英雄候補の冒険譚21
「ぜぇ…はぁーっ…」
僕は絶え絶えの荒い息で、呼吸を整えながら振り下ろした剣の先を見た。
そこには、未だに立っているローランドさんの姿があった。
僕と同じで息を荒げているが、まだ立っている。
立っているならば、続けなければならないと、剣を構えて前に出ようとしたところで、ローランドさんに手で制された。
「見事――私の負けだ」
「負け…?」
面食らった状態でオウム返ししてしまう。
ローランドさんはヴィンセントと視線を合わせると、浅く首肯を送り、ヴィンセントも頷きを返した。
「勝負あり!ウィルの勝ちだ!」
「勝ち…?」
疲労感のせいで回らない頭で、再び言葉をオウム返しする。
ローランドさんはそんな僕を見て、苦笑を浮かべながら歩み寄ってきた。
「魔力切れを起こしているようだな。気絶してもおかしくはない。今は休みたまえ」
「ウィル!」
駆け寄ってくるローズマリーの姿を目に、僕は意識を闇の中へと落とすのだった。
「旦那、良かったんで?」
「試合ではなく実戦なら私の負けだったとも。ならば、私の負けで良い」
ヴィンセントにそう言って、私はローザに抱き留められたウィルの姿を眺めていた。
久方ぶりの心地良い疲労感に身を任せつつ、服の煤を払い落とす。
「…まぁ、実を言えば。最初から、ローザの目を私は信用していたがね。私の娘の目が節穴な訳がない」
「なら、何で決闘なんかを?」
「それはそれとして、今、弱い男にローザを任せるわけにもいかんだろう」
自ら危険な世界へ飛び込んだ身とは言え、溺れそうなら助けてやるつもりではあった。
しかし、ローザは良い仲間を得たようだ。
これならばもう目を光らせておく必要もないだろう。
「ヴィンセント、お前はどうする?軍に戻りたければ口利きしてやるが」
「いや…俺にはこっちの方が性に合ってるんで」
「そうか」
ならば、好きにさせるとしよう。
ローザとしても、長年ついてきた従者を取られるのは嫌だろうしな。
下手をすれば、また決闘を挑まれかねない――と、可笑しくて口の端からくつくつと笑い声を零す。
「では、ウィル君に肩を貸してやれ。ローザ一人では重労働だ」
「わかりましたよ…っと」
ヴィンセントが、二人の傍へと近づいていくのを見送り、私は使徒の少女へと視線を移す。
すると、少女と視線が合ったが、少女は一礼してウィルの方へと駆け寄っていった。
「使途か…。難儀なものだな、ウィル君も」
私の呟きは、誰に聞かれることもなく流れていった。
「……あ…」
「ウィル!」
僕は、屋敷のベッドの上で目を覚ました。
目を覚ますなり、ベッドのすぐ傍にいたローズマリーが声を上げて抱き着いてくる。
「お目覚めか」
「身体に異常はありませんか、ウィル」
ヴィンセントとアリスの姿も確認できた。
視線を少し横に動かすと、僕に抱き着いているローズマリーの頭が目に入る。
表情までは伺い知れないが、ぐすぐす言っているのは分かる。
無理に見ることもないだろう。
「僕は大丈夫だよ…少し、疲れただけ」
そのままの姿勢で、ローズマリーの頭を撫でる。
滑らかな髪の感触が少し心地良い。
「無茶をして…!私の自由のために…!」
「でも、ローズマリーとお別れしたくなかったからなぁ…」
結局のところ、それが偽らざる本音だった。
そのためなら、気を失って倒れるくらいは大した問題じゃない。
まぁ、その時に打ちどころが悪かったら大変だったかもしれないが、そんなことは考えていられなかった。
心配をかけないために、抱き着いているローズマリーごと身体を起こす。
しかし、ローズマリーは離れてくれない。
「…参ったなぁ…」
どうしたものかと、頭を悩ませていたところ――。
「娘の抱擁、勝者の報酬だと思って受け取っておきたまえ」
「…父様!?」
声が聞こえて部屋の入り口を見ると、ローランドさんが腰に片手をあてて佇んでいた。
ローズマリーも慌ててそちらへと顔ごと視線を動かす。
「ああ、ローザ。そのように顔を崩してくれるな。少しばかり私も罪悪感を覚えるではないか」
「誰のせいだと思っているのよ!ウィルをこんな目に合わせて!」
ローズマリーは顔を拭うこともなく反論してみせる。
「娘を預けるに足る相手か、試すのは父親として当然だろう?想像以上の相手を連れてきてくれて嬉しいよ」
「…ローランドさん、僕の勝ちって…」
「ああ、二言は無い。ローザと好きなように生きたまえ」
茫洋としたまま笑いながら、あっさりと告げるローランドさん。
それに少々戸惑いを覚えながら、問い返す。
「良いんですか?」
「実際のところ、家のことは何とでもなる。跡継ぎは養子でも私は構わんしな」
「え…父様?」
僕と同様に、戸惑った様子を見せるローズマリー。
「…養子は考えていないから、アタシを家に戻したかったんじゃないの?」
「今回の私の主目的は久しぶりにローザの顔を見ることと、ウィル君とやらの能力を確認することでね。要は、ただの口実だ」
「「………」」
ローズマリーと顔を見合わせる。
お互いに瞬きをする。
「大体、本気で家に戻すつもりなら手紙ではなく部下を送っているとも。来るかどうかもわからん手紙に頼りはしない」
「「………」」
「どうしたのかな、二人揃って無言になって」
次の瞬間、ローズマリーは大声で咆えた。
「父様の大馬鹿野郎っ!!!」




