パメラ夫人の周辺が落ち着くまで
周囲に味方がいないとこうなるっていう典型的ダメな王家がいます。
とある一つの王国が滅んだ。
その顛末にそんなつもりはなくとも関わる羽目になってしまったパメラは、しみじみと呟くのだ。
「親馬鹿が過ぎるのも考え物ね……それに、そんな親に甘やかされた子も」
パメラが親馬鹿と言ったのは滅んだ国の国王夫妻で、甘やかされた子というのは言わずもがな王子である。
だが、まぁ。
何と言おうか。
結果滅ぼす事を後押しした形になったパメラではあるが、これっぽっちも心が痛まなかった。
断頭台の露と消えた彼らは、自業自得だとしか思えない。
何故ってパメラにとって彼らは簒奪者でしかなかったので。
事の発端はといえば。
パメラが結婚したあたりまで遡るのかもしれない。
パメラは子爵家の生まれで、結婚相手も同じく子爵家の令息。
家の後継ぎはパメラであり、夫となる相手は入り婿。
ところが何を勘違いしたのか、夫となった男は結婚前はパメラの事を世界で一番愛しているかのように振舞っておきながら、実際は愛人を作り夫としての最低限を果たそうともせず、ぶっちゃけるのであれば荷物どころかゴミであった。
荷物で留まっているならまだしも、パメラだけではない、使用人たちから見てもゴミだと思われていたくらいだ。
どうしてあんなクズと結婚したの? と生まれた娘には後に問われたが、結婚前はマトモな人だったので。
そもそもクズとわかっていたなら結婚なんてしない。
だから娘よ、あんな父親の血が流れてるのがイヤなのはわかるが、人前ではもうちょっと取り繕いなさい。
そんな娘は年頃になった時点で、夫が決めた婚約者というものに反発し家を飛び出し冒険者となった。夫は大層憤慨していたが、やはり何かを勘違いしたのだろう。すぐににやにやと気持ちの悪い笑みを浮かべていた。
パメラにはその笑みの意味がなんとなくわかってしまって、あらあら本当に救いようのないお馬鹿さんねぇ……としか思えなかった。
大方愛人に産ませた子をうちの跡取りにしようとでも考えたのだろう。
入り婿の貴方の血を引いた子が我が家の跡取りになるはずないでしょうに。
いい加減面倒になってきたので、引導を渡した。
行く宛てもなく生家からも受け取り拒否された元夫は愛人の所へ駆け込んだようだが、その愛人からも捨てられて後日路地裏で死体となって発見されたらしいが、パメラにとっては知った事ではなかった。
夫の生家でもあった子爵家も、夫の振る舞いが社交界に知れ渡った事で、あんなのを育て上げた家として随分評判が悪くなっていたのだ。せめてパメラに対してもう少し申し訳なさそうにしていれば、まだ救いがあったかもしれないのに謝罪の一つもなかったのでこちらがわざわざフォローしてやる義理はなかった。
既に娘も成人しているような年齢だ。家を出ているが。
つまり、離縁して新たな相手を……とパメラが急ぐ理由はないし、その必要もなかった。
だが、何かを勘違いした連中というのは一定数湧いた。
こちらの足元を見て、相手を選べるような状況じゃないだろう、だとかなんとか。
何を言っているのかさっぱりだ。娘は家を出たとはいえ、パメラとは連絡を取り合っていたし、夫と離縁してしかもその夫だった男が死んだとなれば娘が戻ってこない理由もない。
実際、
「あ、あいつ死んだんだ。じゃ家に帰るわ」
なんて軽さの手紙がきたので。
パメラの再婚相手として売り込んできた男たちは、確実にパメラの足元を見ていたがパメラはそんな男たちを視界に入れすらしなかった。何故って必要がないから。
パメラの家よりも身分が上の相手から結婚してやってもいいぞ、というお誘いはあったが、パメラはそれらに対して、
