5話 イケメン騎士リヒターさん
「! レイ殿!」
「リヒターさん、こんばんは」
あれから数日、とある夜、とあるワールド。
VRなチャットってのは、それ単体ではただの美少女アバターを前後左右上下から眺めるだけの素晴らしいプラットフォームだ。
まぁそれだけでもすごいんだけど……真の目的は……そう、チャット。
つまりはコミュニケーション。
他人と会話すること――ただしヒカルが押し付けてくるメス堕ち以外で、普通に友人を作ること。
……いや、僕たちみたいに学生なら、そもそも放課後までずっと同級生と一緒だし、あんまり意味ないんだけどな……ほら、やってないと光がな……。
だから僕は、ヤツのログインしていない時間――フレンドになると相手がインしてるか不在かが分かるんだ――に、「初心者」と名の付くワールドを放浪した。
ああ、やっぱ1人は良いね。
気楽だ。
僕は別に1人でも楽なタイプだから、最悪ぼっちでもへっちゃらだし。
けど――何人かの友人ができた。
そのうちの1人が、目の前に居る。
「うむ、しかしレイ殿はいつ見ても可憐だ」
「それ、リアルで言えます? 面と向かって」
「ぐふっ」
「ネット弁慶……」
「それはこの世界の住人の全てに効くでござる……!」
「『そのアバターかわいいですね』とか『その改変かわいいですね』とかならみんな普通に言うんですから、そういう言い方しましょうよ……」
メンタルをブレイクされると、そのままの直立姿勢で静止するリヒターさん。
――つまりは全身の動きを再現するフルトラ――フルトラッキングではない。
しかも、騎士のロールプレイをするくせに、たまたま話しかけた相手の中身が女子と分かるとフリーズする彼。
やたらイケボのくせに「ふひっ……」とかつぶやいてる彼。
ああ。
間違いなく――この世界の、しかも初心者寄りの住人だ。
つまりは僕に近い存在。
こういうのは大切にしないとな。
「ま、僕もそれは同じですけどね。僕だって、見知らぬ人といきなり仲良くなるとか、得意ってわけじゃないですし」
「……失礼仕るが、貴殿は真に男子なりや?」
「おっとリヒターさん、リアルを尋ねるのは御法度らしいですよ? あとその話し方、正直分かりづらいです」
そう――VRなチャットでは、8割以上は確定で男子だろうと、そして8割以上は確定で美少女アバターだろうと、誰だって分かっていようとも――相手の性別年齢を尋ねるのは基本的にNG、マナー違反だ。
だって、お互いに理想の自分を楽しんでいるんだから。
だから、無粋なことをわざわざ口にすることはない。
それが不文律らしい。
それをしたら?
あからさまには嫌われないけど、静かーに人が離れていく――らしい。
ま、このわずかな期間でそこそこインしてた僕でも、何人かのユーザーに誰何されたけども――そういう人たちは大抵、明らかに空気を読めてない気配がしていた。
ていうか「男ですよ?」って言った瞬間「チッ、ネカマかよ」って悪態ついて即逃げしてたし……まじか、あんなの居るんだってレベルだった。
あとでヒカルに聞いたら「そんなの逆にレアなレベルなんだけどねぇ。ああそうか、レイちゃんがあんまりにもかわいいから」とか言ってきたから軽く殴っといた。
まぁそういうのは声が明らかに小中学生男子っていうか「そういう」目的の青いヤツだったから、生暖かい目で見逃したけどね。
あれだ、馬鹿と性欲に任せてはっちゃけるお年頃のお子様だ。
そういうのは放置に限る。
何しろここは紳士の世界だからな。
あ、ちなみにSNSでのこの界隈に深入りしてはならない。
何でって?
そりゃあ――うん。
ヒカルの言っていたような「お砂糖」――ネット上、美少女アバター同士の――うん、言い間違えとか勘違いじゃないんだ、すまない――「美少女アバターに入った男同士の」疑似恋愛関係多発地帯と、それの解消の儀である「お塩」報告が入り乱れているからだ。
あれは異世界だった。
僕が近づいていい世界じゃなかった。
この世でも近づいちゃいけない世界ってあるんだなって思った。
そんなわけで、僕は明らかに僕と同レベルの初心者で――恐らくは同世代、そして確実に男のリヒターさんを見つけてフレンドにしている。
お互いがインしてるかどうかとか行動履歴――誰と居たかが分かるレベルの情報を共有するかってランクの、つまるところ友達に選んだんだ。
ヒカルによればもっと気楽で良いらしいけど、僕はなんとなくそういうの嫌だし。
付き合う相手は慎重に選びたいってのは普通の考えだよね?
