」
「……寝たの、何時よ玲きゅん……昨日」
「………………………………4時」
「何やってんのこのおバカ」
「返す言葉もありません」
「玲ちゃんなら大丈夫かと思ってたのになぁ……俺ちゃんの目も曇ったかぁ……」
ああ、まさかこいつから真剣に心配する顔をされるだなんて……一生ものの屈辱だ。
「あー、学生のアカウントって君みたいなルート辿るの多いんだよねぇ」
「そうなのか……」
「ちなみに会社員でそれやらかすと……知りたい?」
「路頭には迷いたくないな……」
「なお妻子持ち」
「やめて……」
「なら自制心で、せめて寝不足だけは……ね? ね? 勉強は教えたげるから!! 間違っても浪人とかで離ればなれとか!!」
「分かった! 分かったから顔近いぞ中村!?」
ああ屈辱だ。
何がって、自制心ないのを心配されるって時点でだ。
「そういやさ」
「何だよ」
「……パソコン……買ったん? だってアバターの着せ替えとか改変って」
「ああ……」
「おいくら? いや、言わなくて良」
「……十数万のノート……」
「おっふ」
「い、いや! これ、大学でも使うから! 大切に使えば10年持つから!」
「っていう口車で小遣いか出資を受けたと」
「うぐ」
「スペック見せてみ? ……ふむ」
茶化すこともなくなった光が、撮っておいた型番を検索する。
「まぁ情報の授業とかで使えるし、レポート提出とかでも使えるけどさぁ……スペック的に動画とかも作れるっぽいし、確かに大学卒業まで使えるだろうけどさぁ……」
「うん……」
「あー。えっとぉ…………?」
「………………………………」
僕たちのあいだに、気まずい沈黙が流れる。
「……VRなチャットはね、本体は無料なんだ……」
「ああ、今になって実感してるよ……」
そう、本当に本体は無料。
最近はようやくに課金要素が出てきたけど、サーバー代だけで大赤字だろうってのはユーザーのあいだでのもっぱらの噂。
ただしそこから――どうしても好きなアバターが出ると、それで数千円。
そこからいろいろ盛ったりすると青天井。
さらに機械を買うと……うん。
「気をつけなよ? 成績落ちたりして取り上げられる報告、学期末に頻発するから」
「気をつけます……」
「な? せめてこれから週に何回か俺様もインするから勉強タイム作ろうぜ? VRなチャットん中で問題集とか暗記とか一緒にやったげるからさ? あと寝る時間も見てやるからな?」
「中村……お前……」
「いやさ、マジメ君が一瞬でここまで堕ちるの見たらさ、いくら俺ちゃんでも、からかうことすらできないし……てか赤点とか出したらさすがに親御さんに謝りに行かなきゃレベルだし……」
「悪い……頼む」
中村……意外といいやつなんだな。
少なくとも、こういう場面では真剣そのものだし。
「うしうし。フレンドだと相手が何時にアウトしたか分かるからな、しばらくは俺ちゃんが玲きゅんを管理する。とりまそれで至急、睡眠時間だけでも改善しなよ」
「はい……」
ああ、こいつに頭を下げざるを得ない屈辱。
「くすくす……」
「かわいー」
「やっぱりいいよな……」
「いい……」
ほら、クラスの連中も、こんな僕たちを見て笑っている。
……屈辱だ。
◇
「やっぱ、レイちゃんってばめっちゃかわいい!!」
「声でけぇよ馬鹿」
「大丈夫大丈夫、ここプラベ! プライベートルームだから俺ちゃまたち以外には誰も居ないよレイちゃん!!」
「いやまあ、そうなんだけどさ……あとちゃんはやめろ」
放課後――帰ってインしようとしたら速攻で中村――ヒカリからの招待で、やつの言う通りに、僕たちが誘わない限り誰も入って来られないワールドに来た。
「……もしや、アバター改変の最難関のunityちゃんと和解した?」
「3日くらい夜なべしてどうにかね……」
「レイちゃんが……パソコン触ったことないレベルから3Dソフトを扱うレベルに……そこまでどハマり……」
「言うな。僕自身も呆れてるから」
「いや、まあ? 情報の授業とか将来そういう系統に進むならめっちゃ楽になるだろうけどさぁ……うわぁ……」
VRなチャットは、敷居が高い。
最初誘われたときみたいにスマホでちょっとやる程度なら、知識も全然要らない。
けど、そこからいろいろできるPC版で、そしてアバターを好きなようにいじるには……プログラミングよりはマシだけど、それでも並大抵の技術じゃないのはスマホ世代の僕にとって衝撃だった。
ちゃんとネットで調べて、その通りにやって――バージョン違いのアプリ、もといソフトの動きを四苦八苦しながら学び、自分で操作できるようになる。
……これまで勉強とかスマホとかゲームで苦労してたのとは別の方向性の難易度だ。
「……うん! 十数万の元は取れそうだね! 良かったねレイちゃん!」
「罪滅ぼしに、勉強とかにもしっかり使うことにするよ……」
「そうしなよ? とりま、次の定期試験で成績上げないとね」
目の前には――そうだ、ヒカリはVR機器とフルトラッキングしてるから――VR空間のソファにだるんと寝そべっている美少女の姿。
ああ、こいつ、VRでも、リアルで僕の家に来て菓子をむさぼってたときと変わらないんだな。
「……ヒカリ」
「ヒカリちゃんだよ♥」
「ヒカリ」
「はーい♥ 惚れた?」
きゃるんっとしなを作っている……うげぇ……ヤツ。
くそぅ、しかも美少女アバター自体はかわいいから無性に腹が立つのにかわいいっていう脳破壊装置だこれ。
◆◆◆
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