31話 リヒターさんとお誘い
「……大丈夫でござるか? 何かがあった様子なのは遠くから聞こえていたのでござるが」
「え゛っ」
母親をどうにか追い返し、落ち着きを取り戻し。
「そういえばリヒターさんを置いてきぼりにしちゃってた」って気がついてからゴーグルを装着し。
彼へ戻ったと伝えた直後――僕は、頭が2度目に真っ白になった。
……え?
聞かれた?
僕が女装してリヒターさんと話してたってバレた?
それを母親に見られて小遣いまでもらったのまで?
「いや、会話の内容は分からぬでござる。ほら、配信用のならともかく、VRゴーグルのマイクはそこまで遠くの音を拾わぬゆえ」
「……あ、確かに……」
そうだ……そうだった。
ちょっと離れると全然聞こえないんだよね、これ。
「察するに……家族バレですかな?」
「やっぱり聞いてたんですね」
僕はもうダメだ。
「いやいや、こういうのは大体相場が決まっておるゆえ」
「あー」
確かにそうだ。
そんな話を聞いたことがある気がする。
僕はぎりぎり助かったらしい。
……あんなのを知られたら、もうお嫁に行けない……じゃない、確実にのたうち回る数日を送るだろう。
「あと、レイ殿の声が……出会った初期の頃の低い声に戻っているでござる」
「あっ」
……母さんに見られて、すったもんだしてたから、つい地声に……!
「……まぁ最初の頃から男子にしては高めの声であるゆえ、いまだ男の娘という印象しか残らぬでござる……」
「そこは普通に男って思ってくださいよ……」
「いや、だってかわいいゆえ……」
「それを目指してはいますけど……」
「それはもう、声の低めな女子としか思えないでござる」
「あ、ありがとうございます……?」
「………………………………」
「………………………………」
今度は一気に気まずい雰囲気に。
……そうだよね、僕、彼にうっすらと告白されてるんだもんね……しかも保留とかして。
「そのこともあるのでござるが、レイ殿」
「なんですか」
「……その、リアルで1度、茶屋にでも行かぬでござるか?」
「……オフ会……オフパコ……体目当て……男同士」
「し、しない! 絶対に無理やりにはせぬでござる!」
「つまり、リヒターさんは……」
「違うのでござる! 拙者はノーマルでござる! 信じてほしいでござる!」
僕は思わず体を抱きしめて後ずさり。
男から狙われてるって思ったら、そりゃあ怖くなるのは当然――だけども。
今の僕はきっと、無意識で胸元を抱きしめていた。
……この反応する時点で、僕の中の自我はもうとっくにおしまいなんだろうなぁ……。
「こ、これはけじめでもあるのでござる!」
「けじめ……?」
「そうでござる! ……拙者が、仲の良い友人の、同性の友人の姿をひと目でも見れば……もともと拙者にはそういう属性もないゆえ、レイ殿のアバターへの恋心が霧散するやも知れぬと……」
「あー、なるほど」
そうだ。
VRなチャットでの惚れた好いたの大部分は、たかが数千円で自由に使える美少女アバターのせい。
それを知っていたじゃないか、落ち着こう。
「ほら、この前のリアルイベント。あれに出た、数多くのお砂糖関係が」
「リアルの、それも同性の姿を見て空中分解した大事件が多発してましたね」
「ゆえに、きっと我もレイ殿と会えばそうなると思うのでござる」
「うーん、確かに」
ネット上の恋愛は儚いもの。
最大でも声と文字、フルトラッキングなら動きまであったとしても、それらはしょせんはただの情報。
実際に会って付き合うのとはまるで違うし、知らないうちに相手のことが美化されがちだって聞く。
「レイ殿の……銀髪の長髪で耳と尻尾があり、蠱惑的な瞳と口元と胸元を蠱惑的に操り、最近では声までその姿にぴったりになっているのが」
「落ち着きましょうリヒターさん、落ち着いてくださいリヒターさん」
「こういう気持ちも、きっと顔をひと目見れば……」
「それって僕がとんでもない顔してるような……まぁいいですけど」
彼、リヒターさんは普通に良い人だ。
聞けばいろいろな趣味も合うみたいだし、近くに住んでいるのなら普通に――リアルでも普通の友人になれたら、きっと楽しい。
「……そのうち、で良いのなら」
「頼むでござる……! 正直、その……」
「?」
「……レイ殿が、夢の中にまで出てきて困るのでござる」
「うぇぇ……」
「しかも、薄着で誘惑してきて……」
「それ本人に言っちゃダメなやつでは……?」
リヒターさんがもうダメになっていた。
「なまじ男子として話していて楽しいからこそ、その見た目の女子と考えてしまい……初恋に……」
「わ、分かりました! 近いうちに会えばなんとかなりますから!」
やばい。
よりにもよって男の僕が、そういう趣味のない彼を誘惑して初恋を奪いそうになっている。
それはまずい。
彼の今後の人生へ致命的な障害を与えてしまう気がする。
「……レイ殿」
「なんですか?」
「……声が……最近の普段のに戻っているでござる……」
「え? ……あ、あーっ。……ほんとですね……」
ダメだ、ゴーグルを付けても付けなくても、VRなチャット=かわいくなろうっていう意識が深層心理にまで。
「……もし」
「もし?」
心なしか――彼の声が、震えている。
「……実際に会い、男子だと理解しても、それでもなお……レイ殿への気持ちが消えなかったら……」
「消えますから! 僕、特に特徴のない普通の男なので! そういう趣味の人から誘われたこともないので!」
まぁ女子とも何かあったことなかったけど……つまりはそういうことだ。
現実の僕を見れば、きっと幻滅する。
それに……掛けるしかないんだ。
その賭けに失敗したら?
……哀れな、普通だった男2人が見事男色堕ちとメス堕ちを果たすだけだ。
◆◆◆
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