特にヒカルとか。
人間、誰しも自分よりも下の相手は楽だ。
特に、美少女アバターの僕に対して「デュフフ……お、女の子でござるかぁ……?」とか初手でのたまってきたリヒターさんには。
そこで「違いますけど」ってばっさり答えたら心底申し訳なさそうにしてるのが、性欲に動かされているああいうのたちとは違って好奇心と安心感をそそられた。
そんな理由でのフレンドさん。
ちなみに武士っぽい話し方をしてるけど、普通に西洋風の騎士のイケメンアバターだ。
まぁ名前からしてドイツ系だし……こじらせた男子が1度は通るドイツ語だからね、生暖かい目で見守ろう。
「……レイ殿がリアル女子であれば……こんな苦しみは……」
「知ってます? このゲームって8割以上が男」
「あーあー聞こえなーい聞こえないでござるー」
「あ、僕、リアル女子のフレンドさん居ますけど」
「!!」
「彼氏さんとセットで居ますね、いつも」
「!?」
またフリーズする彼。
「そもそも僕、男の声でしょうが」
「……拙者のフレンドさんに、リアル女子なのにイケボな御方がおりまする……なんでも『がんばればある程度みんなできる』と……」
「あー」
うん。
確かに、約1名に心当たりがあるなぁ……別にイケボとかじゃないけど。
「ゆえに、話し方や中身で探せ、と……」
既に破壊済みだったか……かわいそうなやつ。
リヒターさんはどうやら僕と同世代の同性――で、僕よりは女慣れしてないらしい、まだ多くの学生が中学2年で罹患する病気を引きずっている哀れなお人らしい。
……だからこそ。
だからこそ、あのことごとくが信用ならないあいつとはかけ離れているからこそ、フレンドさんに選んだわけで。
つまりはこの人は清涼剤だ。
「うぅ……おなご……おなご……」
「はいはい下半身は自分で慰めてくださいね」
「うっ……」
あ、さすがにこの美少女アバターな見た目で言って良い発言じゃなかったわ……下品は封印っと。
「フレンド切って良いです?」
「後生! 後生でござる!!」
パソコンのデスクトップ――VRではない操作――体は棒立ちでぎゅんぎゅん動くそれをしながら謝る彼。
……うん。
これは、無害だ。
たとえ僕がリアル女子で、リアル世界で彼を見かけても、近づかれても安心する相手。
「……ふふっ。冗談ですよ」
「……天使……?」
「普通の男の声ですが?」
「拙者は未だに、レイさんがボイチェン使っていると信じているでござる!!!」
「そんなお金、ないですってば」
思わずで出た笑い声にしゅばばる、年齢イコールの男子な反応に安心すると同時に……不思議な感覚が生じる。
――ボイチェン。
男が美少女になるために使う場合もあれば、女が美男子やダンディになるためにということもそこそこあるとか。
だからこそ、VRなチャットでは相手の性別年齢が分からない。
声を聞こうと、話をしようと、仕草を見ようと――それが本物かどうかは、リアルで会うほどに気心が知れて実際に逢うまでは、分からない。
良くも悪くも、そういう虚構の世界。
「よく聞けばボイチェンっぽい」と思うのもあるけども、それだって「ボイチェン使ってるフリした何か」の可能性があるとかいう魔境だからな。
なんでも、音質を落とせばボイチェンっぽく聞こえるとかなんとか。
「レイ殿の、ふとしたときに見せるおなごらしさ……それに、それがしは……某は……!」
「はいはい、じゃあお勧めに紹介されてたこのワールド行きますよリヒターさん」
「………………………………」
「………………………………」
じっ、と、期待をする目。
ネット越し、アバター越し、数秒の時差越しのまなざし。
――それに、表現のできない、背骨にじんと来る不思議な感覚に突き動かされた僕は――アバターを満足に動かせない分、声に理想を込める。
ちょっとだけ声を高くして、飼い猫をあやすときの感じにして。
「……ふふっ♪ 行きますよ、リヒターさん♪」
「あっあっ」
彼の情けない声がマイク越しに響いてくる。
それに、よく分からない感覚がじんじんとした刺激を与えてくる。
――あーあ。
僕は、悪い子だ。
またひとりの哀れな青年を、奈落の底へ突き落とそうとしているんだから。
……本当にただの男なのに、相手からはもしかしたら美少女って思われてるんだなんてさ。
それがなんだか、楽しいだなんてさ。
◆◆◆
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