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これも美貌のため

お姉さまはお母さまのことを知っている。

私が物心つく前まではベッタリだったと、従者たちが教えてくれた。

だからある日、私はお姉さまに事情を聞くことにした。

元々あんまり好きじゃないし、私と違って魔法も使えない。

でも、美しかったお母さまを知りたい。

同じようになりたい。

そんな思いで、いつものように掃除をしているお姉さまに教えてもらおうとした。


(ねぇ、お姉さま? お母さまって、どんな人だったの?)

(……)

(お父さまに聞いても、私によく似ているって言うばかりで何も分かんないのよね~! お姉さまなら知っているんでしょう? まさか、お掃除ばかりでお母さまと話したこともなかった、なんて言わないわよね?)

(……)

(ねぇ~、聞いてるの~?)

(私は……)


少し苛立ちを覚えながら聞き続けると、お姉さまは目を逸らして言った。


(私は何も知らないわ)


呆然としたわ。

そして何度聞いても同じだった。

どれだけワガママを振りかざしても、知らないの一点張り。

駆け付けたお父さまが叱っても、全く反省した様子はなかった。

その時、気付いたの。

お姉さまは、お母さまを独り占めする気なんだって。

教えてくれないのも、きっと私に嫉妬しているから。

私がお母さまを知らないからって、優越感に浸っているに違いない。

陰気なクセに、お掃除してばかりのクセに。

優しいお母さまのことを知っているクセに。

許せない。

その瞬間から、私はお姉さまが大嫌いになった。







あれから何日か経った。

料理だの洗濯だの掃除だの、相変わらずやることは多い。

余計な所で手を取られるっていうのは、本当に面倒だわ。

魔法が使えたら一瞬で出来ることなのに。

でも結局は同じことの繰り返し。

面倒だと思いながらも、慣れれば自然と手が動いてくれる。

皿を割ったのも一度だけだったし、何でも出来る私だから当然の結果ではあるわね。

まぁ、ちょっと包丁で指を切ったこともあったけど。

馬鹿弟子がすぐに駆け付けて、聖魔法で治してくれたし。


って、ダメダメ。

これ以上、あの金髪に恩を売ったら余計に調子が狂っちゃう。

今までは自分で治せたし、その程度で下僕に頼るなんてしなかったのに。

失礼します、とか言って私の手を取るなんて。

いきなり触れられた私の気持ちも考えなさいって。

ドキッと……じゃない!

イライラするでしょ!?

本当に変な所でお節介が過ぎるのよね!


