英雄候補の冒険譚26
夜の街の路地裏。
人の目の届かない入り組んだ道の奥にて、黒外套二人が背中合わせでぼそぼそと小声で密談をしていた。
「アイリーン…何日経ったと思ってる。いい加減目星はつかないのか」
苛立ち紛れに口にするのは、巨漢の男、エドだ。
それに対して、あくまでのんびりとした口調で小柄なアイリーンは返事を返す。
「そうほいほい深い所を探ろうとしたら警戒されちゃうでしょう。もう少し我慢しなさい」
盛大に舌打ちを見せつけると、エドは不機嫌な素振りを隠さずに口を出す。
「いっそ、両方とも始末すりゃあ早いだろ」
「難しいわねー。街中だと常に二人か四人で動いているみたいだし。未来視の使途がいるんなら、警戒されているってのは考えすぎじゃないかもね」
「難しくねぇだろ。全員始末すりゃいいだけだ」
「あんたのその脳筋思考、どうにかならない?」
はぁ、と大きく溜息を零すアイリーン。
改めて説明を始める。
「いい?使途がいるならこっちの奇襲は不可能なの。必ず強く警戒されちゃうわ」
「…で?」
「陛下の話だと、危険に際する前に警告をもたらすようなものらしいの。だから、その時点で手遅れになるような仕込みをするのがベストなんだけど…」
アイリーンが話している途中で、エドはぶっきらぼうに口を開いた。
「…もういい」
「はい?」
その言葉には、もう面倒ごとは真っ平だと言いたげな、投げやりな響きがこもっていた。
エドは一歩前に踏み出すと宣言した。
「奴らが街の外に現れ次第、俺が始末する。そうなったら連絡しろ」
「はぁ!?あんた、何を勝手に…」
アイリーンが言葉を言い終える前に、エドは既に跳んでいた。
屋根に跳び乗ると、そのまま屋根伝いに街の外へと向かって凄まじい速度で駆けていく。
「ああもう…!あの馬鹿!」
両手で髪を掻きむしりながら、アイリーンは悪態をつく。
自分のゆっくりと低リスクで情報を探る作戦が台無しになるという実感があったからだ。
しかし、もうこうなった以上エドを止めることは不可能だとも察していた。
「…でもまぁ、悪くはないか。魔物狩りに出るタイミングなら、危険の予知を誤魔化せるかもしれないし…」
不承不承ながら考えを改めて、エドの去っていった方向を眺めながら呟く。
「良いわ。手は貸してあげるから、上手くやりなさいよね」
翌朝。
「行ってきます、マリアさん」
「はいはい、行ってらっしゃーい」
挨拶を済ませて皆でマリアさんの宿を出ると、僕らはいつも通りギルドへと向かう。
ギルドに到着すると、掲示板に張り出されている依頼の中に、緊急性のある特別な依頼がないことを確認してから、いつも通り間引きの依頼を引き受けようとした。
その時に、アリスが遠慮がちに口を開いた。
「…どうにも、嫌な予感がします。魔将の時と似たような感覚です」
その言葉を聞いて、僕らは即座にギルドのテーブルの一つに集まって相談を行うことにした。
ぐるりとテーブルを囲むように各々が椅子に腰を下ろす。
「…どう思う?」
僕は、単刀直入に話を切り出す。
ローザとヴィンセントが意見を答えてくれた。
「街中か、外か。どっちが危険かって話?いくら魔将でも、堂々と街に乗り込んでは来ないと思うけど」
「外で出くわす方が自然ではあるな。間引き依頼の対象の平原になんでいるんだって話にはなるが」
皆、真剣な表情で会議を行っているが、有効な方針を決めきれずにいた。
そうしている中、視界の端にアイリーンの姿が目に入る。
今回は皆の雰囲気を察してか、近寄ってくるようなことはなく、遠巻きにこちらの様子を窺っているようだった。
「ウィル、どうかしたの?」
「いや、何でもないよ」
少し気を取られたが、今は予知への対応が先決だ。
とん、とん、と指先で机を叩きながら、どうしたものかと思案する。
「街中に現れたら、僕ら以外の冒険者じゃ太刀打ちできるかどうか…」
「今この街にいる一等級冒険者は私たちだけですからね」
「かと言って、戦力を分散できるほど甘い相手じゃ無いしな」
この街には、数多くの冒険者がいるが、ほぼ二等級か三等級だ。
数少ない一等級は他の地域などで現在は活動している。
さらに、強力な魔物が現れることも殆どないため、帝国の軍隊が駐留する対象の都市になっているわけでもなく、その戦力はそう多くはない。
出るか、籠るか、どちらを選べばいいのかわからず、チーム内に沈黙が訪れる。
その沈黙を破ったのは、ローザだった。
「仕方ないわね…。街中はアタシの伝手で何とかするわ。アタシたちは間引き依頼に向かいましょう」
「お嬢の伝手って言うと…まさか」
問い返すヴィンセントに対し、物凄く気乗りしない様子の渋々といった表情でローザは言った。
「ええ、父様に話してみるわ」




