英雄候補の冒険譚31
「………」
「あ、あの…」
世界の某所、円卓の間。
その最奥に腰かける黒外套の存在に対して、きょろきょろと挙動不審な様子でアイリーンが声をかける。
「その…何も成果がなかったとかじゃなくて…使途はほぼアリスって少女に間違いな――」
「ほぼ?」
「ひぃ…!」
びくり、と身を竦めながらアイリーンが口の端から悲鳴を漏らす。
最奥に座す黒外套の表情は窺い知れず、また、その声音も感情を感じられないものであった。
だからこそアイリーンは、わからないという事に対して恐怖を抱きながら会話を行っていた。
「し、使途がついているのはウィルって少年で…エドを消し去るだけの火力を持った魔法使いで…」
「それで?」
「あ、相手の手の内はわかったので…次こそは始末――」
「その返答は無いでしょう、アイリーン」
ちょうど中間に位置する席に腰を下ろしている黒外套の存在が会話に割って入る。
アイリーンは歯ぎしりしながらそちらへと視線を動かした。
「エドとの戦いで消耗した時こそが好機だったはず。それを見過ごして逃げ帰るなど、臆病にも程があります」
「ジーヴァ!私たちを派遣したのはアンタでしょう!?何を他人事みたいに言っているわけ!?」
ジーヴァと呼ばれた黒外套は、慇懃無礼な態度でアイリーンに話しかける。
「私の言葉が何か間違っているのなら、反論は承りますが」
「ぐっ…!」
「――もういい」
いけしゃあしゃあと言葉を連ねるジーヴァに対し、さらに歯噛みするアイリーン。
睨み合いが続く中、それを制したのは最奥の存在だった。
「エドを失ったのは痛いが、これ以上魔将を減らしてもいられん。処分は保留とする」
「…御意」
「り、了解しました…」
その言葉で、ジーヴァもアイリーンも大人しく従って見せる。
アイリーンなどは、あからさまに安堵した様子で息を吐いていた。
「ジーヴァとアイリーンは帝国軍との戦線に参加しろ。指揮官の数が足りん。以上だ」
その言葉で、会議の解散が決まる。
足早に退出していくアイリーンと、失笑しながらそれに続いていくジーヴァ。
それらを見送り、幾許かの間をおいて最奥の存在は立ち上がり呟いた。
「何もかも裏目に出たようだな…。仕方あるまい、正面から帝国を潰すとするか…」
「…今日は大変だったなぁ…」
ローランドさんの家のバルコニーで、夜風を浴びながら黄昏ている。
引っ越しについては元の部屋に置いていたものがあまりないこともあって、スムーズに進んだ。
部屋はずいぶんと広くなってしまって、マリアさんは宿との差に苦笑していた。
「ウィル、こちらでしたか」
振り返ると、アリスがバルコニーに訪れていた。
「どうしたの、アリス」
「少々眠れなくて、散策していました」
「じゃあ、僕と同じか」
アリスは僕の隣へと歩み寄ってきて、一緒に夜空を見上げた。
澄み渡った、星の光が明るい空だった。
「ウィル、あなたは私が守ります」
それは、前にも聞いたような言葉だったが、含まれるものの違いを感じて僕は聞き返した。
「何のために?」
「ウィル…ローズマリー…ヴィンセント。皆と生きるためにです」
僕が夜空からアリスへと視線を流すと、アリスも僕へと視線を合わせた。
そしてアリスは、言葉を続ける。
「だから、ウィルも私を守ってくださいね」
「…ああ、わかったよ」
いつものアリスの表情にほんの僅か、口の端に笑みを浮かべているような気がした。
僕は、そんな柔らかな雰囲気を浮かべるアリスに感無量だった。
誰かのための犠牲になるのではなく、皆で生き残るために全力を尽くしてくれると確信したからだ。
「ねぇ、アリスはどこから来たの?」
「私は…言うなれば、神の国です。こことは異なる空間になります」
僕は不思議と自然にアリスの話をしていた。
彼女の事をもっと知りたくなったからだ。
「帰れるの?」
「私の使命…ウィルが英雄となれば、或いは」
「英雄か…何を以って英雄と言うのか、僕にはわからないのだけれど」
「そうですね…魔王を討伐すれば、間違いなく英雄でしょう」
「魔王かぁ…」
魔将を倒すのにも四苦八苦している今の状態で、勝てるかどうかはわからなかった。
そもそも、出会うことになるのかすらもわからない。
僕はスケールの大きい話に、少し遠い気持ちになった。
「ですが、私は帰れなくても良いと思っています。ウィルたちとこうして暮らす生活も、良いものですから」
「そっか。そう思ってくれるのは嬉しいよ」
掛け値なしに、本心でそう思った。
自然と笑みがこぼれて、口元が緩む。
「未来の暗雲もだいぶ晴れ渡ってきました。まだ、何もないとは言い切れませんが」
「少しくらいは、穏やかで安らげる生活が来るのかな」
「恐らくは」
それは嬉しい朗報だった。
不測の未来に備えて鍛錬は続けていかなければならないが、一息つくくらいは許されるだろう。
「…今日は星空がきれいだね」
「そうですね。雲一つない、良く星の見える夜です」
二人して、夜空を見上げる。
自分は間違いなく幸福だ。
こうして、誰かと共に美しいものを楽しめる心を持てているのだから。
空気は清浄で胸を満たしてくれるし、風は心地良く肌を撫でてくれる。
そんな、世界の要素一つ一つに愛されているような感覚を覚えながら、僕はアリスと二人で静かに夜を過ごすのだった。
三章完です。
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