インターミッション〜世界の片隅で愛を叫べなかったケモノ〜④
身体の右半身にサッカーの授業で、タックルを受けたときのような鈍い痛みを感じながら目を覚ますと、真っ白な天井と見慣れたふたつの顔が視界に入った。
「雄司!」
「くろセンパイ!!」
見慣れない部屋のベッドで目覚めたオレに声をかけてきたのは、母親と部活動の後輩女子だった。
「母さんに、桃か……オレは、どうして、こんなところに……?」
まだ冴えない頭で、そんなことをつぶやくと、母親は、担当医を呼びに行くと告げて、急いで部屋を出て行き、残った桃が、混乱するオレに寄り添い、質問に答えを返してくれた。
事故の瞬間、偶然にも部室のある4号館の廊下から、グラウンドの方を眺めてい彼女が答えてくれたところによると……。
校門から飛び出し、乗用車と接触したオレは、頭を強打してそのまま道路に倒れ込んだものの、すぐに駆けつけた救急車で、人工島内のあいらんど港南病院に緊急搬送され、すぐに頭部外傷に対する脳神経外科の手術を受けることができたため、なんとか、一命を取り留めることができたらしい。
(桃によると、あいらんど高校のすぐ隣の敷地に消防署の出張所があったことも幸運だったそうだ)
MRI検査の結果によると、記憶に関わることに支障が残る可能性があるということで、しばらくは、絶対安静が必要ということだ。
ただ、その後、母親の報告で駆けつけてくれた担当医によると、意識が戻ったことは大きな進展で、このあと、頭痛や記憶の混乱などが生じなければ、数日中には退院できるだろう、とのことだった。
担当医の言葉に、母親と桃が、当事者のオレ以上に、ホッとしたような表情を見せたことが印象的だった。
一方、事故に遭ったオレはと言えば、担当医と母親が交わす会話を、どこか現実感に乏しい感覚で、まるで他人事のように聞いていた。
そして、しばらく時間が経過し、徐々に意識と記憶がハッキリしだすと、自分の行いに対して、急速に後悔と羞恥心が、こみ上げてきた。
部活動の取材途中だったにもかかわらず、幼なじみが告白される場面を目撃して取り乱してしまったこと、さらに自分自身の不注意が原因で事故に遭った乗用車のドライバーや心配をかけた家族、友人、先輩たちなどに対して顔向けできない、という想いは、オレを苦しめた。
特に、オレが動揺する原因になった三葉と、事故後の緊急通報に尽力してくれただけでなく、入院中も、オレが意識を回復するまでの数日間、毎日、見舞いに来てくれていたという桃については、退院後にどう接すれば良いのか、検討もつかなかった。
(銀河連邦政府直属の捜査官たちが、トリップと呼んでいる)自分自身の持つ不思議な能力に、気づいたのは、そんな時だ。
夏休みに入り、我が校の野球部が県大会の5回戦で敗れたことで、エース投手に交際を申し込まれていた三葉が、どんな答えを出すのか気になってはいたのだが……。
オレにとって、並行世界への旅は、そんな現実から目を逸らす絶好の機会だった。
なにより、多元世界では、自分の持つさまざな可能性を試すことができることに素晴らしさを感じた。
それは、彼女自身のセカイをどんどん広げていく三葉に対して、
「自分は、これだけのことができるんだ……」
ということを示すための試みだったと言っても良い。
小学生のとき以来、まったく行動することができなかった三葉自身にアプローチし、交際を申し込むこと。
幼なじみだけでなく、親しく話すようになっていたクラス委員の河野雅美とも、より親密な関係を築こうとしたこと。
そして、中学校時代の校内放送などで、オレをイジり倒す発言をすることが多かった下級生の桃と対等以上に語り合う仲になったことも含めて、すべては、三葉に自分という存在を認めてほしいが故の行動だったと言える。
振り返ってみれば、我ながら、なんと情けない動機なのだろう……。
その上、オレは、その身勝手な振る舞いから、彼女たちの気持ちを傷つけ、さらに、大事なクラスメートを危険な目に遭わせるキッカケを作ってしまった。
そのことを思えば、身近な存在の三葉や河野、桃だけでなく、自分たちとは異なる価値観のセカイの危機を感じて、過激派集団の目論見を阻止しようと奮闘しているゲルブやブルームに対しても、同じくらい、申し訳ないという思いが湧き上がってくる(しかも、彼らは、オレと長い付き合いの親友や尊敬する上級生の姿をしている訳で、その想いは、なおさら強くなるのは言うまでもない)。
そんな想いから、オレは、あらためて『ラディカル』と名乗るグループが企てるセカイ統合計画を阻止するために、この身を捧げよう――――――、と強くココロに決めた。
キルシュブリーテや、さらにその首領であるというシュヴァルツという人物が、どんなことを考えているのか、その全容を知るよしもないが、彼らの野望を食い止め、まだ自分の知らない、多くのセカイの人たちの持つ未来の可能性を守ることこそが、いまの自分にできる精一杯の罪滅ぼしではないか――――――?
真冬の校舎屋上で、信じがたい出来事を目の当たりにしたオレは、そんな風に考えていた。




