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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「あくび指南」

作者: 霧夜シオン


落語声劇「あくび指南しなん


台本化:霧夜きりやシオン@吟醸亭喃咄ぎんじょうていなんとつ


所要時間:約30分


必要演者数:3名

      (0:0:3)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


●登場人物


熊公くまこう八五郎はちごろうの友達。お稽古事けいこごとに目がないがセンスが壊滅的らしく、

   どれも長続きしない。


八五郎はちごろう熊公くまこうの友達。毎回熊公のお稽古事けいこごとに付き合わされてうんざりして

    いる。


師匠:あくび指南処しなんどころのお師匠さん。訪ねてきた熊公くまこうのあるあくびの

   しかたを指南しなんする。

   (1セリフだけ唄のお師匠さんのセリフがあります。)


●配役

熊公:

八五郎・枕:

師匠・師匠(唄):



枕:お稽古事けいこごとと言うのは、ずいぶん昔からあります。

  時代が下がるにつれて、それはもう様々なお稽古事けいこごと雨後うごたけのこのよう

  に出現しているわけで。

  書道、茶道さどう華道かどうなど古くからあるものや、近代だとゴルフやパソコ 

  ンなど数えだすときりがありません。

  お稽古事けいこごとに必要なものはもちろん本人のやる気が第一ですが、

  やる気ばかりあっても空回からまわりしてしまう人間がいますようで。


熊公:おぅいっつぁん、ちょいと付き合ってくれねえかな。


八五郎:なんでぇ熊公くまこう、何か用かよ?


熊公:いや、ちょいと付き合って欲しい所があるんだ。

   今日から俺ァ、お稽古事けいこごとを始めようと思ってよ。


八五郎:ハァ?

    オメェの稽古事けいこごとなんざ、何一つとして満足に長続きした事ねえん

    だからよしなって。

    この前だってそうだったろ。

    うたのお稽古けいこだから付いてきてくれって言うから付いて行ったら、

    俺の目の前でお師匠さんに断られてたじゃねえかよ。

    お師匠さんがぺんって三味線しゃみせん引いて、おめえがハァーってひと声

    出したら、


師匠(唄):すいません、あなたのような方がここでお稽古けいこしてると、

      周りの子供たちがみんな調子ちょうしっぱずれになりますから、

      恐れ入りますがお引き取り願います。


八五郎:って願われてすごすご退散たいさんしたじゃねえか。

    おめえの声を聞く前と聞いた後のお師匠さんの表情が、

    すげぇ落差らくさあって面白かったけどよ。


熊公:趣味が悪いよっつぁん。

   だからそのあと、うたァやめて踊りの稽古けいこにしたじゃねえかよ。


八五郎:踊りの稽古けいこったっておめぇ、おさらいがあるから来てくれって言

    うから、俺ァ見に行ったよ。

    その時の事を覚えてるか?

    おめぇが舞台の上で片足でもってトントントントンと来たら、

    その次のトン、の音がしねえで、そのままドスンと客席に落っこ

    ちたろうが。

    しかも、一番前でお前を見ながらにぎめし食ってたおばあさんの上

    によ。おかげでおまんまのつぶだらけになってしまってたじゃねえ

    か。

    いけねえよ、人の命をおびやかす稽古事けいこごとは。やめとけ。


熊公:いやいや、今度はそういうんじゃあねえんだ。

   この先の横丁でね、なんだかこの間から大工だいくが入ってトンカントン

   カン音がしててよ、何ができんのかなぁって思って時々通る時に

   ながめながらよ、楽しみにしてたんだ。

   で、昨日でき上がって見たら看板がぶら下がってた。

   それには、あくび指南処しなんどころって書いてあったんだよ。

    

八五郎:なんだい、そのあくび指南処しなんどころってな。


熊公:だからあくびを教えてくれるんだよ。


八五郎:あくびっておめえ、口から出るやつだろ?


熊公:あたりめえじゃねえか。

   ケツからあくびが出るかよ。


八五郎:いや、出るぜ。


熊公:ウソだろ。


八五郎:いや、うそじゃねえ。


熊公:じゃあ何なんだよ。


八五郎:おめえだってぐれぇするだろうがよ。


熊公:かよ! たとえじゃねえか!