「もう結婚は懲り懲りですわ……」
と言うだけで事足りた。
婚約の誘いに関して、身分が上の相手からは断りづらいものがあるけれど、しかし一度結婚して跡取りもいるのであれば、結婚する必要性は無いと言ってもいい。
結婚する必要が出てくるのは、まだ跡取りを産んでいない若い娘の場合であって、既に成人した娘を持っているパメラにとっては該当しない。
では、とパメラの娘アイリーンとの結婚はどうだ、と名乗りを上げた者もいたけれど。
「ご心配なく。娘は結婚しているので間に合っておりますわ」
そう。娘は冒険者となって、そこで意気投合した男と結婚していた。
ちなみに相手は元伯爵家の令息である。家を継ぐ立場ではなかったので家を出て冒険者として身を立てていたらしい。
家を出るまでは相応の教育を受けてはいたので、娘の婿となって家に入ったとして、特に問題もない。
女だてらに冒険者なんてやってるような女だ。婿なんてやってこないだろうと軽んじていた男たちは、子爵家の財産を狙っていたのにそれらのアテが完全に外れすごすごと引き返すしかなかった。
そういった男たちをパメラは、
「どうしてこの国ってロクでもない男ばかりなのかしら……」
と、思わず嘆いた程だ。マトモな殿方もいるとは思うが、パメラに群がってきた連中は紛れもなくクズばかり。予め屈強な護衛を雇っておいて正解だった。
そうでなければ力尽くで、なんてことをやらかす者も現れたかもしれない。
結婚なんてもう懲り懲りだし、という事でパメラは趣味に生きる事にした。
幸いそこそこ資産はあったので、それを使って商売をしてみようと思ったのだ。
儲けを出すだとか、そういうのは二の次の完全な道楽であった。
ところがパメラは案外商才というものがあったのか、これが面白いくらいに上手くいってしまった。
結果広がる人脈。増える財産。
気付けばパメラが作った商会は、他国にもその名が知れ渡るまでになってしまった。
さて、これに目をつけたのが王家である。
正直、国王夫妻は良き王か、と問われると微妙なところであった。
今のところ国を傾かせるような政策はしていないが、国を富ませるような成果も出していない。
先代の王から引き継いだものを、そのまま維持しているだけだった。
維持し続けるというのもある意味では凄い事なのかもしれないが、しかしその維持も完全ではない。
じわじわと国は誰にも知られずひっそりと衰退しつつあったのである。
とはいえ、王家がこれ以上何かやらかさない限りは次代に引き継げば盛り返す可能性もあった。
だが、王の後継ぎとして育てられた王子は王妃が溺愛しまくった結果、とんでもねぇ我儘坊ちゃんとして成長した。結果としてもしこの男の妻になるのであれば、苦労するのは目に見えて明らか。
大事に蝶よ花よと育ててきた娘が王妃となっても苦労の連続で幸せになれるかもわからず、どころか王家の失態全ての尻拭いをさせられないとも限らない。
王族の仲間入りというのは本来栄誉な事かもしれないが、そのお相手があの王子じゃなぁ……とある程度損得勘定がマトモにできる貴族たちは、無し寄りの無し判定を下したのである。
結果として、王子はいい年になっても未だ結婚相手ができず、親の脛をかじって暮らすロクデナシになってしまったのだが、溺愛している王妃がそれを良しとしている挙句、王もまたそれを許してしまったので。
王家に対する忠誠心とかそういったものは確実に目減りしていた。
王子が我儘三昧しでかしていけば、着実に王家は更に貴族たちから見放される結果となる。
そう噂されていたし、下手にあの王子に目をつけられないように、と年頃の令嬢たちはなるべく地味な見た目を装った。
なんだこの国は、マトモな令嬢はいないのか!
