激進、ワガママ妹令嬢
町に出れば、住人の視線も当然注がれる。
何かされる訳じゃないし、何かを言われる訳でもない。
でも、決して気分の良いものじゃない。
だから目的の物を買ったら、すぐに立ち去るつもりだったわ。
けれど、私達の前に立ちはだかったのは準備中の文字。
前にも立ち寄った雑貨屋が、閉店しているという事実だった。
「閉まってる……。嘘でしょ……」
「看板を見る限り、開店時間を過ぎているようです。何かあったのでしょうか」
弟子も看板に書かれた営業時間を見て、首を傾げる。
もしかして寝坊?
辺境だと時間にもルーズなのかしら。
それが許されているなら、なんてお気楽な生き方をしているのかしらね。
仮に新興貴族が、他貴族が開く茶会やサロンに少しでも遅れてもみなさいよ。
その時点で失格。
爪弾きにされて、上流階級の貴族達とは一生関われなくなるのに。
なんて思っていると、周辺に妙な気配を感じた。
何かしら。
封魔の首輪で魔法一つ使えないけど、魔力を察知する程度なら出来る。
視線を向けると、雑貨屋の裏手付近から妙な魔力が漂っているのが見えた。
更に踏み荒らされたような地面と足跡が、ほんの僅かに残っている。
「ふ~ん……」
「どうかしましたか?」
「別に、何でもないわ」
「関係あるかは分かりませんが、あちらに人だかりが見えます。様子を窺ってみませんか?」
促されて場所を移す。
人目に触れたくはなかったんだけど、あのまま待っても意味はなさそうだし。
仕方なく、広場のようなところに辿り着く。
既にそこでは、複数の住人がヒソヒソ話を続けていた。
視線も私達ではなく、先程の雑貨屋に集中している。
「それって本当なの?」
「あぁ。いつも早起きの爺さんが、走り去っていくのを見たって」
「確かに前々から言い寄っていたから、有り得ない話じゃないけど……」
「どうする? 直接、確かめに行くってのは?」
「相手はあのコンラートだぞ。下手に刺激したらどうなるか……」
盗み聞きなんてするつもりないけど、自然と会話が耳に入ってくる。
徐々に声は大きくなってるし、ヒソヒソにもなってないわね。
事情を聞こうと、隣にいた弟子が進み出た。
「お話し中、申し訳ございません。少しよろしいでしょうか」
「あ、貴方達は!?」
「あちらの雑貨屋さんは急遽休業になったのでしょうか。看板を見る限り、開店時間は過ぎているのですが」
ようやく私達の存在に気付いたみたい。
驚いたように皆が一歩後退る。
だから何もしないってば。
溜め息をつきたくなる気持ちを抑えて、彼らを見つめる。
結局、連中にとって私は余所者。
関わったところで利益がある訳もない。
馬鹿馬鹿しいと思って離れようとしたけど、住人の一人が私の顔を見て、思い至ったように触れ回った。
「ねぇ、この人達なら……!」
「そ、それはちょっとマズいんじゃないの?」
「相手はあのエルミラ・ミレッカーだぞ……?」
「でも少し前だって賊を追い払ってたし、本当は悪い人じゃないのかも」
また私達をそっちのけで話し始める。
何処までも失礼ね。
悪人だの何だのと、わざと聞こえるように言っているのかしら。
確かに前科がある以上、そう思われても仕方ないのかもしれないけど。
あんまりな態度だったので、私は威圧するように問い掛ける。
「ちょっと、さっきから何をコソコソ話しているの? これ以上不快になりたくないから、ハッキリと言いなさいよ?」
「先生、言葉の強さが元に戻っています。もっと柔らかく」
「い、一々うるさいわね! そこはどうでも良いでしょ!?」
「どうでも良くはありません。全ては先生のためなのです」
同時にこの金髪が話の腰を折る。
礼儀がなっていないのは向こうの方なのに。
どうして私が下手に出なくちゃいけないのよ。
敬語なんて使ったら、連中の方が私より立場が上ってことになるじゃない。
そんなの認めないわ。
すぐに反論しようとしたけど、それより先に住人の一人が躍り出てきた。
「こ、こんなことを言って良いのか分かりませんが、お願いします! どうか力を貸してくれませんか!?」
「だから、何が言いたいのよっ……言いたいのですか……?」
「それが!」
弟子の視線を受けて堪えながら敬語を使うと、堰を切ったように話し出す。
あぁ、話が長くなるヤツだわ。
少しウンザリしながらも、仕方なく彼らの言い分を聞くことにした。
どうやら私達が来るよりも前に、この付近で誘拐があったみたい。
被害者は雑貨屋で働く女性。
開店前の掃除をしていたところ、突然やって来た複数人によって馬車に担ぎ込まれたらしい。
すぐにその馬車は去っていったので、行き先は不明のまま。
本来その時点で手掛かりがないのだけど、住人達には心当たりがあったよう。
相手はこの辺りの領主であるコンラートという男。
彼は以前からその女性に言い寄っていて、何度も断られていたとか。
それでいて、最近では断られる度に敵意すら見せ始めていたという。
盗賊騒ぎもあって自警団が警戒している中、町を簡単に出入りできて、人手と馬車を用意できるのはコンラートしかいないんだって。
はぁ。
例の騒動が収まったと思ったらコレだわ。
ここって治安最悪なんじゃない?
それとも庶民にとっては日常茶飯事なの?