八五郎:あのな、おめぇわざわざ教わらなくたってよ、

    あくびなんて誰だって出るだろ。


熊公:そりゃあ眠かったり退屈すりゃ出るものだけどよ、

   誰でも出るものをわざわざぜにを取って教えるってとこにね、

   俺ァ何か、奥の深さを感じるんだよ。


八五郎:物好きだなお前は…、

    前と同じことになるのが目に見えるからよしなって。


熊公:んな事言わねえでさ、頼むよっつぁん。

   これがうたとか三味線しゃみせんとか踊りだってんなら察しがつくけど、

   あくびだぜ? 予想がつかねえんだよ。

   いざとなると俺ァ度胸どきょうがねえ方だからさ、付いてきてくれよ、

   な、頼むって!


八五郎:度胸どきょうがねえとか、どの口が言うんだか…。

    しょうがねえな…。

    …で、あれか?


熊公:あぁ、この家なんだよ。おつな家じゃねえか。

   看板にあくび指南処しなんどころって書いてあるだろ。

   じゃ、行くぜ。


   ごめんください!

   ごめんください!


師匠:はいはい、いま取りつぎの者がおりませんから、

   どうぞ、中へお入りください。


熊公:あ、そうですか!じゃ失礼して…。

   あの、いまおもての看板を見て入っちゃったんですけど、

   あくびを教えてくれるってのはこちらですか?


師匠:はい、うちでございます。


熊公:あ、実はその…教わりたいと思いまして…。


師匠:あぁそうですか。じゃあどうぞこちらへお上がりください。

   お連れさんの方も、どうぞこちらへお入りください…?

   もし、お連れさんの方、どうぞこちらへお入りください。


八五郎:【つぶやく】

    けっ、変にすすめられたかねえし、こっからながめてる方がマシだ。



師匠:あの、お連れさんの方、どうぞこちらへお入りください。

   …その、格子こうしから首だけ突っ込まれておりますと、

   表から見て妙なものですから、どうぞ。

   どうぞこちらへ…あの方お連れさんですよね?


熊公:お連れさん? ああ、アレはお連れさんなんてそれほどのもんじゃ

   ねえです。


師匠:ほう? では何ですか?


熊公:一緒に来たんです。


師匠:じゃあお連れさんじゃありませんか。


熊公:あ、そうなの…おいっつぁん、お連れさんだってよ。

   だから入れよ。


八五郎:うるせえよ、お連れさんなんて。

    ——つまらねえぎぬ着せるんじゃねえよ。


熊公:なんでぇぎぬって。

   お師匠さんがお連れさんて、そう言ってんだからよ。


八五郎:いいから、こっちの事はかまわねえでいいって。


熊公:しょうがねえな…

   じゃ、上がらなくていいから戸閉めて、上がりかまちに腰掛けてろ

   よ!


   すいませんね、強情ごうじょうなもんで。

   ただ一緒に来ただけなんですよ。

   お稽古けいこをお願いするのはあっしだけなんで。


師匠:あぁそうですか。

   え~それではまず、こちらの座布団ざぶとんにお座りになって…。

   時にあなたは…何ですか、お下地したじはおありですかな?


熊公:へっ?


師匠:お下地したじはおありですかな?


熊公:…へ、へぇ、まぁそうですね…。

   家に帰りゃ…まぁ、少しはありますね。

   下地したじがねえってぇとね、刺身さしみ食ったって生臭なまぐさくて美味うまくねえですし

   。


師匠:ああ、お醤油しょうゆの事ではありません。

   お下地したじ…つまり、今まであくびの稽古けいこをなすった事がありますか?


熊公:へっ? …どっか、他でやってるところあるんで?

   珍しい事やってるなって思って飛び込んできたもんですから。


師匠:そうですか。

   ではつまり、初心しょしんの方ということになりますな。


熊公:へっ?…初心者。

   えぇ、初心しょしん…いやぁ初心者なんてそれほどえらくはねぇですけど。


師匠:えらくはないですよ。

   では、あなたは一体どういうあくびの稽古けいこをなさりたいですか?


八五郎:【つぶやく】

    いや、あくびに種類あるんかい。


熊公:えっ、どういう…? どういうあくびって…、

   あくびってな、退屈な時に出てくるもんじゃねえんで?


師匠:ああ、退屈な時に仕方なく出てくるあくびですか。

   まぁあれもあくびでないとは申し上げませんが、

   あれはいわゆる、あくびの中でもほんのあくびになりますな。


熊公:あくび…。

   そ、そうなんですか。

   てこたあ、今までなげえことあくびやっちゃってましたねえ。

   するってぇと、あくびじゃないあくびが世の中にはあるんです

   かね?