なんて王子が地団太踏んで暴れ回ったとかどうとか、そういった噂もあったけれど、王子の嫁になんて望まれても何一つありがたくも嬉しくもないので。
いっそ他国から嫁に来てくれそうな高位身分の娘か王女を……と王妃は目論んでいたようだけど、生憎とその頃には他の国でも王子の駄目な部分が知れ渡っていたので、王子の結婚はほぼ絶望的であった。
そこで少しはせめて己を顧みる、という事ができていればよかったのに、自分は完璧な存在であるという思い込みからかますます悪い方に突き進んでいく王子は、本来ならとっくのとうに嫁が来ていてもおかしくない年齢も過ぎて、国内の同年代の令嬢たちはとっくにほとんどが結婚し子を産んでいる始末。
年上は嫌だとのたまい、年下の令嬢を見繕おうとしたようだが、悪評が広まり切った王子である。
令嬢自身が断固拒否し、家のためにと娘を差し出そうとした家では娘直々にそんなことを言い出した父親を殺そうとする始末。
実際殺傷能力の低いペーパーナイフで軽くグサッとやられただけではあるけれど、大人しく親の言いなりだったと思っていた娘からの反逆に、次は確実に殺される……! と恐れおののいた父親は娘に降伏したのである。案外小心者であった。
まぁ、仮にそのまま嫁に出したところで、そうしたらその権力を使ってこの家を潰すわ……! と低い声で言う娘を無視して嫁になど出せるはずもない。
のし上がるために嫁に差し出すつもりが、結果家を潰されるのであれば意味がないので。
ともあれ、パメラがこの夫もういらないなぁ、なんて思っていた頃に、王家ではこんな感じで王子の結婚相手選びに難儀していたわけなのである。
令嬢たちに相手にされず、また王子もこの国の貴族令嬢ロクなのいねぇなブスばっかかよ、とまんまと相手の術中にはまり騙されていたわけなのだが、それでも王子はいい年した男である。
ぶっちゃけて言うのなら、性欲を持て余していた。若さゆえ、と言ってしまえばまぁそうなのかもしれないが、本当ならとっくに結婚して妻になった女性とそういう事をしていてもおかしくはない年齢になってもなお相手がいないとなれば、持て余しても仕方ないのかもしれない。
城で働くメイドたちに手を出そうにも、その頃にはメイドたちも王子のクズっぷりに慣れ切っていたので、上手く躱していた。そうしてますます溜まる王子のフラストレーション。
街に出て、高級娼婦に手を出しはしたし、その上ですっかり骨抜きにされたりもした結果、王子は君を妻に迎えようかな、なんて馬鹿な事を言いだした。
勿論娼婦とてそれを本気にしたわけではない。大体既に王子と言う存在がある種の産廃である、と知っているのだ。だからこそ、娼婦は妖艶に微笑みつつも、やんわりと自分では王妃には相応しくないわ、ととても分を弁えた言い方でお断りしていたのだが。
他の女性に相手にされていない――実際自分が相手にしていないと思っているのだが――王子は、そんな娼婦に入れあげてあれこれ貢物をするようになった。
王妃から甘やかされるままに与えられたお小遣いでやりくりしているうちは良かったが、その金だって無尽蔵に湧き出てくるものではない。あっという間に王子のお小遣いは底をついて、王妃にせびろうにも王妃の個人資産にだって限度はある。
国王も王子の事を甘やかしてはいたけれど、だからといって流石に国庫に手をつけるわけにもいかない。国の金であって王家が好き勝手使っていい金ではないからだ。
もしそれに手を付ければ、そしてその使い道が女に貢ぎました、なんてものであったなら。
まぁ現状王を支えてくれている宰相含め他の家臣たちとて見限るだろう事は、王でも流石に理解している。だからこそ最後の一線を越えないようにしていたのだが……
この頃になってパメラが道楽で作った商会が凄まじい業績を出した事もあって、そしてパメラが離縁し現在は独り身であると知って。
