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ざまぁされました

辺境の地、そこにある古ぼけた家屋に私はいた。

同じように古ぼけたベッドの上で、パーティー用のドレスを着たまま横たわる。

汚れた窓から差し込む陽の光に当てられて、豪華なその服だけが虚しく輝く。


「はぁ……お腹空いた……」


ダメだわ。

お腹が鳴りそう。

本当ならこんなことになる前に、従者達がやって来て食事を用意してくれる。

私に相応しいお屋敷と、相応しい食事。

お召し替えをして、優雅に食事を楽しんでいるはずだった。

でも、今は誰もいない。

朽ち果てつつあるこの場所は、しんと静まり返っている。

あまりの静寂に、収まっていた苛立ちがぶり返す。


「ちょっとぉ! 本当に誰もいないの!? 私はミレッカー公爵家の正当な後継者なのよ!? こんな扱いが許されるわけが……!」


私の声に返答する人なんていない。

助けてくれる人もいない。

どうして。

どうしてこんなことに


「もうっ! 許さない! 絶対に許さないんだから!」


私は昨日のパーティーを思い出し、歯を食いしばった。







エルミラ・ミレッカーの名を知らない者は、王国には存在しない。

王家を支える中核でもあるミレッカー公爵家の次女。

容姿端麗が人となった愛くるしさ、そして圧倒的な魔法の才能を持つのが、この私だった。

まぁ、選ばれた人間だから当然なのだけれど。

特に魔法で言えば歴代最高、そして国一番とまで謳われたこともある。

幼い頃から今に至るまで、逆らう人なんていない。

どんなワガママだって聞いてもらえる。

だから数日前のパーティーだって、意気揚々と参加した。


「さぁ、今日は皆にどんなお願いを聞いてもらおうかしら」

「お、お嬢様……」

「そうだわ! 国一番の宝石でもおねだりしてみましょう! 王家が管理していたから、今まで手が出せなかったのよね~! でも、あんな綺麗な宝石を仕舞ったままにしておくなんて勿体ない! やっぱり、同じ国一番である私の元にあるべきだわ! 貴方もそう思うわよね?」

「は……はい……」


持ち前の笑顔で皆を虜にするのが、私の喜びの一つ。

下僕達を従えつつ、優雅にパーティーを楽しむ。

丁度酔いが回ってきて、そろそろ例のおねだりをしてみようかしら、と思った頃だったわ。

その時点では、背後に人がいることなんて気にも留めていなかった。

グラスに注がれたワインをもう一度口に含んだその時。

ガチャン、という音と共に私の首元に首輪が嵌められた。

何よ、これ。

そう思った瞬間、目の前に馴染みの男が現れる。


「エルミラ・ミレッカー。君の横暴な振る舞いもここまでだ」


私の婚約者であり、銀髪碧眼の第一王子、クラウス殿下だった。

いつもは私に対して優しい笑みを浮かべているのに、その時だけは諦めに近い目で私を見ていた。


「度重なる他貴族への脅迫と侵略行為。強大な魔法と権力を盾に王家すらも脅かす君を、最早看過することは出来ない」

「く、クラウス!? 何を訳の分からないことを言っているの!?」

「無駄な抵抗は止めるんだ。封魔の首輪によって、君の魔法は全て封じられた」

「っ! 冗談にしたって笑えないわ! 早くこの首輪を外して!」


クラウスの言葉は本物だった。

不覚を取ったあの瞬間から、首輪の力によって全ての魔法を封じられていたのだ。

詠唱はおろか、魔力を巡らせることすらできない。

侵略行為?

脅迫?