師匠:ええ、うちでお稽古けいこいたしますのはのあるあくびでございますか

   ら。


八五郎:【つぶやく】

    けっ、あくびにのある無しなんざあるもんかい。


師匠:まず、初心者向けに春夏秋冬はるなつあきふゆ四季しきのあくび、その上になりますと

   、芝居しばいのあくび、寄席よせのあくび、お湯屋ゆやのあくびというものがござ

   います。

   芝居しばいのあくび、これは字のごとく芝居しばいがつまらなくて出るあくび、

   寄席よせのあくびはつまらない落語らくごを聞いておもわず出るあくびです。

   まあこれは——


熊公:【↑の語尾に被せて】

   えぇいやそんなにいっぱい並べられてもあっしぁよくわからねえん

   で。


師匠:そうですか、では初心しょしんの方ですからいかがでございましょう。

   四季のあくび、これをご伝授でんじゅいたしましょうか。


八五郎:【つぶやく】

    四季のあくびだあ?

    なんかえらくけったいなもんが出てきたな…。


師匠:春、夏、秋、冬、このうち秋のあくびと申しますのは、秋の夜長よなが

   名月めいげつでございますな。風流ふうりゅうなものでございます。

   ススキやお団子だんごをお供えし、名月めいげつを見ながら人を待っているが

   なかなか来ない。そのうちにお銚子ちょうしの酒も冷める、どうしたのだろ

   うなと待ちくたびれてついついあくびを誘われる、涙越なみだごしの月とい

   うことになりますか。


八五郎:【つぶやく】

    そらぁただ眠くて出るあくびじゃねえか。


師匠:冬のあくび、これはこたつでございます。

   こたつに当たって草双紙くさぞうしでも読んでおりますうちに、やがて読み疲

   れて伸びをする、そこへこたつの中から猫が出てきて体を

   たかなと思ったらあくびをした。

   それを見ているうちについついこちらもあくびを誘われるという、

   これは四季のあくびの中でも一番むずかしい。


八五郎:【つぶやく】

    猫からのもらいあくびじゃねえか。

    何言ってやがんだ。


師匠:そして春のあくび、これは田んぼ道の散策さんさくでございます。

   麦畑は青々と、菜の花は黄色く蓮華れんげは赤く咲き乱れてちょうが舞い、

   雲の中では雲雀ひばりがさえずる。

   陽炎かげろうの立ちのぼる田んぼ道を歩いていますと、自然に眠気ねむけもよおし、

   あくびが出てくる。


熊公:あ~、むずかしいのはダメなんで、

   一番優しいやつをお願いしやす。


師匠:そうですか、それでは夏のあくびをご伝授でんじゅいたしましょう。


熊公:へっ、よろしくたのんます。


師匠:夏のあくびと言いますのは、これは舟遊ふなあそびでございます。

   下からき上がる暑さを避けて船涼ふなすずみというところですな。

   隅田川すみだがわ首尾しゅびの松に船をつなぎまして船頭せんどうと船の中で差し向かい、

   まことに風流ふうりゅうなものでございます。

   一日漕いちにちこぎ登り、くだりしておりますとを避ける事ができます。

   

熊公:はぁ、はぁはぁはぁなるほど…。


八五郎:【つぶやく】

    俺も熊公くまこう舟遊ふなあそびする金なんぞねえっての。

    年がら年中ねんじゅうふところがさびしいってぇのによ。

    そんな奴が舟遊ふなあそびなぞ分かるわけがねえ。

    見ろあの顔、知ったかぶりのシッタカブッタだ。


師匠:よろしいですか?

   首尾しゅびの松あたりに船をつなぎ、夏の昼下がりのとろんとした心持ち

   、その情景をよーく頭にたたき込んでいただきたいんでございます。

   あたくしが手本てほんをお見せしますので、しっかりご覧になってくださ

   い。


熊公:へ、へいっ。


師匠:まずこの煙草たばこをのんびりとキセルに詰めて…


   【たばこを吸い始める】


   一服いっぷくつけるんですが…今あたくしの体がれるともなくれている

   のにお気づきですかな?


熊公:えぇえぇ、船に酔ってんのかな、酒に酔ってんのかな、

   って実は心配してやした!


師匠:本当に酔っているわけではありませんよ。


熊公:いやぁ、酔ってる人ってぇのは、自分は酔ってない!って言うもん

   でさあ。


師匠:違いますよ。

   これは船がさざ波にあおられれているところを、体で表現したもの

   ですから。

   こういう芸の細かいところもよくご覧になってください。

   よろしゅうございますね?