国王夫妻並びに王子は、傍から見てとても愚かな選択をしてしまったのだ。
なんとパメラに王子と結婚するように、という王命を出したのである。
いくら王命であっても、パメラにとって意味がわからないし他の貴族たちからしても理解不能な王命である。いや、財産目当てなんだろうなぁ、と周囲は理解していたが、しかしそれにしたってだからパメラと王子を結婚させよう、というのは理解しがたい。
しかも何が酷いって、王子はいずれ国を継ぐため王妃となる相手を迎えるので、パメラには第二夫人として王子を支えよと言うのだ。馬鹿の極み。
宰相が法律学び直してこい、と思わず罵ったらしいが、パメラが王子の後見につけば有り余る財力を使い放題と思い込み、王は我が子に不自由をさせまいとパメラに不自由を強いた。
パメラにとって王子は自分が産んだ娘より少しだけ年上ではあるけれど、正直娘に兄がいたら大体これくらいの年齢でもおかしくはないわね、と言う程度の年齢なので。
下手したら自分の子供とほぼ変わらない年齢の相手との結婚とかどうかしているし、王子もまた自分より年上のばばあを妻にするなんて冗談じゃないと思っていたし実際に口に出していた。
お前みたいなおばさん相手にしてあげるんだから感謝しろよな、という産廃の言葉にパメラは秒でキレた。
とはいっても、その場では何もしなかったが。世間知らずの小童風情が、と内心で罵りはしたがその場では静かに王子の言葉を聞くだけに留めた。
パメラにとっては完全に時間の無駄である。
それだけで済めばまぁ、いっそ国から逃げて高飛びするか、くらいで済んだのだが。
その後で王妃に呼び出されたのだ。
あのバカを産み育て増長させた馬鹿親が今度はなんだとばかりに出向いてみれば、貴方の持つ財産を王子に譲れときたものだ。将来王になる息子のために、国のためになるの、なんて一見すればそれっぽい言葉を並べ立ててはいたが要約すると財産まるっと寄越せ、なのでどう足掻いても問題しかない。
これならまだ、入り婿でやって来たけど捨てた元夫の方がマシに思えてくる。まぁ家を乗っ取ろうとしていたので、王家に比べてマシ、程度であってどちらにしてもクズである事にかわりはないのだが。
しかも王妃はその言い分が通ると思っているらしく、パメラの反論は一切許さないとばかりに言うだけ言って、帰っていいわよ、とのたまったのだ。
不敬だなんだとこちらが処罰を受けるのも馬鹿らしいのでその場でパメラは何をするでもなくすっと控えめな動作で立ち去ったが。
この時点では王妃が馬鹿な事を言いだした程度で済んでいるが、そのうち正式な書類とか持ってくるだろうな、と思ったパメラは早速城を後にしてから行動に移った。
パメラの持つ財産全てを奪い取ろうというのなら。
じゃあくれてやろうではないか。覚悟しろ。
そんな気持ちで。
人徳も人望も失いつつある王家と違い、パメラは道楽で始めた商会を通じて様々な人脈を得たのだ。
たかが子爵家と侮った事、後悔させてやる。そんな気持ちだった。
そうして後日、改めて王からパメラの持つ財産を王子に譲り渡すよう、権利を移行する旨が記された書類を渡されたので。
パメラは一応、ほんの気持ち程度に抵抗してみせた。
全てを譲るとなれば、子爵家そのものも含まれてしまいます……と。
まだ娘に家督を譲り渡したわけではないので、臣籍降下するでもない相手に子爵家そのものを譲り渡すのはどうか、という態度でもって微弱な抵抗を示した。
子爵家そのものにも財産がため込まれている、と思ったのか、爵位はそのままでいいがそれ以外の子爵家に関するものは一度王家が接収し、後にまた譲り渡すなんて言い出されたので。
パメラは国の頂点に立つ王家がこれじゃもう終わりね、なんて思いながら、自分の持つ財産全てを王子に譲り渡す事にしたのである。
