15話 VRに侵食するメス堕ち
「……じゃなくて、そのね? 佐々木君ってさ。その……?」
「?」
僕はとうとうに目の前でしゃべってる人の会話を理解できなくなったのか。
どう見ても地味系男子の平均値の僕を見て固まっている綺麗どころの女子が、まるで何も意味のある会話をしていないようにしか聞こえない。
ああ、とうとう僕の耳も信用できなくなったか。
いよいよおしまいだな。
「――よしっ! あの、佐々木くんっ」
「はい」
「学園祭の、コスプレ喫茶。 ……おっ、女の子の格好、してみない!?」
「はい。………………………………はい?」
うん。
僕はとうとうダメになったみたいだ。
目の前の女子からアホみたいな提案を受けたようなように聞こえたんだから。
ああ、でも。
――どうせ女子にコスプレするんなら、VRなチャットでのアバターになりたいかな。
銀髪紅眼、好みのサイズのおっぱいと腰つきと身長の、かわいい女の子にね。
ははっ、どうせなれっこないんだ、そろそろ現実を見ようよ僕。
「本当!? 良かったぁ!」
「へ? あ、あの……?」
なんかとんでもないことを無意識で肯定しちゃった気がするけども、僕が声をかけようとした彼女はすでに教室を飛びだしてしまっていて。
「あの、……はぁ、だめだ……」
立ち上がりかけたけども、そもそも僕は彼女の名字を思い出せていない。
呼び止められないし、そもそも今から追いつくのは不可能だ。
「……どしたの玲きゅん」
「中村……」
ぼけーっと突っ立ってた僕の前に、悪友が――何か悲しいものを見るような目つきをしながらのこのこと歩いてきていた。
お前……あと1分早く戻って来てくれてたら……いや、コイツは喜んでOKしてただろうから未来は変わらなかったか。
「そんな、憂いと色気振りまいちゃって」
「ははっ、それが無意識だよ」
「マジか……」
「笑うか?」
「笑えないねぇ……」
「……だよなぁ、はぁ……」
僕はもちろんのこと落ち込んでいるけども、こいつもこいつで魔境に誘った罪の意識はあるらしく、僕並みに落ち込んでいるらしい。
「……個人輸入とかしてないよね?」
「何の話だ」
「いや、ホルモン剤とか。高校生くらいまでで飲むとてきめんに性別をってやつ。代償で生殖能力、下手すると生涯に渡って喪失するけど」
「怖すぎるし、そんな金ないよ……そこまでの覚悟も度胸もない……」
調べちゃったけどね……確かに成長期も終わってないからギリ間に合うけど、子供作れないとか代償がでかすぎるリスクがあるらしいし。
自分で性別を変えるには、気持ちも違和感も度胸も何もかも足りない。
それに、なんだか後で後悔する気がするから止めておいたんだ。
さいわいにして僕は毛深いわけでも野太いわけでもないし。
「だよねぇ、ぜーんぶVRなチャットに注ぎ込んだもんねぇ」
「おう……少なくとも来年は小遣いないレベルでな……」
「おっふ」
ああ。
僕は、どうしてこうなったんだ。
◇
「しょうがないし、ここはひとつだよレイちゃん」
その日の夜。
いつものごとくにプライベートなルームに入った僕の前で、ヒカリが言う。
「もう、ここでははっちゃけよう? 思う存分に女の子しちゃおう」
「いや、そんなことしたら」
「いやいや、しないからリアルに響いてるんじゃん?」
「うっ……」
女らしい演技指導の師匠なだけあって、フルトラッキングでいかにもアニメキャラがしていそうな、かわいくもかっこいい立ち方が決まる「彼女」が言う。
「だから、ここでは思いっ切り女の子になって楽しんで。んですっきりしてさ、リアルではその衝動鎮めるしかないと思うのよ俺ちゃんは」
「まぁ、確かに……」
「いわばストレスなわけでしょ? なら、リアルを塗り替える前にってね」
「ああ……」
一理はある気がする。
「……けどそれ、悪化するリスクは」
「や、レイきゅん、このままだとどっちみち……よ?」
「だよなぁ……」
はぁ、とつくため息は完全に女の子のもの。
「……女声、順調ね……」
「吐息とか無声なら、そう聞こえるようになっちゃったからなぁ……」
「根がマジメっ子くんだからねぇ……練習、しちゃうよねぇ……」
バーチャルな空間で美少女アバターたちが――ルームミラーに映る彼女たちは、実に可愛らしく落ち込んでいる。
「……僕、もうヘッドセット外したくないよ……バッテリーは2個使い回せばほぼ半日はケーブルなしでVRやってられるし……」
「ほ、ほら! とりあえずやろ? 女の子!」
足元までの銀髪でけもみみしっぽがあって紅い目をしていて、等身の高い美少女なのに童顔で、でも胸はあるっていう現実ではあり得ない姿の僕。
けれどもそれが「現実世界で使っているこの体よりも」僕自身だって思えてしまって。
「ど、どうしても発散しきれなかったら! 宅コス! 自宅限定コスプレとか指南するからさぁ! そういうののプロデュース、俺ちゃん得意だから!」
「……いざという場合には頼むよ……介錯をな……」
「やめて!? 俺ちんにそんな重要なこと押し付けないでぇ!?」
まるでめんどくさい系統の女子みたいにうじうじし続けた僕は、数十分経ってようやく動けるようになり。
そして――もはや恥ずかしいとかはどうでも良くなって。
それどころか。
――いろんな言葉で慰められるのが、それで少しずつ嬉しくなるのを我慢していじけ続けるのが、なんだか快感になっているって気づいてしまって。
連れて行かれたワールドで、顔見知りのフレンドたちの前で――ただただヒカリにそそのかされるままに、女の子女の子して。
そうして、この世界では挨拶代わりに使われる「かわいい」っていう賞賛の声を浴び続けて、僕は――楽しかったんだ。
「……ごめんよぉ親友……責任だけは取るからさぁ……」
――そんな僕の後ろで、いつの間にかにだんまりを決め込んで突っ立っていた悪友。
かわいいアバターに入った奴は……今まで聞いたこともないような苦悶の声を発していた。
◆◆◆
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