4話 レイ/僕とヒカリ/悪友
「……あれってNPCじゃないんだよな?」
「生身の人間だねぇ」
「……生身の人間が、全くの善意で2時間もチュートリアルツアーするのか……? ずっとしゃべりっぱだったぞ、あの人たち……」
「世の中には案外奇特な人が多いんだよ」
「交代とはいえ、ぶっ続けで2時間……駄目だ、僕には理解できない……」
「しかも初心者相手だと、下手すると案内する相手がことごとくに全員完全無言で完全直立のままとかあるだろうにねぇ……メンタル強すぎるよねぇ」
美少女アバターになった僕は、光にそそのかされるままにチュートリアルワールドへ行った。
そして――おもむろに話しかけてきた美少女アバター、もちろんボイスは普通に男だった――に誘われ。
……そしてそれが気にならないどころか、むしろ仕草と口調がかわいくて脳が破壊されそうになったが悪友のおかげで正気を保てた――に、僕たちを含めてその場に居た初心者数人がぞろぞろと集団になって、ひととおりのレクチャーを受けたわけだ。
声を出さない人が大半だったけど、あの中身は果たして……いややめよう、大半が男なんだ、大半のアバターが美少女だったけど中身はほぼ男なんだ。
リアルの詮索はマナー違反。
SNSでの基本じゃないか。
「ま、彼らも初心者――要は自分よりも下位の存在――に声をかけて連れ回し、絶対的優位な環境でちやほやしてくれる相手を求めているんだよ。つまりは先輩風吹かせる、たった1年そこら早く生まれたからって後輩をパシリに使う。あとは青田刈りならぬ大学の新歓で女の子をお持ち帰りする的な――」
「よーし落ち着こう、こんなところで学校生活を破壊するような発言は控えようなヒカル」
「あれだよ、初心者を沼に叩き落としたいってモチベもあるんだよきっと」
「布教活動ってやつか……」
「そうそう、秘めし動機はあれど、社会的には紛れもなく善意なんだよ」
「なるほど、ヒカルとは違う種族の人間か」
「ヒカリだってばもー」
「……あ、すまん」
「ネットではリアルの名前とかの情報はNGよ? レイちゃん?」
「『ちゃん』は止めろ、『ちゃん』は。分かってるから」
ネットというのは恐ろしい世界だ。
ひとたび何かしらをやらかせば、あっという間に特定されてリンチされる。
それも一生関わりのない相手から、「お前が言うな」的な相手からもだ。
しかもそれがほぼ永遠に残るとか……地獄かな?
だから個人情報は秘匿するもの。
さすがにそういうところはこいつも知っていて、さすがの悪童も僕みたいな善人に教える気になったらしく、インするときにいろいろ言われたっけ。
僕は、正面に立っている美少女と化した悪友を見る。
その頭上に、対戦ゲームとかよろしく名前が表示されたプレートが浮いている。
その名前は、「ヒカリ」。
……ちょっと違和感はあるけど、再確認。
僕――佐々木玲――は「レイ」。
悪友――中村光――は「ヒカリ」ってプレイヤー名にしている。
この世界には、チャットとか文字を書いてコンタクトを取る人も多いみたいだし、カタカナで書かれてもとっさに反応できるようにしとかないとだしな。
「……ユーザーネーム、変えないでね? 泣くよ?」
「変えないってば……」
「ブロックされたらさすがの俺ちゃんも学校休むよ?」
「お前がよっぽどのことしなきゃしないってば……」
「ほんとぉ? しない? そのへんの男にメス堕ちさせられてお砂糖して」
「ブロックして良いか?」
「やめて!!!!」
……ちなみにこいつ、ヒカリは、僕のを見てさっき変えたばっかだ。
つまりは名前変更が2回目以降なのは確実で――今すぐにでもプレイヤー名を変えられる僕とは違って、今日から3ヶ月は変えられない。
名前とアバターを変えて、他人のフリして近づいてきてからかってくる――ってのはできないはず。
あと、この世界では――VRなチャットでは、アカウントをブロックできる。
ブロックしたら、相手からはこちらが認知できない。
だから、現実より相対的にこいつの悪癖は低下するはずだ。
……まぁ別のアカウント作ってこられたら分からないけど、さすがにそれしたら僕が本気で怒るのは理解しているはず。
してるよね?