冗談じゃないわ。

私は意味不明なことを列挙する彼に抗議する。

けれど周囲の連中は誰も動かなかった。

貴族だけでなく衛兵も、下僕すらも私を助けようとはしない。


「ちょ、ちょっと貴方達!? どうして誰も動かないの!?」

「まだ分からないのか。ならば、彼女(・・)を此処に呼ぼう」


パーティーに参加していた全員が、こちらを見ていた。

奇異、憎悪、傍観。

好意的な視線は一つもない。

今まで感じたことのない剥き出しの感情を前に、流石の私も気圧された。

それだけじゃない。

クラウスの言葉に応じて、一人の女が進み出る。

その姿を見た私は、思わず目を見開いた。


「エルミラ、久しぶりね」

「お、お姉さま!?」


カルメラ・ミレッカー。

ミレッカー公爵家の長女であり、私の姉にあたる人。

今日のパーティーには呼ばれていないはず。

それにいつもは薄暗い表情ばかりだというのに、今だけは私を真っすぐに見つめていた。

反抗という名の視線。

その瞬間、私は全てを理解した。


「ひ、酷いわ、お姉さま! クラウスを、皆を誑かしたのね! どんな手を使ったのか知らないけど、こんな非道が許されると思っているの!?」

「非道? 随分な言い草ね? 貴方が私に行ってきた数々の仕打ち、忘れたとは言わせないわよ?」

「な、何の話……」

「惚けても無駄。それは貴方が一番分かっているはず」


動揺の欠片もない冷静沈着な言葉を聞いて、口ごもった。

蔑視という話にも心当たりがない訳じゃなかった。

お姉さまには生まれつき魔力がない。

その体質のために、代々継ぐはずの紅の髪色ではない、漆黒の髪を持って生まれた。

才能のない姉と、才能あふれる私。

生まれた時点で決まっていた事実。

だから優秀な人材を輩出する家系でもあったミレッカー家で、お姉さまは爪弾きにされていた。

私は愛され続け、お姉さまは遠ざけられた。


「自覚はあったわ。私は貴方には及ばない。だから少し前までは、それを受け入れるつもりだった。皆が手を差し伸べてくれるまではね」

「!?」

「貴方、ワガママが過ぎたのよ。今まではその強大な魔力で皆を従えていたようだけれど、御し切れない力なんて誰も望まない。そして周りから愛想を尽かされ、王家にすら危険視されたことに、今の今まで気付かなかった。代わりに私は、私を認めてくれる人達を大切にしたの。こんな私を支えてくれる皆に、自分の出来ることをしてあげたいと思った」


続いてお姉さまに寄り添う女たちが現れる。

彼女達は、前々から私の言い分に反抗していた生意気な男爵令嬢達。

それ以外にも何人かの騎士が、クラウスすらも、お姉さまの側へと歩み寄っていく。


「まさか、こんなに上手く行くとはね」

「思った以上に擁護の声も出てこないし……」

「もしかすると、今までは魅了の魔法で皆を従えていたのかも?」


ヒソヒソと聞こえる声を聞いて、残りの者はバツが悪そうに、その場に立ち尽くすばかり。

まさか、皆がお姉さまの味方だったというの?

