英雄候補の冒険譚29
「ローランドさん!?」
「父様!?…助けてくれたのよね!?」
魔水晶から聞こえてくる声に、僕らは驚愕を覚えた。
そして、ローランドさんはさらに言葉を続けてくれた。
「ご婦人はこちらで保護した。遠慮なく戦いたまえ、以上」
魔水晶から聞こえる戦闘の音らしきものと共に声が届き、それきり魔水晶は沈黙した。
嬉しそうなローザの声が零れる。
「流石…!こういう時だけは頼りになるわ!」
「ああ、声をかけておいて良かったよ!」
ローザに同調する声を投げ返し、改めてエドの方を見据える。
これで、後方の憂いは無くなったも同然だ。
「あの女…!あっさりと奪い返されてるんじゃねぇよ!」
怒りのあまり、触手を振り回しながら大気が震えるほどの声量で声を上げるエド。
「もういい…!俺が全員始末すれば済む話だ!覚悟を決めな!!」
「出来ると思ってんのかよ?」
「覚悟を決めるのは、あなたの方です」
「傷の借りを返させてもらうわよ…!」
話の間に態勢を立て直したアリス、ヴィンセント、ローザと共にエドに立ち向かう。
エドは無数の触手を振り回しながらこちらへと迫ってくる。
シンプルだが強力な手だ。
大楯を持ったヴィンセントが前へと出てそれを受け止めるが、それだけでは防ぎきれない。
「お嬢、頼んだ!」
「ファイアランスレイン!」
それを補うのがローザの魔法だ。
両腕から同時発動して、射出量を二倍化する。
「ああ、くそが、うざいんだよ…!」
触手の何割かがその防御のために集中して回され、ヴィンセントが受ける触手の量が減少する。
それでも潜り抜けてくる数少ない、しかし詠唱を中断するには十分な威力の触手をアリスが受け止める。
「一本たりとも…通しません!」
金棒だけでは手数が足りないところを、身を張って防御して僕への攻撃を遮断する。
声をかけたくなる衝動を必死に抑えて、僕はエドを消し去るための魔力を練り上げた。
「セイクリッド…」
「まだだあああぁぁっ!!!」
破れかぶれの触手を集中させた攻撃が、ヴィンセントを弾き飛ばし、ローザを薙ぎ払い、アリスの身を弾き飛ばし――きれない。
アリスは自身の宣言のとおり、身を以て全ての触手を僕に届かせなかった。
触手によって滅多打ちを受け、血が滲み、肉は腫れ、片腕が折れてはいたが、決して倒れはしなかった。
そして、僕の魔法は完成した。
「ファイアソード!!!」
「くそったれがあああぁぁっ!!!」
再度放たれる、極大の紅蓮の炎の奔流。
断末魔の悲鳴ごとエドの身体は飲み込まれ、その断末魔も間もなく消えていった。
同時刻。
「ああもう、ふざけてんじゃないわよ…!」
宿を貫通していった紅蓮の炎を紙一重で回避しながら、アイリーンは一人悪態を吐いていた。
突然、宿の外から莫大な魔力の流れを感じたと思ったらこの有様だった。
咄嗟に広い屋外へと身を躱しつつ、宿に見える赤髪赤眼の姿を見て現状を察する。
「お前…!紅蓮卿のローランド!」
「お初にお目にかかる、魔将殿」
人質を取ろうとマリアがいた場所に片目をやるが、既にマリアはローランドの部下の騎士に解放されていた。
「ご無事で?」
「ああ…ありがとう、助かったよ…」
舌打ちしたいのを堪えつつ、ローランドから視線を外さない。
先程の紅蓮の炎による魔法攻撃はローランドのものだろうと判断できた以上、最優先の警戒対象だ。
「私みたいなか弱い少女を相手に酷い挨拶ね」
「すまない。挨拶だけで済ませるつもりだったのだがね」
「言ってくれるわ…」
アイリーンは周囲を警戒する。ローランドは貴族であり、現役の当主だ。
引き連れているのはマリアを解放した部下だけではないだろうと、予測を付けている。
自分一人では少々分が悪い、と計算していた。
そうとなれば、選択するのは逃げの一手だ。
「まぁいいわ、今回は引き下がってあげる」
「逃がすとでも思っているのかな?」
槍を構えるローランドに対し、アイリーンは鼻で笑いながら大きく口笛を吹く。
羽音と共に遥か上空から飛竜が降下し、アイリーンはその背に飛び乗った。
そのまま、上空の存在に気付いたローランドの部下たちの魔法攻撃を旋回して回避しつつ、捨て台詞を残す。
「悪いけど、まともに相手をしてあげるつもりはないの!さようなら!」
そしてアイリーンを乗せた飛竜は、加速して一気に街の上空から離脱していった。
街の外へと離脱したアイリーンは、その目で巨大なスライムと化したエドと、ウィルたちが交戦している場を視界でとらえた。
「エドの奴、本性だして戦ってるじゃないの…そこまで追い詰められ――」
今からでも直接手を貸しに行こうか、などと思ったところで、極大の紅蓮の炎がエドの身体を包み込んでいくのが見えた。
呆気にとられた様子で、口を開いたままその光景を飛竜の背で眺める。
そして炎が消えてなくなると、もうそこにエドの存在は残っていなかった。
「あああ!?嘘?嘘!嘘!?」
盛大に取り乱して髪を掻きむしるアイリーン。
目に見えて狼狽しながら、喋る意味もなく独り言ちる。
「エドの奴が負けるなんて…。そんな…魔将一人失って、何一つ成果無しなんて、陛下に何て言い訳すればいいのよ!?」
欲を張らずに、さっさとエドに始末させていれば良かったのでは?
そんな考えは、現状がわからなかった以上結果論だと投げ捨てる。
最初から二人掛かりで戦っていれば良かったのでは?
その考えも同様、結果論で自分の責任ではないと受け流す。
今なら消耗しているだろうし、自分一人でも倒せるのでは?
そんな考えも頭を過ったが、しかし、その判断はアイリーンにはできなかった。
元より、人質などという回りくどい作戦を取る考えを抱いていた身では、直接戦うリスクを冒せなかった。
「~~~っ!くそっ!くそっ!くそっ!!」
そしてアイリーンは、結局、その地を飛び去っていく事しかできないのだった。




