第1章〜ヒロインたちが並行世界で待っているようですよ〜⑮
クリスマス・パーティの進行表をチェックしていた桜花部長が、「ちょっと、確認しておかなくちゃいけないことがあるわね」と言って、生徒会室に行ってしまったので、部室には、オレと桃の二人になってしまった。
「二人きりになっちゃったな……」
スマホのゲームで、主人公が語る言葉を口にすると、
「はっ? なに当たり前のこと言ってるんですか、くろセンパイ。 気持ち悪い……」
と、後輩で同居人の女子生徒は、わずかに口角を動かして応答する。
(おかしい……このセリフで、相手は、ほおを赤らめるはずなのに……)
予想外の桃の反応に困惑しつつ、理想と現実のギャップに打ちのめされてうなだれた。
すると、呆れたような、あるいは、心外だといったようすで、桃は言葉を続ける。
「朝だって、司さんが仕事に出ちゃったから、二人だったじゃないですか?」
「まあ、たしかに、それもそうだな……」
後輩女子の当たり前すぎる指摘に同意しつつ、
(これが、いつもの桃の感じだよな……)
オレの元いたセカイの彼女の言動を思い出しながら、苦笑する。
ちなみに、桃は、プライベートをキッチリと分けるタイプのためか、学校では、オレのことを「くろセンパイ」と呼んで、自宅での話し方と区別している。
その彼女の方針を尊重して、校内では、(オレの認識している)普段どおりの会話を楽しむことにしていた。
さらに、中学生の頃からお世話になっている桜花の活動引退と卒業が迫っていることから、これまでの放送・新聞部の活動を振り返りたくなる気持ちが強くなった。
それは、桃も同じようだったようで、切なそうにつぶやく。
「でも、桜花部長が、卒業しちゃうと寂しくなりますね……ワタシ、ずっと、部長にはお世話になってたから……」
「そうだな……それは、オレや冬馬も同じだ。今度は、高校入学のときみたいに、桜花先輩を追いかけて進学するってことも、簡単じゃなさそうだしな」
自分が元いたセカイでは、海外の大学への進学を目指すと言っていた先輩の言葉を思い出し、苦笑しながら返答すると、桃は、「そうですね……」と、つぶやいたあと、気持ちを吹っ切るように答えた。
「だからこそ、残りの活動を精一杯がんばりたいですね」
オレと同じくらいに……いや、オレ以上に桃は、中学生時代からのクラブ活動に対する思い入れが強そうだ。
そんな彼女に、オレはたずねてみることにする。このセカイの浅倉桃が、部活動に関して、どんな風に考えているか興味があったからだ。
「桃は、いままでの活動のなかで、なにが一番印象に残ってる?」
「そうですね……具体的な活動内容でも、高校時代のことでもないですけど……やっぱり、中学のとき放送部に入部してから、くろセンパイと校内放送を始めるまでの間に起こった出来事ですかね?」
フフフ……と笑いながら、彼女が発したその内容に、オレは内心で驚きを隠せなかった。
「それは……クラスの女子から、因縁をつけられたって話しか?」
この『ルートC』のセカイでも、自分がいた元のセカイと同じ事象が発生していたのか確かめるように、慎重に質問すると、桃は、苦笑いを浮かべながら答える。
「あんまり思い出したくないことでもあるんですけどね……」
こちらの問いかけに対して、肯定するようにうなずく彼女のようすから、オレは、自分の認識しているとおりの出来事が、このセカイの浅倉桃の身にも降り掛かったことを確信した。
オレや冬馬、桜花先輩が通う中学校に入学してきた桃は、その秀でた容姿から、すぐに男子の目に止まり、なんにんもの男子生徒から交際を申し込まれたそうなのだが、そのすべてを断ると、それを快く思わなかったクラスメートの女子生徒数名から、嫌がらせを受けることになった。
桃自身は、誰にも相談せずに、事態の解決を図ろうとしていたようなのだが――――――。
オレたちの所属する放送部に、彼女への嫌がらせに関する投書があって、その内容が明らかになると、桜花先輩の指示のもと、その日のうちにオレは、桃がクラスメートに呼び出された場所へと向かい、取り返しがつかない事態になる前に、なんとか、その場を収めることができた。
オレのいたセカイの浅倉桃は、この事件(?)の直後から、放送部員として活発に活動するようになったため、オレにとっても印象深い出来事ではあった。
(こっちのセカイでも、同じようなことが起こってたのか……)
身に覚えがない間に、クラス委員のパートナーから好意を寄せられるという経験も悪くはないが、やはり、自分自身の経験が共有されているという実感は、心の安らぎにつながる。
「でも、そのあと、あの時、ワタシの所に駆けつけてくれたセンパイと一緒に住むことになるとは思いませんでしたけどね……ね、お兄ちゃん」
いたずらっぽい笑みを浮かべて、校内では禁句にしているハズの呼び方で、後輩女子は呼びかけてくる。
下級生にして、このセカイでは同居人でもある浅倉桃と、オレが居た元々のセカイと変わらない雰囲気で話すことができたことに安心しつつ、このときのオレは、
(この調子なら、桃ともうまくやっていけそうだな……)
と、楽観的に考えていた。