これでパメラが作った商会と、そこから得られる金が全て手に入る、と思った国王はほくほくと笑顔を浮かべていたし、王子は金のなくなったばばあに用はないからもう行っていいぞ、と言い出すし、王妃に至っても、そうね、もういらないわ、なんて王子に同調するしで、周囲にいた家臣たちの眼差しはどこまでも冷え切っていた。
直後、彼らがいた部屋になだれ込んできたのは借金取りである。
そうしてパメラは言ったのだ。
「ただいまを持ちまして、わたくしの財産は全て彼らに譲渡いたしました」
よく通る声で言われ、借金取りたちは一斉に国王たちへと群がった。
そうしてでは期日は今日までだ今すぐ返せさぁ返せ! と借用書を突きつけたのである。
突然の出来事に目を白黒させながらも、国王は眼前に突き出された借用書を見る。
馬鹿みたいな額の借金だった。
「こ、これはどういう事だ!?」
「え? どうもなにも、わたくしの持つ財産全てを譲り渡せと仰せでしたではありませんか。一応子爵家に関する財産に関しても先程聞きましたけど、そちらも接収すると確かに言いましたわよね?」
ねぇ皆さん、と周囲で見守っていた家臣たちへパメラが問えば、皆が一斉に頷いた。
一人二人程度であればまだ国王も有耶無耶にできたかもしれない。
けれどこの場には、宰相をはじめ、多くの者たちがいたのだ。パメラの財産を譲り渡すという場に、証人として。国王にとってはこの場でパメラが往生際悪く足掻かないため、いざとなったら彼らに命じて無理矢理にでも財産を奪うつもりであった。否、奪うのではない。あくまでもパメラの意思で穏便に譲り渡してもらうつもりであった。物は言いようである。
「わたくし、商会に関しては既にほかの方にお譲りしてありましたの。ですので、商会に関する資産というのはありませんし、あるのは子爵家の借金だけでした」
しれっと言うパメラに、騙したの!? と王妃が金切り声を上げた。
「騙すだなんてとんでもない。むしろ借金まみれの我が家の財産を譲れだなんててっきり冗談だと思っていたのですよ。実際ちょっと調べたら我が家の財政など王家にとってはすぐわかる事でしたでしょうし」
一切悪気なんてありません、みたいな顔で言うパメラに、王はぐぬぬ、と歯噛みした。
一躍有名になった商会、という部分に目がいきすぎて、子爵家に借金があるなんて知りもしなかった。しかも既に商会は他の者の手に渡っているとなれば、王家が商会を好きにできるわけもなく。
誰の手に渡ったかで王家が介入できる可能性が……! と一瞬希望を持ちはしたが、どちらにしてもタダでお前の財産譲れ、なんて王家がやらかせばその相手だって即座に商会の資産を持ち逃げするかして王家に寄越すはずもなく。むしろパメラ相手であれば、たかが子爵家の女一人だ。いいように転がせると思っていたが、同じ手で他の相手に迫るわけにもいかない。
やればやるだけ王家の醜態は広まってしまう。
既にこの一件で充分すぎる程の醜態であるのだが、大金に目が眩んでいた王はまだそこに気付いていなかった。
借金を引き受けて下さったし、行っていいとの事ですので。
なんてとっても白々しく声に出してから、パメラはその場でカーテシーをして、
「それでは、失礼いたしますね♪」
弾む声でもってそれだけを言うと、その後の王妃が引き留める声など一切聞こえないとばかりに去っていったのである。
あの借金は全てがパメラのものというわけではない。
ではその馬鹿みたいな借金は何であったのか、と言うと。
王家が馬鹿みたいな事を言いだした時点で、パメラは商会を経由して王家の馬鹿さ加減を余すところなく知らせた。その結果として、隣国に婿にいった王弟の耳にまで入ってしまったのだ。兄とその妻と息子の愚かさが。
ついでにあの場にいた家臣たちのほとんども、パメラの味方である。
王の味方などいなかった。
