英雄候補の冒険譚28
「やった…かな?」
魔力の放出を止め、エドのいた場所を見る。
そこには、半分溶解したような姿となったエドが未だに動いていた。
「熱ぃ…痛ぇ…!」
「うそでしょう!?何であの状態でまだ動いているのよ!?」
驚愕するローザの反応も当然だ。
人間ならとっくに死亡するほどのダメージをエドは受けている。
しかしエドは、その溶けかかった身体で左手に嵌められている指輪に手をかけた。
「もう…こんなもんつけてられるか!!」
その指輪を外した瞬間に、エドの身体が爆発的に膨張する。
そして、その場に表れた姿は。
「あれは…メタルスライム!」
「やけに頑丈だと思ったのはだからか!あの指輪で人の姿に化けてたわけだ…」
小山と見紛うほどの巨大さを持った、銀の輝きを放つメタルスライムの姿だった。
特殊な金属で身体を形成しており、物理攻撃、魔法攻撃の大半をほぼ無力化する強力な魔物だ。
「くそが!あの女、一体何をやっていやがる!?手を貸せってんだ!!」
「何を言っているんだ…?」
エドは、その場一帯に響くほどの大音声で叫ぶ。
状況が理解できない僕らには、脳内に疑問符が浮かぶ状態だったが、すぐに戦闘に思考を切り替える。
「ローザ!火炎系の魔法で援護して!ほかの二人は防御行動優先!」
「ファイアランスレイン!」
「邪魔だ邪魔だ邪魔だぁ!!」
ローザの放った攻撃魔法を、エドは身体から無数の触手を出して薙ぎ払った。
触手に当たった魔法は弾き逸らされ、着弾する魔法は僅かに留まった。
それも、相手の巨体からすれば大したダメージにはなっていないだろう。
無数の風を切る音は、目でとらえられないスピードで全方位に振り回される触手のものだと思われる。
「きゃっ!?」
「ぐおっ!」
「っ…!!」
「ローザ!アリス!ヴィンセント!」
反射で防御したアリスとヴィンセント、それに加えて射程内だったらしいローザが弾き飛ばされた。
特に、防御できなかったローザのダメージは大きく、衝撃で身体が動かない様子だった。
「お嬢…!ウィル、これじゃあ近づくのは無理だ!何とかしてくれ!」
「わかった、もう一度セイクリッドファイアソードを…!」
追撃を受ければ非常に危険だ。
僕はそうなる前に止めの一撃となる魔法を放つために集中しようとした。
「はいはーい。そうはいきませんよっと」
突如として戦場に響いた少女の声。
混乱に包まれる中、最初に反応したのはエドだった。
「アイリーン!どこで何をしてやがる!?」
「アイリーン!?」
声は、よく見るとエドの体内、コア近くに埋もれている魔水晶から発生しているようだった。
そこで出た名前に驚いている暇もなく、さらにアイリーンの声は続けられた。
「魔将アイリーンでーす。ウィル君、聞こえてるー?…聞こえてるよね、そっちの声は聞こえたし」
魔将を名乗るアイリーンの声に動揺する暇もなく、さらに声は続けられた。
「今、マリアさんを人質にしてまーす。わかったら大人しく投降してね」
宿屋の一階、客のいない広間にて、椅子に腰かけたアイリーンと、後ろ手に縛られて倒れたマリアの姿があった。
「エド。わかるように魔水晶をウィル君たちの方に転がしてあげて。ウィル君たちは魔水晶を覗き込むように」
少しの間をおいて、マリアの傍に置かれた魔水晶からウィルの声が聞こえた。
「マリアさん!?」
「今朝ぶりの再会おめでとー。状況はわかった?わかったら諦めて私たちに従うのをオススメするわ」
「どういうつもりだ、アイリーン。ぶっ殺した方が手間が無いだろうが」
魔水晶からエドの声が響き渡る。
それに対して、アイリーンは含み笑うように言葉を続ける。
「ダーレイがやられて人材不足でしょう?結構優秀みたいだし、その子たちを陛下へのお土産にしようと思ってね。陛下に頼んで魔族にしてもらえば…きっと良い魔将が出来上がるわ」
「!?いきなり何を…!?」
「断るならマリアの命は無いわ。見捨てられるかしら、お優しいウィル君?」
「…!」
魔水晶には、歯噛みするウィルの姿が映りこんでいた。
それを見て、機嫌良さそうにふふん、と鼻を鳴らすアイリーン。
嗜虐的な笑みがその顔から零れる。
「さぁ、イエスかノーか、聞かせてもらいましょうか。五…」
魔水晶からアイリーンの声が聞こえてくる。
どうすればいい、断ればマリアさんの命はないが、従えば皆がどうなるかわからない。
魔族にする、という言葉の詳細はわからないが、どうせ碌でもない事だろうという想像はつく。
「四」
カウントが進む。
誰も動くに動けない。
「三」
呼吸が乱れる。
マリアさんを見捨てれば、この場の戦いには勝てるだろう。
しかし、万が一逃げに徹されて取り逃してしまったら――?
「二」
アイリーンは魔族にするなどと言っているが、相手に従ったところで命の保証はない。
むしろ、僕らを片付けた後にマリアさんも殺されてしまう可能性を考えれば、それを避けるべきでは無いかという疑問が頭を擡げる。
「一」
脳裏をマリアさんの笑顔がよぎった。
僕が、決断を口にしようとしたその瞬間――。
「ゼ…!?ちょ、ちょっと!?何こ――」
魔水晶越しに、アイリーンの慌てたような声と共に、何かが砕ける、崩れるような音が鳴り響く。
何が起こったのかはわからない。
しかし、その後に魔水晶から聞こえてくる声には覚えがあった。
「聞こえるかね、ウィル君。こちらローランドだ」




