英雄候補の冒険譚3
気が付けば、僕の意識は闇の中にあった。
前後左右を眺めてみても、闇の中を流れるまばらな光…星か何かだろうか。
それが見えるばかりだ。
「あなたは選ばれました」
正面から聞こえてきたのは、無機質なそんな声だ。
そちらに目を向けると、僕が助けたはずの白い布切れを身にまとった少女がいた。
意識を取り戻したのか、などと問う前に少女は再び口を開いていく。
「あなたは偉大なる英雄の候補者。どうか世界へ平穏をお導き下さい」
「私は、これをあなたに伝え、そしてあなたに仕えるものです」
いきなり英雄の候補などと言われてしまった。
なんだろう、冗談と言う奴だろうか。
何だか色々と気になっていることはあるが、ひとまずこちらの疑問を解消させてもらおう。
「ここは?」
「あなたの精神世界です」
「君は?」
「あなたに仕えるものです」
「質問を変えよう、名前は?」
「アリスと申します」
突っ込むべき場所が多かったが、それはさておく。
「じゃあ、アリスと呼ばせてもらうけど…これは一体」
「私とあなたの魔力が干渉したことで、お互いの精神が繋がった状態です。身体は寝ています」
「こんなところで!?早く起きたいんだけれど!?」
寝ているすきに先程のようなスライムに襲われたら、今度こそひとたまりもない。
焦りとともに質問するが、アリスは落ち着いた表情で頷いた。
「可能です。それでは、魔力を抑えて下さい」
すぐさま、言葉に従って魔法を放つときと逆の要領で魔力を収めていく。
次第に、この場所がねじれてぼんやりとしたものに変わっていった。
醒める刹那、こちらを見る少女の澄んだ瞳が印象的だった。
「はっ…!?」
青空が見える。
気が付くと、僕は地面にあおむけに倒れていたらしい。
ゆっくりと身を起こし、ぼんやりとする頭を押さえながら独り言をつぶやく。
「夢…」
「ではありません」
「うわっ!?」
自分の真後ろから声がかかり、僕は慌てて振り向いた。
そこにいるのは、先程助けようとした――夢?に出てきた少女だった。
先程の夢とは違い少し格好は薄汚れているが、無表情でこちらをじっと見つめている。
そこからは今一つ感情というものが読み取れなかったが、どうやら意識はしっかりしているようだ。
「君は…アリス、だったっけ…」
「はい、その通りです。ウィル様」
「僕、名乗ってませんでしたよね…?」
「私はあなたを知っておりましたので」
何で様付け?とは思ったが、それはさておく。
名前を知っているあたり、どうやらアリスはぼくの事を知っているようだ。
そして、名前に肯定を返された当たり、先ほど見た内容は夢ではなかったらしい。
一つ一つ整理したいところだったが、こんな場所で長話をするわけにもいかない。
「…とりあえず、僕は帰るよ…」
「お供いたします」
「何で…?いや、こんな所に女の子一人置いて帰るわけにもいかないから良いけど」
「私はあなたの従者ですので」
放っていた薬草入りの背負い袋を拾い上げながら、適当に返事をする。
「うん、従者ね…。その辺は後で話そう」
戦いや眠りの疲労感から面倒くさくなってしまって、そのまま一緒に帰路へとついた。
「話を聞く限り、彼女は『使徒』だろうねぇ」
宿に帰ってマリアさんに今日の出来事を相談すると、そんな答えが返ってきた。
「使徒って…?」
「天に使わされた存在さ。英雄を導く者とされているね。まぁ、彼女が本物かどうかはわからないけど」
ちらりとマリアさんはアリスに視線を向けつつ語る。
アリスは行儀よくテーブルに座りながら、話をしているマリアさんと僕を眺めているようだった。
ちょっと待っていてと頼んだら素直に従ってくれるあたりは、正直有難かった。
「君はどう思う?」
「いや、英雄と言われても…自分はそう大した存在じゃないと思いますし…」
「君らしい返答だね」
「と言うか、そんなもの本当にあるんですか?」
「過去に例はあるよ。帝国を作った古の皇帝は傍らに一人の女性を伴っていたという。それが使徒だと言われているね。確証の無い話ではあるけれど、幾つかそういう存在を示唆する話はあるさ」
「…」
マリアさんは質問に対して、いつも通りの口調と態度ですらすらと答えてくれる。
僕が返答に困っていると、にっこりと笑顔を浮かべて見せた。
「まぁ、そんなことはどうでもいいか。それじゃあ、より現実的な話をしようか」
「?現実的って言うと…」
「彼女。宿代、どうするの?」
言われて固まる。
ちらりとアリスの方に視線を移してみる。
アリスは、瞬きを一つだけ返してくれた。
「ちょっと相談の時間を…」
「良いよー」
快諾してくれたので、席を外して、アリスの方へと向かう。
状況がわかっているのかいないのか、相変わらず無表情で澄んだ瞳を向けてくる。
「アリス…宿代はある?」
「金銭は所持しておりません」
「やっぱりかぁ…そっかぁ…」
がっくりと肩を落とさざるを得なかった。
外はもう日が暮れている、今から街の外に出るのは危険だし、仕事も見つからないだろう。
うん、これは自分が立て替えるしかない。
話の真偽がどうであれ、自分が助けて連れてきた以上、放り出すという訳にはいかなかった。
財産の入った袋から、二人分の宿泊費を取り出す。
「すみません、マリアさん。これで一部屋お願いします…」
「面倒見がいいねぇ」
「放り出すわけにもいかないじゃないですか…なんだか今一つ常識もなさそうな感じですし」
「使徒は浮世離れした感じって話はあるからね。その判断はたぶん正しいんじゃない?」
「そうですか…」
「しかし、君、彼女をどうするつもりなの?」
「とりあえず、明日になったら街の案内やら常識やらを色々教えてあげようかと…」
「やっぱり面倒見がいいねぇ」
笑うマリアさんに、僕も苦笑を返した。