だってそうだろう、あの言い分がまかり通ってしまえば、次はいつ自分たちの全財産を王家に譲れなんて言い出されるかわかったものではないのだ。
自分の息子可愛さに甘やかしてお小遣いを与えたいにしたって、お金持ちの相手に王子自ら媚び諂うなどしてお金をもらえば済む話であるのに、金だけもらってあとはポイ、とかそういうプレイだと割り切ってる相手以外やるはずもない。
もうこの国はダメだ。あんなのを王にしたままなんて冗談じゃないし、ましてやその息子がいずれ王位を継ぐ? はぁ? という気持ちで団結してしまったのだ。城で働く者たちも。パメラを通じて王家の愚かさを知った者たちも。
なのでたった数日で凄まじい勢いで話し合いが密かに行われ、よしこの国潰そう、となったのである。
音頭を取ったのは王弟である。隣国に行き、両国の懸け橋となるべく色々と頑張っていたのにまさか自国でそんなあほな事を兄がやりだすとかとんでもない裏切りであった。
かといって、王弟が舞い戻ってこちらの国を治めるにしても、色々と問題があったのだ。
主に資金面で。
じゃあもういっそ隣国がこの国の分もまとめて治めた方がよくないですか? こっちと違ってそっちの国の王様は有能ですし。
なんて声が上がって、じゃあそうしよっか、というノリで。
国を統合するのであれば、と各地に必要になりそうな施設だとかを今のうちに建設しちゃいましょう、とパメラは商会で得た資金を使って病院や学校といったものを建てるためにパーッと金を使ったのである。
借金はそういったものもあれば、あの馬鹿王子を甘やかした両親たちのせいで無駄に使う羽目になった金額も上乗せしてしまえ、となったのである。
その時の様子としては、そうだそうだと皆が盛り上がり誰一人として止めなかった。
何故って、本来必要な経費まで王はそれ今必要ある? なんて言って削りに削ったからだ。主に防衛面で使われる施設やら設備やら、武具に関してまで経費削減されてしまい、いくらこの国の騎士が優秀だとしても装備があまりにも劣っていては、他国が攻め入った時に果たして防衛しきれるかどうかも……となっていたのである。平和だからこそ、守りは備えておくべきであったのに、王は平和な今だからこそそれらを必要ないと軽んじた。
国を守る立場である者たちがとっくに見切りをつけていたのもあって、他にもそれじゃあ他に削減された分も、上乗せしましょう! と言い出した者たちがあれもこれもと盛りに盛ったのである。
本来ならば有り得ない事なのだが、削減して浮いた資金が正しく国に還元されていたか、というととても微妙だったので。皆が皆「ヤッチマイナー!」を合言葉に動いていたと言われたならば、誰も疑わなかっただろう。
ちなみに、一時的に借金を負ったかのようなパメラではあったが。
実際商会を譲った相手というのは娘の夫になった相手の親戚である。向こうも道楽で商売を始めてみたら案外トントン拍子に上手くいってしまったという点でパメラと共通する部分があり、思いのほか意気投合してしまったのだ。
彼に一時的に商会を預けた事で、あの馬鹿親と馬鹿息子に自分が育てた商会を奪われる事態は避けられた。
いくら道楽で仮に儲けが出なかったとしても、それでも愛着がないわけではない。
一時的に商会を委ねたが、彼はしっかりとパメラの商会を守ってくれていた。あの馬鹿王子に譲っていたら果たしてどれくらいで破産していた事か……
本来背負うべきものと、別に背負う必要のない借金をこれでもかと大量ミックスされまくって、国王も王妃もこんな大金払えるわけがない! と叫んだものの。
借金を譲渡されたのはそちらさんでしょう、と強面の借金取りに言われてしまえば思わず恐怖で竦んでしまって、冷静な判断力というのも低下して。
わざわざ王命使ってまでひっかぶった借金だ、何がなんでも支払ってもらいやしょうか。