ともあれ、そんな馬鹿弟子の適性紋様は徐々に把握できている。

やっぱり私と傾向が似ているのが功を奏したみたい。

そこそこ魔力量もあって、結構な数の試行錯誤を繰り返せている。

お蔭で既に中級の聖魔法、中等症程度の傷や病気なら治癒できるようになった。

勿論、全ては私の手腕によるもの。

太陽のように眩く光る、私の選ばれた才能があってこそ。

だから一応は順調。

そう、順調のはずだったわ。

けれど時間の経過とは恐ろしいもの。

遂に恐れていた異変が現れる。


「な、なんてことなの……」

「何か不測の事態が?」


朝になって、寝起きの手入れをしていた私は重大なことに気付く。

よろよろと居間に辿り着き、目を丸くする弟子に惨事を伝えた。


「髪が枝毛になってる!」

「……」

「な、何よその顔は……」

「その……あんまりにも絶望的なお顔だったので、もっとこう……」

「ちょっ! その大したことないな、みたいな口振り! 有り得ないんだけど!?」


本当にこの金髪って男は、どうしようもないわね。

冷静に考えてみなさいよ。

私の美貌が崩れるということは、私の存在そのものが薄れるということ。

首輪を外すことと同じくらい、重要なことなんだから。


「枝毛の外的要因となると、主にストレスが挙げられますね」

「もう両手じゃ数え切れないくらい言えそうだわ」

「現状は髪油でケアするしかないでしょう。確か先生は、町で同様のものを購入されていましたよね?」

「……ちょっと合わなかったみたい」


痛い所を突かれて視線を逸らす。

確かに予防はするつもりだった。

私だって美容に無頓着な訳じゃない。

初めてあの町に降りた時、色々な美容品を手に入れていた。

髪油もその内の一つ。

けれど買った髪油は量を調整してもベタついて、私の髪に合っていなかったのよね。

正直、失策だったわ。

ここが辺境の寂れた場所だということを忘れていた。


「香りの良さ重視で選んだけど、相性ももっと考慮すべきだったわ。でも今まで使ってきたモノなんて、従者が全部用意してくれていたから、銘柄とか知らないし」

「貴族のご令嬢が使う髪油となれば相当な高級品でしょうし、そうそう手に入るものではありませんね。私のものも、参考にはならなそうです」

「……何? 貴方も持っていたの?」

「適度に使うくらいに、ですが。原材料は確か、隣国に咲く花の実だったような……?」


思い出すようにそんなことを言う。

どうりで時折いい香りがすると思った。

って、何ちょっと親近感抱いているのかしら。

確かに顔は良いかもしれないけど、この金髪の美容とかどうでも良いじゃない。

問題なのは私自身。

このまま放置するなんて有り得ないわ。

これ以上、私の美貌に傷をつけることは許されない。

可及的速やかに対処しないと。


「買いに行くわ」

「いってらっしゃいませ。それでは私は残りの紋様の是非を確かめておくので」

「何を言ってるのよ。貴方も付いて来るのよ」

「そこに愛は……」

「愛は関係ないんだけど? そもそも百合のような清純さを持つ美女師匠を、一人で行かせるなんて気が利かなすぎでしょ? 寧ろそこに、ご自慢の愛とやらを当てはめなさいよ?」

「しかし先生も、一人でお出掛けすることに慣れて頂かないと」

「全然慣れてますけど? 荷物持ちが欲しいだけですけど?」

「荷物持ち……そこに愛は……」

「いいから一緒に来なさいっ!」


この金髪の態度は一向に変わらない。

私一人で買い出しに行かせるなんて、冷静に考えておかしいでしょ。

ここから町までどれだけの距離があると思っているのかしら。

弟子なら大人しく首を縦に振っておけば良いのよ。

口答えだけは達者なんだから。


「確かに強盗の一件もありましたし、不安になるのも当然でしたね。私の配慮が……いえ、愛が足りていなかったようです。お付き合いしますよ」


だから不安じゃないんだけど?

と言いたいけど、そうですかと返答されて来なくなるのも嫌だし。

必死に押し留める。

落ち着きなさい、私。

これ以上、馬鹿弟子の言動に振り回されていたら新しい枝毛が増えちゃうわ。

冷静に、そして慎重に事を運ぶのよ。

プルプルと震える私を不思議そうに見る金髪の視線に耐えつつ、私達は朝食を取った後に町へ繰り出した。


でも結局、歩くことには変わりないのよね。

未だに慣れないわ。

見えるのは半端に舗装された道と生い茂る木々だけで、公爵邸の庭先を歩くのとは訳が違う。

庭師の手で美しく整備された自然とは大きくかけ離れているし、疲れるし。

チラリと見ると、金髪は歩調を私に合わせつつ隣を歩いている。

抱えて運んでくれなんて言える訳もない。

言ったところで絶対聞かないんだもの。

さっきみたいに、そこに愛はない~とか言い出すんでしょうね。

ホントどうやって生まれ育ったか知らないけど、この頑固さは私より上なんじゃないかしら。


「貴方って、旅する前は何をしていたのよ」

「取り立てて言えるようなことは何も。家族と平穏に暮らしていただけです」

「平穏って……仲悪かったわよね?」

「はい。なので、兄弟間で話し合えたことは殆どありません」

「全然平穏じゃないでしょ、それ」

「はは……。一応、話しかける努力はしていたのですがね……」


困ったような表情を浮かべる。

こんな有様だから、兄弟から鬱陶しく思われていたんじゃない?

