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認めたくないけれど

聖魔法を扱うだけでもそれなりの素質は必要。

更に上級の大魔法を使うとなれば、選ばれた人間でなければ発動もできない。

まぁ、そこは天才である私の出番。

聖魔法さえ使えるなら、無理矢理にでも大魔法を引き出すやり方は知っている。

勿論、身体に相当の負担が掛かるし、あんまり勧めたくはない。

幾ら目的のためでも、使い潰すなんてやっぱり目覚めが悪いし。

だからこの金髪に思った以上の適性があって、逆に良かったのかもしれないわね。

けれどいざ目の前で見せつけられると、少しだけ悔しい気分になる。

日の光を浴びて翠色すいしょくを輝かせる大蔓を見て、何となく呟く。


「そう言えば、私が初めて聖魔法を使った時もこんな植物が生えたわね」

「つまり私も先生と同じくらいの才能がある、と?」

「は? ちょっと調子に乗りすぎじゃない?」


またもやトンデモない発言。

本っ当に生意気な弟子だわ。

少し才能があると分かっただけでこの始末。

対等でいられると思っているなら、思い上がりも甚だしいわよ。

私と並べられるだけの力を持つ者なんて、誰一人いないんだから。


そう思いながらも、似たような大蔓を前にして昔の記憶が思い返してくる。

それは初めて魔法を使った時のこと。

広大なミレッカー家のお庭で、見よう見まねに魔法を発露させたことがある。

興味本位で行った魔法の行使。

それが聖魔法となって、丁度今のように巨大な蔓を発生させたんだったっけ。

あの時のお父さまの喜びようといったらなかったわ。

天才児だなんて言って、感激のあまり膝から崩れ落ちそうな勢いだったわね。


(初めての聖魔法でここまでの力が扱えるなんて! エルミラ! 君はなんて凄い子なんだ!)

(えへへ! お父さま、もっと褒めても良いわよ!)

(あぁ、その姿も本当に……本当にエリーによく似ている……)

(エリー?)


褒められるのは私にとっては当然だけど、嬉しいこと。

そんな中で、お父さまは遠い目で私を見つめていた。

私を見ているようで見ていない視線、そしてエリーという名前。

気にならない訳もない。

けれどお父さまに聞いても、凄いだの似ているだの、同じ言葉を繰り返すばかり。

だからあの時、私は遠くから様子を見ていたお姉さまに聞いてみた。

魔法を一つも使えないお姉さま。

近寄ると、あの人は複雑な表情を浮かべた。


(ねぇ、お姉さま? エリーって誰?)

(……)

(お姉さまったら~)

(……もう、ここにはいない人のことよ)


少し駄々をこねると、長い沈黙の後でそう言われた。

あの時点で、既にお姉さまは私から距離を取ろうとしているように見えた。

まぁ、私だって好きで近づこうとは思わなかったんだけど。

お姉さま側の理由は、今考えても分からない。

自分が魔法を使えないから、私に嫉妬していたのかしら?

それとも、もっと別の理由?

ふと気づくと、金髪が私の様子を窺っているのが見えた。


「何か考えごとですか?」

「べ、別に何でもない。とにかく、これで傾向は分かったわ。私の方が素質として優れているのは当然のことだけど、貴方の魔法体質は私と多少似ているみたい」


考えても答えなんて出ない。

過去の記憶を振り払って、金髪弟子に向き直る。

結局のところ大魔法を使わせるには、この優男に適した紋様を探さないといけない。

そして適した紋様といっても、何から何まで特別製という訳でもない。

他人の紋様と比べて、傾向やパターンが似通っていることもある。

私が施した魔法具でこれだけの反応を見せるということは、それだけこの弟子の適した紋様が、私のそれに近いということ。

うん、不本意。

かな~り不本意だけど、ある意味では僥倖なのでしょうね。


「私が扱う聖魔法の紋様が、貴方にも一部適している可能性があるわ。勿論、私の紋様をそのまま教えても意味はないわよ。これは私だけが扱えるもの。貴方が扱える紋様は、今の魔法を基にして試行錯誤で見つけていくから」