してよ?
だから女子のフリして近づいてきて僕を惚れさせて――って遊びとかするなよ?
絶対だからな?
「で。 仕様は理解したかな?」
「したけど……お前は知ってたんだよな?」
「もち」
「……今のは無意味な2時間じゃ……?」
内容を知っている授業を受ける辛さほど、苦痛なものはない。
ましてや、スマホ片手の僕ならその時間を適当にマンガでも読んで潰せるけど、こいつはフルトラッキング――もちろんVRゴーグルをセットしていて、つまりは暇つぶしなんてできない。
その時間を、ただぼーっと突っ立って聞いていたって考えると……よく我慢できたなコイツ。
てっきり茶化すかとも思ったけど、普通にふんふん聞いてただけだし。
「だって初心者案内で初心者をとろとろにしてお持ち帰りする事案が多発してるんだもん。俺ちゃんの親友が即堕ちなんて悲しすぎるっしょ? だからまじめーに受けてたの」
「あー……」
「そう。さっき言った、『お砂糖』に持ち込むんだよ」
ネットの世界は恐ろしい。
それは、こと人間関係コミュニケーションに特化したここではさらに極まっているらしく、免疫のない初心者を親切に案内して仲良くなり、そのままお砂糖――ネット上での疑似恋愛関係――なお男女でも男男でも女女でも関係ないとのこと――へ誘導する手口があるという。
「魔境では?」
「魔境だねぇ」
「なんでそんなとこ連れてきた……」
「だって、1人は嫌だったから……」
「ヒカリ、お前……」
きゃるんっと、フルトラとかいうムダに高い技術でムダに女っぽい仕草をするヒカリ。
「………………………………」
「だってぇ。ひとりぼっちはさみしいからぁ」
「妙に艶めかしい発声方法はやめろ」
「あーん、がんばったのにぃ」
「妙に艶めかしい動きも止めろ。じゃなきゃブロックする」
「いぇすまむ!!」
「……それは女相手のじゃ?」
「基本はアバターの性別に反応してあげるのがマナーよん」
悪友のはずの存在から発せられる「女」に――ほんの一瞬、心の迷いなはずだけども認められずには居られない心臓の鼓動を精神力で押さえつける。
こいつは中村、中村光……ヒカリではない。
悪友、ただの悪友だ。
僕が、今年のクラスの――綺麗どころの揃っている女子たちからハブられている元凶たる悪の総本山、悪友だ。
「だからアフターのお誘いを断ったんですね」
「あー、確か『このあと時間あるなら』って」
「そうしてレイきゅんを染め上げて寝取るつもりだったんだ……!」
「きゅんもやめろ。あと普通に良い人だろ、あの人は」
「レイちゃんは、私のなのに……!」
「やめろやめろ、そういう発言やめろ」
あと「私」とか言うな、なんかどきっとするだろ。
それに、あの人たちはただ普通に初心者向けのワールドを案内してくれるつもりだったかもしれないじゃないか。
実際何人か同時についてったし、そこから「お砂糖」だなんて。
「レイちゃん? 想像してみて?」
「ちゃんもやめろ」
「入りたての新人の子を親切に勧誘して案内して回って、その親切の見返りにさらに連れ回して。これってさ、やっぱ俗に言う大学の新歓とかとどこが違うの? この世界は精神世界的なのだから、精神関係がそのまま肉体関係なのよ?」
「………………………………」
「知ってる? マジメで彼氏とか居たことない身の固い女子でもさ、一時期を除いてさ、大学1年に入りたての女子って」
「よーし脳が破壊される話題は止めてこの世界の楽しさを教えてくれるかな!」
「お、さすがは我がマイフレンド! ならばおすすめワールドを……!」
ああ、こいつが単純なバカで良かった。
こいつ……スキを見せたら僕の立場を危うくするか僕の脳を破壊するか僕の女子への幻想を打ち砕くことしかしてこないからなぁ……。
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