元々仲が悪いのに、無理に話そうとするから更に険悪になるなんてよくある話だし。

いえ、別に私とお姉さまのことを言いたい訳じゃないけど。


「何でそんなに仲が悪いのよ? 切っ掛けくらいあるんでしょう?」

「さて、何故でしょうね。私自身、見当もつかないのです」

「……」

「そんなお顔をされなくても。ですが、それこそが原因の一つなのかもしれません。私たちには信頼というものがありませんでした。あるのは、騙し合いと化かし合い。信用すれば寝首を掻かれるとでも思っているのでしょう。そして私は、それに疲れてしまった」


彼の青白い瞳に諦めのような感情が見えた。


「逃げた、と言っても良いのかもしれません。ですが旅をすることで、気付いたこともあります。本来、人とは憎しみ合うものではなく、助け合うことも出来ると」

「助け合う、ね」

「先生はどうですか。何か気付きましたか」

「何かって……」


いきなり話を振られて返答に迷う。

まるで私が今まで助け合ったことがないみたいな言い方。

一々癪に障るわ。

でも確かに、助け合いなんて今まで一度もしたことがない。

私は基本、何でも出来たし。

他の貴族や民から依頼があったら魔法で即解決して、沢山の報酬を貰った。

彼らの困りごとなんて、私にとっては利益を貰うための動機。

それ以上でもそれ以下でもなかったわ。


(私は何も知らないわ)


不意に以前の記憶が蘇る。

お母さまを知らないと切り捨てた、かつてのお姉さまの姿。

そう、助け合うなんて馬鹿馬鹿しい。

あの言葉があろうがなかろうが、私はお姉さまのことが嫌いだった。

そんな相手に、どうして手を差し伸べないといけないのよ。


「興味ないわよ。そんなこと」

「成程。となると私がそうだったように、自ら体験するという過程が必要かもしれません」

「何を言って……」

「先生。ここは一つ、人助けをしてみてはいかがでしょう」


思わず足が止まる。

この優男は。

この馬鹿弟子は何処までも変なことを言ってくれる。


「はぁ? 何を言い出すかと思えば、また突拍子もないことを。何で私がそんなことしなくちゃいけないのよ」

「私の推測ですが、先生にはそういった経験が少ないように見えます」

「だ、だったら何よ。私は次期王妃でもあったのよ。そんな私が簡単に手を差し伸べてみなさい。それを目的にした輩が、寄ってたかって来るんだから」


利益があるかどうかを見極めるのも大事なこと。

私は勢いよく腰に手を当てた。


「貴族として、軽んじられるのは自身の地位を揺るがすことにも繋がるわ。畏怖されてこそ、私という存在は輝くのよ」

「ですがそればかりでは、誰かに優しくするという方法すら分からなくなってしまいます。私も未だに褒められていませんし」

「だっ!? 誰が誰を褒めるですって!?」


その話は終わったでしょ!

またもや耳を疑う発言。

私が誰かを褒めるなんて有り得ない。

褒めたところで見返りなんてないし、相手が付け上がるだけじゃない。

師として、選ばれた人間として、正しい在り方は崩しちゃいけないの。

と言うか、どさくさに紛れて褒められようとしているんじゃないわよ。


「この程度のこと、私の弟子なら出来て当然! 寧ろこんな平民生活に耐えている私を褒めてほしいくらいよ! っていうか、褒めなさいよ!」

「頑固ですね」

「誰が頑固よ、この馬鹿弟子優男っ! 変なことを考えている暇があるなら、歩きながらでも今日分の紋様を消化しておきなさい! 無駄口を叩くなら、その分だけ上乗せするからねっ!?」


温かい視線を向ける金髪に思いっきり反論する。

あぁ、もう。

何でこんなに感情的になってしまうのよ。

今までならもっと冷酷な態度を貫けたはずなのに。

これが正しい在り方だなんて到底言えない。

全部この男のせいだわ。

本当にムカつく。


「先生、その先に小さい石が突き出ています。躓かないよう気を付けて下さい」

「わ、分かってるわよっ!」


そしてムカつくはずなのに、やっぱり苛立ちという程の感情も湧いてこない。

一種のむず痒さを覚えつつ、私は振り払うように町に向かって歩き続けた。

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