あり得ない。

お姉さまには、何の取り柄もないはず。


「そんな……嘘でしょう? 私はクラウスの婚約者で! 次期王妃で! 皆から愛されるはずなのに!」

「……すまない、エルミラ。王家に目を付けられた以上、私もお前を庇い続けることは出来ない」

「お、お父さま!? どうしてっ!?」


一緒に参加していたお父さまも同じだった。

いつもは困ったように微笑む顔が、分が悪いと悟ったのか、焦燥に駆られた表情をするだけだった。

何が起きているのか、全く分からなかった。

訳が分からない。

信じられない。


「どうしてよっ、お姉さま! ここまでするなんて! そんなに私のことが嫌いだったの!?」

「……だとしたら、何だというの?」


今まで私に従ってきた空気が、私を悪と断じるものに一気に反転する。

呆然とする中で、衛兵達に荒々しく肩を掴まれる。

私を擁護する者はいない。

中には嘲笑するような表情をする者もいたけれど、ショックのあまり呆然とするしかなかった。


「この時を以って、エルミラ・ミレッカーを辺境の地へ追放する。無論、君との婚約も破棄させてもらう。君がいつか、本当の意味で自分を省みる日が来ることを祈っているよ」


クラウスから一方的な婚約破棄を告げられる。

それを拒否する権力も、魔法も封じられた。

参加者全員があの場で賛同したということは、既に国王も了承していた話なのかしら。

お姉さまからの冷たい視線を受け、私は辺境の地へと追放された。

誰からの援助もなく、馬車で乱暴に運ばれた先は、森の中にある古びた家屋。

悠々自適な生活から一転、食事すら満足に取れない状況に突き落とされたのだった。

それが昨日のパーティーで起きた、忌まわしい出来事。







「脅迫はしたかもしれないけど、魅了魔法なんて使ってないわよ! 脅迫はしたかもしれないけど!」


こんなの絶対におかしいわ。

大体、魅了なんていう雑魚魔法を、私が使う訳がないじゃない。

私にはこの美貌だけで十分。

宝石のように輝く深紅の髪、そして神が創造したとしか思えない愛くるしさ。

才色兼備という言葉が人となったのが、この私。

勿論、男達は全員平伏してきた。

それを魅了魔法だと言うなら、ただの見苦しい嫉妬だわ。


そもそも、脅迫だって同じこと。

生意気な態度を見せたお姉さまや、男爵令嬢達が悪い。

私より陰気で出来が悪いのに、コソコソと他の貴族に接触して、ミレッカー家の品位を貶めようとしていた。

だから脅しただけ。

確かにまぁ、その、少しやり過ぎたこともあるわ。

虫の居所が悪くて酷いことを言ったり、魔法で水を引っ掛けたりしたこともあった。


でもそれは皆だって同じじゃない。

幼い頃からお姉さまはずっと虐げられていた。

お父さまが、そうしていたんだもの。

それが普通だと思っていた。

なのに、私だけが悪者扱いだなんて納得いかない。

挙句の果てに、パーティー中に婚約破棄と追放ですって?

まさか、私一人に全てを擦り付けてお終い?

ハッピーエンド、ってこと?


感情のままに首輪を引っ張る。

ダメだわ、全然外れる気がしない。

国一番の魔法使いでもある、この私の力を完全に封じるなんて。

特注で作り出した封印級の首輪なのね。

鍵穴もないし、きっと第三者の、しかも魔法に精通した人間でないと外せないのだわ。


何という失態。

少しお酒が入っていたからって、背後に気を許していなければ、こんなことにならなかった。

そもそも妙に酔いが回るのが早いと思っていたのよ。

あぁ、憎たらしい。

この首輪さえなければ、天罰という名の報復を下してやれるのに。

お姉さまも、クラウスも、王族を含めたあの場の全員を跪かせてやれるのに。

と言うか、それ以前にお腹が減り過ぎて動く気になれない。


「うぅ……お腹が空いて、何もやる気が起きない……。絶対に、絶対に許さな……」


そう言いかけた時。

コンコン、と遠くで扉の叩く音が届く。

聞き間違えじゃない。

この古びた家屋に、来訪者が現れたのだ。

一体何のためにと思ったけれど、察した私は軋むベッドから思わず飛び起きる。

此処に訪れる理由。

それは分かり切っていたことだった。


そう!

今の状況が冤罪であると、改めて判決が下ったのだわ!

当然よ!

あんな愚かな裁定がまかり通る訳がないもの!

きっと私を屋敷へと連れ戻す馬車が来たに違いないわ!


身体を奮い立たせて部屋を出る。

玄関というにはあまりにも貧相な通路を抜け、勢いよく木造の扉を開けた。

あぁ、ようやくこの薄汚い場所から解放される。

空腹も忘れて、自然と安堵の表情を浮かべた。


「ほら、見なさい! やっぱり、私の無実が証明され……!」


けれど目の前に現れた人物は、私の予想に反したものだった。


「――」


黒い仮面を被った金髪長身男が、そこにいた。

こちらをジッと見下ろし、静かに呼吸を繰り返している。

いや、誰なのよ。

ここは仮面舞踏会の会場ではないのだけど。

ローブを纏う姿は旅人のようにも見えるけれど、私の知人にそんな恰好をする者はいない。

第一、連れ戻しに来たというなら、もっと相応の様相があるでしょう。

ここまで酷い仕打ちをしてくれたのだ。

片膝をつき、泣きながら詫びるのが常識というもの。

それなのに、その場にジッと立っているだけで服従の意志を見せない。

呆気に取られていると、仮面男が頷いた。


「成程。やはり愛とは難しい」

「は……?」


意味が分からなさ過ぎて、私は素っ頓狂な声を上げた。

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