   …セリフでございます。


   おい…船頭せんどうさん…船を上手うわてへやっておくれ。

   堀から上がって一杯やって、晩には仲見世なかみせへ行って、

   新造しんぞでも買っていきな遊びをしましょうか。

   船もいいがこうして一日乗っていると…、

   退屈で…、退屈で……【←このあたりであくび→】ならねえ。


熊公:いやいやいや、むずかしいですねこれ。

   おいっつぁん見ろよ、おそわるだけの値打ねうちがあるじゃねえか。


八五郎:【つぶやく】

    けっ、何を言ってやがんでぇ。

    つくづく人のいい野郎だ。


熊公:いやね、俺ァなんか奥があるんじゃねえかって思ってたんですよ。

   けどこりゃあ、とてもすぐには覚えきらんねぇですね!

   すいませんが、もういっぺんお願いできやすか?


師匠:えぇよろしいですよ。

   これはたいして難しいもんではございませんし短いですから、

   なるべく早く覚えて下さいね。

   夏のあくびを習得しましたら、そのあとは順に秋、冬と参りますの

   で。


八五郎:【つぶやく】

    あいつがそこまでいけるかね…?

    なんにしても、くだらねえことに付き合わされてんな、俺…。


師匠:いきますよ。

   【たばこを一服いっぷくつけて】

   おい…船頭せんどうさん…船を上手うわてへやっておくれ。

   堀から上がって一杯やって、晩には仲見世なかみせへ行って、

   新造しんぞでも買っていきな遊びをしましょうか。

   船もいいが一日乗っていると…、

   退屈で…、退屈で……【←このあたりであくび→】ならねえ。


熊公:なんかさっきよりもっとむずかしい気がしやすね!

   これァ驚いたなぁ、こんなに難しいとは思わねぇや。

   あくびの稽古けいこったら、あ~~ぁ、っつったらそれでいいのかと

   思ってたもんですから。

   あっしにできますかねぇこれ!?


師匠:えぇ、案ずるより産むが安しですよ。

   この煙草たばこ入れをお貸ししますから、どうぞ。


熊公:えっ、いいんですか?

   【煙草たばこをキセルに詰めながら】

   驚いたなぁ…だいいち、あくびの稽古けいこにセリフがあるとは思わなか

   ったもんですから。

   いや、やりますけどね。

   …こんなにむずかしいとは思わなかったなぁ…。

   【一服つける】

   うわぁこらいい煙草たばこだ。

   うまい煙草たばこですねこれ。

   【もう一吸いする】

   いやぁ、うめぇなこれ。

   【煙草盆たばこぼんふちを叩いて灰を落とすと、当然のようにまた煙草たばこをキセ

   ルにめる】


八五郎:【つぶやく】

    おいおいおい何ちゃっかり二服にふくめいってんだよ。

    がめつい野郎だぜ。


熊公:こんなうめぇ煙草たばこはのんだことがありませんや。

   安くないですよね、これ。やわらけえや。

   あっしがいつものんでるのは一番安いやつなんでね。

   吸うと口の中でけむがね、えばってるんですよ。

   【一服つける】

   あぁ~うめぇやこれ。

   【煙草盆たばこぼんふちを叩いて灰を落とすと、当然のようにまた煙草たばこをキセ

   ルにめ始める】


師匠:あの、煙草たばこをほめていただけるのはいいんですが、

   煙草たばこ一服いっぷくだけで、そろそろあくびのほうをーー


熊公:え? あ、あはははいや、すいません。

   じゃ、この、いまめた奴で…


師匠:波で船があおられて、体がれている事もお忘れなく。


熊公:あっ、ああ! そうだった!

   体をね、っこう、動かして——っ

   っ、っ。

   【2,3度体を手ぶりもつけて前後に大きく揺らしている】

   どうですかね!?


師匠:あの、うちは盆踊りのお稽古けいこじゃありません。

   あくびのお稽古けいこでございますから、

   れるともなくれるといったような、そういう動きをですね。


熊公:いやいや、れるともなく揺れるったって、

   そういうむずかしいこと言われちゃかないやせんよ。

   れるなられる、れねえなられねえ、どっちかにしてもらい

   てえもんですよ。

   動きの方は初日なんですからこのくらいで勘弁してもらって…

   【煙草たばこを乱暴に一吸いして】

   んで、あの、何て言うんでしたっけ?


師匠:おい、船頭せんどうさん…です。


熊公:ぁそうだ、【かなり威勢よく】ぅおぉーい船頭せんどうォ!っとくらァ!


