14話 学校に侵食するメス堕ち
「………………………………」
あー。
あ――。
落ち込んでるのがとうとうリアルに影響している……いや、だいぶ前からか……。
「はぁ……」
「……なぁ」
「ああ……」
「佐々木ってさ」
「ああ、いつもあの中村に絡まれてて話しかけづらいけど……」
休み時間に席を立つ元気も出ず、ただただため息をつく僕。
……メス堕ちかぁ。
まさか僕がなぁ。
「……なんかさ最近、雰囲気……」
「ああ……」
「正直……」
「引き返せ、まだ間に合う」
「でも分かるだろ?」
「ああ……」
「……ふぅ……」
あー。
こんな気持ちになるならVRなチャットなんてゲテモノに手を出すべきじゃなかったとも思う一方で、インしたあとの時間を本気で楽しんでる僕が居る。
――こんな地味で退屈なリアルよりも、華やかで楽しくてちやほやされるバーチャルの方がずっと楽しいんだって。
かわいい理想の女の子な、「あっちの世界」の方がいいって。
「………………………………」
突っ伏すと腕の上に乗っかってくるほどにもなった、髪の毛。
ああ、「あっち」ならきっと腕と机の上にこんもりと乗るんだろうなぁっ、って。
「髪も伸びたよな……?」
「ああ……」
「あと、なんか仕草が……」
「ああ……」
……美容院代。
小遣いの別にもらってるそれをアバターの改変とかギミックに使っちゃったから、もう2ヶ月も行ってないんだよなぁ……。
ちょっと前までは床屋だったのを「これからは美容院にする」って、色気づいたって言われる恥ずかしい思いしてまで親にせびったのになぁ……。
1回行ったっきりだけども、さすがは専門職、床屋とは違って伸びてもそこそこ見れる見た目にはなってるけどさぁ……。
いや、まあ、新学期でちょっと切りすぎてたし、元々長めだから大して変わらないし?
それを光に話したら「かわいそうに……」とか哀れまれて、ついでで自分で切る用のハサミもらってるから最低限は整えてるし。
……いやいや、順調に悪化している気がする。
そんな気しかしない。
「あの子……ほら」
「ああ、佐々木君?」
「地味なはずだったけどさぁ……」
「ちょっと……なんていうか」
夜の時間――光との勉強もカウントして、最長で1時まで。
そのあと一緒にログアウトさせられるからちゃんと寝られるようになったし、前よりは成績も上がった……っていうか戻った。
けど、さ。
「はぁ……」
「……佐々木、いいかも……」
「お前……」
「私は応援するわよ!!」
「こいつ……腐ってやがる……!」
あいつの居ないクラスは、普段よりもにぎやかだ。
嵐が過ぎ去って、みんなほっとしているんだ……どうせすぐ戻ってくるけど。
……けど、1回でも自覚しちゃった、いわゆる「ノーマル」から逸脱した価値観。
そのせいで、僕の心はぐちゃぐちゃだ。
「………………………………」
……制服。
男子用。
スラックス。
つまりは普通のズボンが窮屈に感じるし、なんで下を向いたのに胸がないのかって――ほら、VRゴーグル着けて下を見ると、アバターの胸で真下が見えないから――疑問に思うくらいで。
つまりは――僕は、侵されている。
メス堕ちに。
「……うぁぁぁぁ……」
……正直、リヒターさんにそれとなく聞かれたとき、嬉しかったのがやばいんだよなぁ……マジで僕の心がやばいんだよなぁ……。
今の状態でオフ会とかして詰め寄られたら……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛。
待て待て落ち着こう、こういうときこそ中身女の子のルーチェさんだ。
たとえリアルの見た目がどうだったとしても、普通に良い子なあの子に女子って見られてたって思い出すんだ。
「な、中村は?」
「別のクラスにちょっかいかけてるな」
「な、なら、佐々木に……」
「お前、話しかけられるか? あんな…………のある佐々木に」
「……はぁ……」
机に両肘で突っ伏してもんもんと考えるしかない休み時間。
いや、授業中も放課後も――VRなチャットにインしている時間以外はことごとくにこの現実を突きつけられているんだ。
『玲? その……相談、あったらいつでも乗るからね……?』
『父さんたちはな、玲がどんな選択をしようと、かならず応援するからな』
――これが、今朝、朝食を食べてるときに両親から――それとなくのつもりなんだろうけども、明らかに動揺しながら、気を遣いながら言われたセリフだ。
つまり?
――バレてるよ、僕のメス堕ち……両親に……もうおしまいだ……。
そりゃそうだ、意識しないでする返事の声とか明らかに高くなってるし、家族での休日の買い物付き合ってるときに女性洋服売り場とかに目が行くのを見られてたもん。
もうやだぁ……なんだよ、たかがオンラインのゲームにハマっただけじゃんか……どうしてそれでメス堕ちするんだよ、おかしいだろ……。
「はぁぁぁ……」
「……ね、ねぇ、佐々木君……?」
「おお……!」
「とうとう佐々木に話しかけた猛者が……!」
「中村は?」
「大丈夫だ、3クラス先で女子に絡んでる」
「よし」
「……はい?」
もんもんと考えてた僕は、意識の外から話しかけられたそれに反射で反応する。
……てか誰だろう、女子の誰かってのは分かるけど。
ダメだ、記憶容量のすべてが中村とVRなチャットに消費されている。
「!?」
「……? 何……?」
ちゃんと――なにしろインしてる時間を監視されてるからな、最低限の睡眠時間は確保できるようになってるんだ――寝ているけども、心因性の睡眠不足でダウナーになってる僕は、せっかくの女子からの話しかけにぶっきらぼうな返事をしちゃう。
けど、それを理解しつつも取り繕う元気もない。
だって、疲れてるもん……アイデンティティーの喪失に。
「……やば、マジかわいい……」
「は?」
顔を上げた先の女子は――名前、いまいち覚え切れてないんだよなぁ……だって光単体の情報量が多すぎるから――理由は不明だけど、両手を口元に当てて僕を食い入るように見つめている。
顔が地味だし気分的にひどいのは知ってるから無視するとして。
「……寝ぐせとか、ありました?」
「……はっ!? う、ううん! そのままで良いと思う!!」
寝ぐせが変とかじゃないらしい。
けどそもそも誰だっけこの子。
まぁいいや、今の僕はVRなチャットでの出来事と光のことで手いっぱいなんだ。
手短に済ませて、さっさと1人にしてくれ……。
……女子に話しかけられたのに嬉しくないって、これもう取り返しつかなさそうだよなぁ……。
◆◆◆
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