そんな風に言われて、不敬だなんだと叫ぶ前にどう見ても悪人にしか見えない借金取りたちに連れられて、王も王妃も王子も私物を全て奪われて、これらを売っても足りませんねといっそ茶番としか言いようのない事をやった後、密かに急ぎ駆け付けていた王弟が事態を解決させたのである。
解決といっても、この馬鹿ども処刑して国を隣と合併してしまおうね~というとんでも極まりないやり方だったが。
そうして私物の全てを奪われた後、命も断頭台の露と消え文字通り全てを奪われたのである。
しかし顛末を知った者たちは、誰も同情しなかった。
国王や王妃が言うように、パメラが財産を全て奪われた後、命だけあったとして普通であればその状況から奇跡の大逆転ができるかはわからないのだ。
勿論パメラの人脈を駆使すればなんとかなるとは思うけれど、それはあくまでもパメラであるからであって。
単なるそこらの子爵夫人であるのなら、この時点で命だけ残されても今後の人生お先真っ暗、最悪自ら死を選ぶのが一番楽かもしれないわけで。
例えば他国が攻め入ってきて国を守るために死んでくれというのであればまだしも、そんな切羽詰まっているわけでもないのに国の頂点にいるであろう王家が民から財を根こそぎ奪おうとする時点で、忠誠心も何もかも消滅したところで誰も文句は言えない。
全財産奪うから明日からお前は物乞いでもやってどうにか生活してくれや、とか王に言われてはいわかりましたという者はどれだけ忠誠心に溢れた臣民を探したところでいないだろう。ふざけんなお前が野垂れ死ねと言って反乱起こす民なら圧倒的にいるとは思うが。
かくして、棚ぼた式にお隣だった国がまるっと手に入ってしまった隣国では、隣国の最後の王族たちの末路と共に、我が子が可愛い気持ちはわかるけど、甘やかしすぎ駄目絶対、という用語が生まれ広く知れ渡ったのである。
王家の血を引いてはいるものの臣籍降下からの隣国へ婿入りした王弟は、祖に申し訳がなさすぎる……と言ってはいたが、妻に慰められていたので案外早く立ち直るだろう。
国王夫妻とあの王子が借金を全額支払えるわけがない、と最初からわかっていたので、パメラ自身それについては何とも思っていなかった。
そもそも一時的に預けていた商会が無事戻ってきた後は、少し稼げば自分たちが使った分くらいはあっという間に戻ってきたので。
本来王家が支払うべきものに関してはまぁ、お隣だった国の王がどうにかするだろう。
大体半年あれば黒字にできる、とか言ってたので処刑されたあの馬鹿どもとは大違いだなとパメラはやっぱ王って大変な立場だし王としてあり続けるためには相応の器って必要なんだなと今更のように感じ入るばかりである。
なお、ライバルであり相棒のような立場であった相手と恋愛的な進展があったか、と問われればそこまで目立つような事はなかった。
何故ってパメラにとって結婚はもう懲り懲りだったので。
とはいえ、夫がいない金持ちの女というのはそれなりに狙われるのだろうな、とは今回の件でよぅく理解したので。
とりあえず彼と籍だけ入れる事にしたが、それで何かが変わったかは……まぁ、周囲がちょっとだけ賑やかになったくらいだろうか。
ともあれ、ようやくパメラの周辺は落ち着いたのである。
たまに感想やらメールでこんな馬鹿な国のトップが~みたいなコメント来ることあるけど、意外といるぞ。海外とか、国に限定しないなら会社とか。あと現実的に~みたいなコメントも来るけどこの話の世界って地球じゃないのにそこの現実説くってつまり貴方は異世界人なの? って思ったりもする。
地球の皆は異世界ってお話の中の存在だと思ってるからもし本当に異世界人なら自分の世界の歴史とか諸々書いてここで作品として投下するだけでもそれなりの需要あるんじゃないですかね(すっとぼけ)
次回短編予告
追放ものだけどもう遅いも何もない本当に普通のまぁそりゃ追放されるよっていうありきたりな話。