師匠:あの…夏の昼下がりのトロンとしたような、そういう気分でやるん

   です。

   それをあなた、おい!船頭せんどう!っとくらァ!

   と、そういうことをおっしゃらずに、

   おい、船頭せんどうさん…と、こんな感じで。


熊公:あそそぅそぅそぅ、ぉ、お、おい船頭せんどうさん、ね。

   【だいぶ棒読みに近い上に荒っぽい】

   お、ぉ、おいっ船頭せんどうさん、船を、上手うわてへやってくんねぇ!と


八五郎:なんでェありゃ。

    あわ食っておかしなことになってやがる。

    見てるぶんにゃあ面白おもしれぇけどよ。


師匠:やってくんねぇ、ではなく、船を上手うわてへやっておくれ、と。


熊公:あ、あぁ、船を上手うわてへやっておくれ、ね!

   で、堀から上がっていっぺぇやって、で、ぇーと、晩には仲見世なかみせ

   行って、で、新造しんぞでも買っていきな遊びをしようじゃねえか!な!

   船もいいが一日乗ってるってぇと……退屈てぇくつだと。

   退屈てぇくつ退屈てぇくつだと。

   …退屈てぇくつでしょうがねえなぁ、と。ね?

   あんまり退屈てぇくつだから、もうここらでそろそろ、

   あくびでもしようじゃねえか、てな話で。

   …。

   【ものすごく下手くそに】

   ふぁー。


師匠:…何やってるんですかあなた。

   一番しまいにあくびを必ずしようしようと思っているから、

   そういうことになるんですよ。

   よろしいですか、あくびがおのずとき上がるようにもっていかな

   いといけません。


熊公:き上がるようにったって、そういう山の雲みたいなこと言われる

   と弱っちまわなぁこらぁ!

   じゃじゃ、じゃあもういっぺんやりますんで!


師匠:はぁ…はい、どうぞ。


八五郎:【つぶやく】

    あーあー、あくびの先生もあきれかえってらァ。

    ほんと不器用ぶきようだな熊公くまこうは。


熊公:こんなにむずかしいたぁ思わなかったよほんと。


   【慌ただしく煙草たばこをキセルにめて一吸いする】

   うわぁうめぇなこれ。


師匠:…ん、ん、ゴホン。


熊公:あっあっえっとぉ、煙草たばこはどうでもいいんだ、うん。

   体の動きだ、動き。

   【相変わらず盆踊りみたいな手つきと体の揺らし方をしている】

   【八割がた棒読みだが、女郎セリフ部分は棒読みではない】

   お、お、おい船頭せんどうさん、ね。

   船を上手うわてへやっておくれ。

   堀から上がって一杯やって、晩には仲見世なかみせへ行くってぇと馴染なじみの

   女が出てきて、

   お前さんちっとも来なかったじゃないのさ、どこ浮気して歩いてた

   んだい、ほんとにお前さんてのは根っからの浮気者なんだから

   口惜くやしいったらありゃしないよ。

   ほっぺたこっちへお出しよつねってあげるから、

   つねられたら痛いよ、お放しよ、いたいいたいいたい!

   いたいいたいいたいなぁ、放して——


師匠:何をやってるんですかあなた。

   そんなセリフどこにもないじゃないですか。

   あくびはどうしたんです、あくびは。

   

熊公:ぁっ、

   【あくびをしようとして】

   ふぇっ、ふぇーーーーっくしょーーーーい!!


師匠:くしゃみしてどうするんですか。

   うちはくしゃみの指南処しなんどころじゃありませんよ。


熊公:へっ、す、すいやせん!


八五郎:【目を閉じて半分眠そう】

    …。

    …馬鹿野郎…いい加減にしろよ、ほんとによぅ…。

    こんなことおそわる野郎も野郎なら…真面目まじめな顔して教える方も

    教える方でぇ…。

    船もいいが退屈てぇくつ退屈てぇくつで…って、なに言ってやがんだ…。

    満足にわたぶねにも乗れねえくせによぅ…。

    おめぇたちゃいいよ…好き勝手な事やってんだから…。

    くだらねえもん見せられて…ぼんやり馬鹿面ばかづらで待たされる俺の身

    になれや…。

    俺の方がよっぽど…【あくびしながら】退屈で…退屈で……なら

    ねえ…。


師匠:あ、お連れさんの方がご器用きようでいらっしゃる。




終劇



参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


柳家小さん(五代目)

柳家小三治(十代目)

古今亭志ん朝(三代目)

金原亭馬生(十代目)



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