まぁ、どっちでも良いんだけど事情は分かったわ。
私は何の気なしに話を付け加える。
「それって誘拐婚じゃない。そんな時代錯誤も甚だしいこと、まだやっている連中がいたのね」
「……何ですか、その物騒な名前は?」
「知らないの? 相手を誘拐して無理矢理婚姻させるっていう、下種な手法よ?」
怪訝そうな表情の金髪に説明しておく。
権力や圧力で従わせ、相手がその婚姻を呑むしかない状況を作り出すってやり口ね。
誘拐も誰の目にも触れられなければ失踪扱いにされることが多いし、その間に結婚できれば解消は難しいってところかしら。
この国では法律で禁止されているはずなんだけど、辺境だからでしょうね。
バレなければ問題ないと考えている輩がいるみたい。
大体こういうことをする奴って、何も考えていない下民か、没落寸前の貴族が多いのよね。
前者は当然の如く無知。
そして後者は遺産などの大金を持つ女性を狙って、自身の家を建て直すために行う。
何処かの国で捕まった貴族は、何人もの女性を攫って財産全てを手中に収めていたって聞いたことがあるわね。
今回の一件が何であれ、下種以外の何者でもないわ。
相手のことを下に見ているからこそ行える行為。
って、今の言葉は自分に返ってきたような気もするけど。
流石の私だって、その辺りの節度は弁えていたつもりだわ。
清廉潔白な私が、罪を犯すなんて汚点を残す訳がないじゃない。
まぁ、良いわ。
色々と分かったけど手を貸す理由は何処にもない。
確かに気の毒だけど、私には何の利益もないんだから。
「下らない見栄とプライドを持った男がやる、下らない話よ。何にしても私達には関係ないわね」
「そ……そんな……」
話を終わらせようとすると、隣から震える声が聞こえた。
落胆した住人の声じゃない。
伏し目がちの金髪が、両手を握り締めているのが見えた。
何だか嫌な予感が。
そう思った瞬間だったわ。
俯いていた彼が、勢いよく顔を上げた。
「許せませんっ!」
私だけでなく、その場にいた住人達も驚いて目を見張った。
「心を通わせるでもなく、強引に婚姻を結ばせるなど! 相手への思いやり、助け合いの精神が感じられません! そして何よりも、決定的に愛が欠けている!」
盛大に愛を語りつつ、碧眼に強い意志が宿る。
もしかして怒ってる?
見ず知らずの人のために、そこまで肩入れする必要なんてないのに。
いえ、それよりも厄介な方向に話が転がりそうなんだけど。
しまったわ。
馬鹿弟子の原動力は愛。
こんな話をしたらどうなるか分かっていた筈でしょ。
私は片手で頭を抑えた。
「ま~た始まったわ」
「い、一体何が?」
「何でもないわ。馬鹿弟子の発作が……」
「???」
ちょっとそこの住人。
困惑した表情で私を見ないでくれる?
説明するのも面倒だから。
兎に角、この男を止めないと今にも事件に首を突っ込んでいきそうだわ。
余計な面倒ごとを避けるため、呆れながら忠告する。
「あのねぇ。わざわざ私達が関わる必要はないわよ。ここに来た目的を忘れたの?」
「せ、先生……」
「何よ」
「好機ですよ?」
「何が好機なのよ!? まさか、この私に人助けをさせようって言うんじゃないでしょうね!?」
まさかさっきの話を持って来るなんて。
勘弁して頂戴。
何が楽しくて人助けなんてしなくちゃいけないのよ。
私には私の美貌を守るという使命が存在しているんだから。
そもそも、店員一人いなくなったくらいで開店できないっておかしいでしょ。
折角この私が来てあげたのよ?
店主は何をやっているのかしら。
私は金髪から放たれる期待の眼差しを跳ね返して、住人たちの方へ振り返った。
「私達は雑貨屋に来たの! 誘拐沙汰はこの町の自警団にでも任せておけば良い話なんだから! さぁ、そこの人! 雑貨屋の店主を引っ張り出して……!」
「それが、攫われた女性が雑貨屋の店主でして」
「えっ?」
「いかに自警団といっても、状況証拠だけであの領主に嫌疑をかけると、立場が悪くなるようで……」
そこまで聞いて、感情の向け先を失う。
攫われた女性って店主だったの?
だから営業もできないってこと?
しかも住人の歯切れの悪さを見ると、解決の目途も立っていない。
自警団も簡単に動けないとなると、今日だけの話には絶対にならない。
つまりどういう意味か。
私は呆然と問い掛ける。
「つまり? 私の髪油は? 太陽のように輝く私の美貌は、誰が守るというの?」
「え、ええと。意味がよく分かりませんが、開店できない状況なので私達にはどうすることも……」
困惑気にそんなことを言われる。
成程。
成程ね。
暫くの沈黙の後、私は思わず笑みを浮かべた。
「ふ、ふふふっ」
「ひっ!?」
何処からか住人の悲鳴が聞こえる。
はぁもひぃもないわよ。
わざわざこうして出向いてきたのに何なの?
無駄足って言いたいわけ?
次第に全身が震えていく。
いえ、無駄足どころじゃない。
町に雑貨屋はここしかないから、暫くはこの状態が続く。
そうなれば、髪油だけの話じゃなくなるわ。
あぁ。
どうしてこう、私の邪魔ばかりしてくれるのかしら。
もう我慢ならない。
今までどうにか耐えてきたけど、ここまで足蹴にされて黙っていられる訳もない。
人助けなんて知ったことじゃない。
問題なのは、行く手を妨害されたという事実。
それ以外の動機は必要ないわ。
タダでさえ、こっちはお姉さま達に嵌められてストレスばかり溜まっているのよ?
「その男の屋敷は何処!? 突撃するわよ!」
「流石は先生です!」
この金髪の思惑に乗るのは癪だけど、どうだって良い。
必ず美貌を取り戻す。
私を敵に回したこと、後悔させてあげるわ。