英雄候補の冒険譚17
夕刻。
ローズマリーは敗戦後、自室に籠った。
その部屋の前で僕、アリス、ヴィンセントは顔を突き合わせて相談していた。
「ローズマリー…大丈夫かな」
「お嬢の事だ、へこんでも立ち直る強さはある。…それよりお前さんだ、ウィル」
「このままでは、ローズマリーさんと…」
「アリス、言い方」
とは言ったものの、状況は非常に良くない。
アリスの予知でわかっているが、僕はいつ戦いに巻き込まれるかもわかったものではない。
そんな僕がローズマリーと結婚して子供を作る?
否、そんな危険な状況にしてしまう訳にはいかない。
何とかせねばならないが、どうしたものだろう。
心配そうに声の調子を落としているアリスをよそに、ヴィンセントが悩まし気に口を開く。
「いっそお嬢を連れて逃げちまうか?お嬢が納得するかはわからねぇし、旦那が本気で追ってくるかどうかもわからねぇが…」
「それは…最後の手段にしておこう。まずはローランドさんを説得してみるよ」
僕自身にもかかわる話なのに、このまま傍観者のような立場で何もしないわけにはいかない。
僕の言葉に、ヴィンセントとアリスは頷いた。
「わかった、俺らはお嬢を見てるわ」
「ウィル、お気をつけて」
僕も頷きを返して、館主の部屋へと向かっていった。
「入りたまえ」
ドアをノックすると、入室を許す声が聞こえてきたので立ち入った。
部屋の奥の机向こう側に、ローランドさんが座った状態で待ち構えていた。
「ウィル君だったな、何か私に用かね」
「ローズマリーとの結婚についてです」
「だろうな。かけたまえ」
僕が来ることが当然のことのように、ローランドさんは机の向かいの椅子を手で示した。
言葉に従って、その椅子に腰を下ろし、話を切り出す。
「不服かね。君とローザは恋仲なのだろう?」
「だとしても、こんな強引なやり方は承諾しかねます」
「…良い眼をしているな。物怖じせずはっきりと言ってくれるものだ」
ローランドさんは鼻で笑いつつ、穏やかな瞳でこちらを見つめてくる。
その赤い瞳に、どのように自分は映っているのだろうか。
わからないが、僕は自分の意思でものを言う。
「あなたは決闘で決めたつもりでしょうけど、僕の意思はまるで無視していました。まさか、僕に何も決める権利がないなどと言うつもりはないでしょう」
「勿論だとも。木偶を私の娘に据える相手として認めはせんさ」
余裕ある態度を崩さないローランドさん。
しかし、こちらも気後れするわけにはいかない。
「君は優秀な人間だと聞いている。その年ですでに独り立ちしている上に、ローザと同等以上の魔法習得数、魔将討伐の立役者…部下に欲しいくらいだ」
「残念ですが、そのつもりはありません。…ローズマリーを自由にしてくれる気は無いのですか」
「無いな」
はっきりと返される。
だからこちらも、結論をはっきりと言う。
「…僕は、未だ、ローズマリーと結婚するつもりはないです」
「おや、ローザとは遊びのつもりかね。そうだとすれば、聞き捨てならんが」
「そんな意味じゃない」
「では、どのような?」
一呼吸入れ、これまでの話に対して宣言する。
「僕と決闘してください。僕が勝ったら、僕らの好きなようにさせてもらいます」
「…ハハハハハ!なんと厚かましい!先程の事は無かったことにしろと言っているようなものだぞ?」
可笑しそうに、大きな声でローランドさんは笑った。
腹を立てたような様子ではない、むしろ心底愉快そうに笑みを浮かべている。
「なぜそこまで嫌がるのかな?理由があれば、聞かせてもらいたいものだ」
「…信じていただけるかわかりませんが。僕は将来、どんな危険が待ち受けているかわからないんです」
「冒険者なら当然だろう。だから今だと言っている」
「また、魔将のような存在といつ戦うことになるかもわからないんです」
「それも…いや待て、何かはっきりとした確証があるのかね?」
少しばかり笑みを薄めて、ローランドさんは僕に問いかけてくる。
マリアさんには止められていたが、ここで話さねばもっと危険なことになるだろう。
「…僕の使徒が、そう予知しているんです」
「使徒…使途か。ああ成程、着いてきていたあの少女は…そういう事か」
じっと、僕の瞳を覗き込むように赤い瞳が視線を合わせる。
「…即興の作り話ではなさそうだな…」
優雅な所作で頬杖をつくと、少しばかりローランドさんは思索に耽った。
しかし、すぐに口の端に笑みを浮かべる。
「ふっ。ならば君は英雄と成り得る資質を持っていることになる。ローザの目は確かだったという事になるな」
「ですから、未来が収まるまでは…ローズマリーとの結婚などできません」
「成程、君の言いたいことは良くわかった」
柔和な笑顔を浮かべたまま、ローランドさんは言った。
「そんなに危険ならば、早々に冒険者をやめて家に戻ってもらわねばなるまいな。子供だけもらって、君とは別れてもらおうかな?」
「…!」
「ああ、心配するな。ローザの分の補償はしよう。適度な金と人材を渡すとも。それでも嫌かな」
「当たり前です。ローズマリーは大切な仲間だ、もののように扱われて良い気がするわけがない。たとえ、彼女の親であっても」
何故この人はこうも自分の好き勝手な行動に、躊躇いもなく他者を巻き込めるのだろう。
ふつふつと感情が煮えたぎってくるのを感じながらも、努めて冷静に返答を行う。
「実に良いな。初対面の時よりも遥かに好印象だよ。ぜひともローザに宛がってやりたい」
「僕も、あなたのものではありません」
「困ったな…二人そろって、私に反対してくるとは。だがしかし、子供のわがままを聞いてやるのも大人の度量というものか」
そう言うと、ローランドさんは椅子から立ち上がり、改めて口元に笑みを浮かべたまま僕を見据えて言った。
「良いだろう。受けよう、その決闘」