そうして本格的に動き始める。

やることは単純。

一から魔法の基礎を教えるつもりはないし、学術書が無駄なことはさっき言った通り。

だから神官が覚える初級レベルの聖魔法を基に、昨日の内に私が考えた様々な紋様を与えていく。

この男には自身の魔力を用いて、それを行使してもらう。

端的に言えば、それだけ。


勿論、失敗するでしょうね。

さっきの魔法具と違って、紋様としては未完成だし。

まともに発動するとも限らない。

そもそも魔法の探索なんてそんなモノ。

失敗を繰り返して、その情報から正確な紋様に近づき、初めて成果が得られる。

問題なのは、その失敗を正しく理解して傾向を掴めるかどうか。

大抵の魔法使いは、そういう所が分かっていないから一向に進歩しないのよね。

学術書に書かれている紋様を丸暗記して分かった気でいるのだから、結局はその域から出られない。


まぁ、簡単な話じゃないわ。

十や二十の実験程度で分かる程、大魔法も単純じゃない。

金髪には、今ある魔力を全て吐き出す勢いで多くの魔法に失敗してもらう。

そして私がその結果を基に、より精巧な紋様を編み出す。

先生なんて言われているけど、やっていることは実験と同じ。

少し時間が経てば、勘が鈍くても分かるはず。

けれど、彼は失敗しようが何一つ文句を言うことなく、忠実にこなしていった。


「ふ~ん。すぐにバテると思ったけど、少しはやるじゃない」

「大見得を切った手前、情けない姿は見せられません。しかし、魔法の探査とは思った以上に力技なのですね」

「数をこなさないと新しい発見は得られないわ。それに失敗した紋様だって立派な成果の一つ。貴方がさっき言ったことと同じよ」

「失敗は次に活かせば良い、ですか」


何となく良い気分になって、強く頷く。

少しは魔法を編み出すことの大変さが分かったかしら。

確かに私は才色兼備の完璧だけれど、その過程を蔑ろにされるのは心外だったのよね。

何でも出来るはともかく、何の苦労もなく簡単にこなせる。

そんな風に見られるのは、私が努力していないように見られるのと同じ。

正直、嫌だったわ。

けれど、失敗を大っぴらにも出来ないというのが、かつての私の在り方。

まぁ、この弟子相手なら失敗を重ねた程度で何も言わないんだろうけど。

皿一枚割っても、あの態度だったし。

だから、ちょっとだけ試すつもりで聞いてみる。


「その辺に出回っている魔法を覚える程度なら、こんなことをする必要はないんだけど。貴方の目的は違うんでしょう?」

「勿論です」


金髪も強く頷く。

私も、簡単に諦められたら困るんだけどね。

その言葉を呑み込んで、教育を再開した。

既にこの弟子が行使した魔法は五十を超えている。

そしてさっきの大蔓とは違って、明確な成功もない。

花火のように光が弾けるだけだったり、そもそも不発だったり。

平均的な魔法使いなら、初歩的な魔法の行使でも五十回を超えれば魔力が尽きる。

けれど金髪は、軽い運動を済ませたように小さく息を吐くだけ。

私ほどじゃないけど、それなりに魔力量もあるみたい。


仕方ない。

本当に仕方ないから、この弟子を気遣ってあげる。

全部吐き出す勢いとは考えていたけど、実際に魔力の使い過ぎで倒れられたら、首輪を外す私の目的から遠のいてしまうもの。

軽い昼食も挟んで、適度に休憩も挟んでいった。

無理矢理、なんてこともしない。

全く。

この私が誰かを気遣うなんて、追放される前までは考えもしなかったわ。


それと本来なら、紋様の意味も含めて学んでいくべきなんでしょうけど。

そんなことをしていたら、月単位で時間が掛かってしまう。

魔法具がそうであるように、紋様の意味を知らなくても使用者は魔法を使える。

それに金髪が紋様の意味に気付くようになったら、私の目的もバレてしまう。

解呪魔法を唱えさせようとする、私の真意を。

だから今は、このままで良い。

陽が傾き始めた頃、私はその日の探索を切り上げる。


「……こんな所ね。ある程度の情報は集まったし、後はコレを基に私が紋様を改良しておくわ。今日の収穫は初歩的な聖魔法くらいだけど、これで簡単な怪我くらいは治せるようになったはず。後はこの繰り返しで、目的の大魔法を探り当てていく。どう? 分かり易いでしょう?」

「はい。今まで魔法を扱ったことはなかったのですが、教本なしにこうも簡単に使えるとは思いませんでした。先生の指導のお陰ですね」

「当然よ。でもまぁ、貴方の素質が恵まれていたことだけは僥倖だったかしら。一番弟子として、受け入れてあげないこともないわ。こういう時、お父さまなら褒めたりするんだろうけど……」

「もしや、私を褒めてくれるのですか?」


適当に思い返していると、金髪が目を丸くする。

褒める?

