唐突な弟子志願
一体何を言っているの、この男は。
この状況で、どうしたらそんな言葉が出てくるのよ。
怪訝そうに私が見上げると、仮面男はようやくこちらの存在に気付いたのか。
ゆっくりとその場で頭を下げた。
「あぁ、失礼いたしました。先ずは謝罪すべきなのでしょうね」
淡々とした物言いで、そんなことを言う。
全く以てなっていない。
大魔法使いであり、公爵令嬢である者に対する言葉とは思えないわ。
けれど、謝罪しようという心意気だけは認めてあげても良い。
仕方なく私は仮面男を指差した。
「そうよ! 私をこんな寂れた場所に追放だなんて、恥ずべきことなんだから! まぁ、良いわ! 奇天烈な姿で私の前に現れたのは不敬だけれど、吉報を知らせに来たことに免じて、貴方だけは見逃してあげる!」
「……?」
「さぁ、馬車は何処!? こんな目に遭わせたお姉さま達を、一人一人吊るし上げるわよ!」
意気揚々と宣言する。
今頃、皆が顔を青くしている頃でしょうね。
空腹を収めて身体を清めた後、先ずはあのパーティーの参加者を一人ずつ制裁する。
まぁ、私も鬼ではないわ。
自分にされた以上のことはしない。
けれど私に対する裏切り行為について、骨の髄まで思い知らさなければ気が済まない。
内心ほくそ笑んでいると、男は首を傾げた。
仮面で素顔は見えないけれど、明らかに不思議そうな様子だった。
「あの。馬車はありませんよ」
「えっ?」
「誤解されているようなので申し上げますが、私は旅人です」
「何ですって? 旅人?」
「はい。そしてこちらの方々が貴方のお知り合いであったのなら、謝罪しなければと思いまして」
どういうこと?
迎えが来たんじゃなかったの?
思考の止まった私に向けて、仮面男が真横を指し示す。
誘導されるままに視線を向けると、そこには複数人の男達が倒れ伏していた。
ええと。
どういう状況なのよ、これは。
黒装束に身を包んだその男達は苦しそうに呻いていて、周りには取り落とされた剣が散らばっている。
「誰よ、この連中……」
「私が辿り着いた時、物陰からこの家屋を窺っていた人達です。声を掛けると問答無用で襲い掛かって来たので、反撃させてもらいました。しかし、こちらの言い分も聞かずに剣を振るうなど……彼らには愛が足りないようです」
残念そうに息を吐く。
ちょっとよく分からないのだけど。
私の知らない間に此処で何が起きていたのよ。
誰も彼も知らない人ばかりだし。
と言うか、目の前の男が本当のことを言っているなら、そこで倒れている連中はずっと前から近辺に潜伏していたことになる。
もしかして私、この黒ずくめ達に見張られていたってこと?
愕然としていると、仮面男が頷く。
「その様子を見る限り、貴方の関係者ではないようなので安心しました。加減できずに打ち倒してしまったので、仮に護衛の兵士だったなら、どう申し開きをしようかと扉の前で悩んでいたのです」
それで、この金髪優男は何なのよ。
旅人?
つまりは偶然訪れた?
情報が少なすぎて、全く理解できないわ。
いえ、ちょっと待ちなさい。
それ以上に重要な問題に気付き、私は食い気味に尋ねる。
「ちょっと待って? つまり私の無実は? 私の華麗な報復は?」
「無実……残念ながら私の知る限りでは、そのような話には……」
申し訳なさそうに返答され、気付かない内に私は後退っていた。
何よ、それ。
じゃあ全て、ぬか喜びだったってこと?
無実は晴らせていないし、誰も助けに来ていない。
そういうことなの?
そこまで理解して、徐々に収まっていた怒りが湧き上がってくる。
パーティーで見た、お姉さま達の顔が思い浮かんでくる。
何も変わっていない。
私だけが一人ぼっち。
そう思うと、腸が煮えくり返って来た。
「っ~~!」
「どうかなさいましたか?」
「何なのよ! もう最悪っ! 何で私ばっかり、こんな目に遭わなくちゃいけないのよ~っ!」
「心中お察しします」
「誰も助けに来ないし! お腹も減ったし! 私は愛される存在で、選ばれた人間なのに~っ!」
感情のままに腕を振り上げる。
誰も彼も最低よっ。
今まで下僕同然に従って、私のワガママを聞いてきたクセに、都合が悪くなると一斉に豹変する腰抜けばかり。
あんな人達なんて、もう二度と愛してあげない。
そして本当なら荒れ狂う程の魔力が巻き起こっているはずなのに、首輪のせいで魔力の一欠けらも編めない。
それがまた、堪らなく悔しい。
「選ばれた……成程。だからこそ、私が此処に来たとも言えますね」
ポツリと独り言が聞こえる。
暴れ足りない感情の中で、その意味がスッと頭の中を駆け巡る。
だからこそ、此処に来た?
振り下ろそうとしていた手が、途中で止まった。
「……どういうこと?」
「そうですね。色々ありましたが、やっと本題に入れます」
改めて、といった様子でこちらを見る仮面男。
ゆっくりと手を伸ばし、自身の仮面を外した。
彫の深い顔に、輝く碧眼。
美形を見慣れた私でも多少は驚く程のもので、その風貌は同い年か、少し年上のように見える。
「私を、貴方の弟子にして下さい」
呆気に取られた私に対して、彼は手を差し伸べた。