この私が?

突然の発言に手が止まる。

そもそも褒める云々は話の流れで口にしただけで、そんなつもりはない。

だって国一番の魔法使いに仕える弟子ともなれば、この程度は出来て当然なんだから。

第一、誰かを褒めるなんて今までしたこともない。

やり方も分からない。


けれど、小さい頃の私も新しい魔法を習得する度によく褒められていた。

私はそれで伸びるタイプだし。

お父さまに褒められただけでも良い気分になれた。

要はやる気の問題。

褒められることで意欲が向上するのは、私自身もよく分かっている。

それをこの金髪相手にやるってこと?

お父さまみたいに?

考えた末、自分がされたみたいにイメージしてみる。


『初めての聖魔法でここまでの力が扱えるなんて! 流石は私の弟子! 偉い、偉い!』


誰よ、これ。

褒める自分の姿が全くの別人に見える位には恐ろしい。

こんなの、誇り高き才女である私の在るべき姿じゃないわ。

恥ずかしくなって思いっきり首を振った。


「ないわね。うん、ないない」

「先生?」

「な、何でもないから! さっさと身体を休めておきなさい!」


羞恥心を悟られないように声を荒げる。

本当に何をやっているのかしら、私は。

こんな状況だから変なことばかり考えてしまう。

この男を褒める時は、解呪魔法を唱え終えた時だけ。

首輪を外した私が高笑いと共に彼を見下ろし、少しばかりの感謝を添える。

それだけで良いんだから。


「それはそうと、かつての先生も今と同じように試行錯誤を重ね、魔法を発掘していったのですか?」

「まぁ、そうね。ミレッカー家には代々受け継がれる紋様があったから、基本的な魔法はそれで賄えたわ。後は大魔法と呼ばれる選ばれた力を、自力で見つけていっただけ」

「ミレッカー公爵家……優秀な魔法使いを輩出する名門でしたか。やはり長年蓄積された魔法技術は国内でも随一のようですね」

「そうでしょうとも。でも、それだけじゃないわ」


相変わらずの金髪の質問。

そんなことを聞く位なら、早く休んでおけば良いのに。

でも折角だから、褒める代わりに教えておいてあげる。

私は胸に手を当てて答えた。


「私が持つ大魔法の才能は、お母さまから受け継いだものなの。元々あるミレッカー家の血に、お母さまの才が上乗せされたって感じ。だからそれを全て継承した私は当然、歴代最高の魔法使いになるべくしてなった存在なのよ」


私が何故、選ばれた人間なのか。

それはミレッカー家の血統だけじゃない。

優秀な貴族であり魔法使いでもあった、お母さまの才能を一番に受け継いだから。

だから私はどんな魔法だって生み出せたし、誰もが私に従った。

お母さまだって、あのミレッカー家に嫁いできたくらいだもの。

それだけの実力があったに違いない(・・・・)わ。

違いない、というのは簡単な話。

一応、目の前の金髪にも伝えておく。


「と言っても、お母さまは私が物心つく前に亡くなったから、顔も覚えてないけどね」

「そう、だったのですね……」

「ふん、同情なんていらないわよ。だって、お母さまはずっと私と一緒にいるんだから」

「一緒に?」

「この私の美貌は、お母さまにソックリなのよ。お父さまがそう言っていたんだから、間違いないわ」


私はお母さまを殆ど知らない。

肖像画である程度の想像は付いたけれど、どんな姿で、どんな声色で、どんな笑みを浮かべていたのか、本当のことを知る前に遠くに行ってしまった。

けれど、お父さまはいつもこう言っていた。


(本当にエルミラは美しい……。まるで、エリーが生まれ変わったかのようだ……)

(ふ~ん? じゃあ私が、お母さまと同じくらい美しくなってあげる!)


かつての記憶。

何処か遠い目で私を見ていたお父さまの真意。

幼い頃の私は、それを直ぐに悟った。

だから私が輝く限り、お母さまはいつも一緒にいる。

公爵令嬢として気高く、可憐で美しくなければならないと決めた。

たとえ追放されたこの状況でも、ね。

当然そんなの誰にも言ったりしなかったけど、それこそ私が美しくある理由の一つ。

まぁ、それだけの美貌を持てたのも、私という選ばれた存在があってこそだけど。

するとそんな話を聞いた金髪は、何やら考えるような素振りを見せていた。

この感じ。

何となくだけど、この男の思考が読み取れる。


「ま~た、愛だの何だのと言うつもり?」

「……! 私の思考を読み取るとは、流石は先生ですね!」

「貴方ほど分かり易い男、他にはいないわよ」


ほら見なさい。

どうにかして愛に当てはめようとするこの優男の心情は、本当に分かり易い。

一体、どんなことを考えていたのかしら。

クラウスや今までの下僕なら、私の語る美しさに同意していたし。

そこらの男爵令嬢なら、嫉妬や媚びるような表情を見せた。

だからそうね。

神に愛されている、と絶賛する辺りが妥当かも?


「確かに先生の仰る通りです。先生はご自身の容姿に対して、相当な自信をお持ちであることは既に理解していたのですが……」

「そんなの、神も認めた事実だけど?」

「それはご自身だけを指す言葉ではなかったのだと、今理解しました」


自慢気にしていると、それに反して金髪は微笑んだ。


「月並みな言葉かもしれませんが、先生はご母堂さまを愛していらっしゃるのですね」

「えっ? ま……まぁ、そうかもね?」


普通のことを言われて、一瞬だけ言葉に詰まる。

何よ、もう。

反応しにくいわね。

この男の考えることは大体分かるけど、こういう風に変に曲げた発言をしてくる。

私のことを分かっているのか、分かっていないのか。

と言うか冷静になって考えると、何でこんなことを話しちゃったのかしら。

今まで誰にも言ったことなんてなかったのに。

気付けば私の中に秘めていた思いを勝手に打ち明けているような。


まさか、弟子の聖魔法の影響?

確かに聖魔法には、心の奥底に眠る真実を暴く魔法がある。

でもそれは中級の魔法だし、今回失敗した紋様にはどれも一致しない。

本当に変な弟子だわ。

何だか少し負けた気分になりながらも、私達はそのまま今日の講義もとい探索を終えた。


勿論、これで終わりじゃない。

本当なら今日の成果を基に、明日以降に試す紋様を考えないといけないんだけど。

私がすべきことは、それ以外にもある。

7対3の家事。

嫌々ながらも朝の内に自分持ちの洗濯をやったのに、また掃除を任されるなんて。

ただでさえ洗濯なんて、下働きみたいなことしたくなかったのに。

私の可憐で透き通るような手が荒れたらどうしてくれるのかしら。

でも金髪が言っていた通り、異性に着衣を触れられるのは抵抗あるし。

料理を任された挙句、流石に一日二枚も皿は割ったなんてことにもなりたくないし。

紋様の考案なら手を動かしながらでも出来る。

そうして面倒くさい共同生活に戻りつつ、夜を迎えて――。


「ちょっとぉ! む、むむむ、虫っ! 虫が出たわっ!?」

「おや、そうですか。虫除けの魔法具も完璧ではな……」

「だから、そうですかじゃないっ! 昆虫如きが、この私の思考を妨げたのよ!? 許されざる蛮行なんだから! さぁ、今から緊急講義よ! 私が教える闇魔法で、あの羽虫を種ごと根絶してやるわっ!」

「そんな恐ろしい魔法を覚える気はありませんよ。何より愛を感じません」

「またそんなこと言って! この生意気弟子っ……!」

「大事にしなくとも一緒に行きます。外に逃がしてあげましょう」


夜には羽虫の突撃事件。

順調なそうな、そうでもないような。

本当に、こんな毎日で大丈夫なのかしら。

そんなことを思いながら、何とか今日も乗り切るのだった。

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