表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

羊毛フェルトが空にふわふわ浮いてる世界に転生した。羊毛遣いにっ私は!なる!(仮

作者: だぶちー

 

 異世界に転生した。


 なんで異世界かわかるかっていうと、この世界はふわふわ淡い色でつくられてるから。なんでもかんでも色という色に白が入ってるようにみえる。


 知ってるかな? がら◯こぷーのオープニングみたいな。パステルカラーの家や街並み。

 人だって動物だって建物だって目に映る全てのものが淡い。濃く染めていない珊瑚の欠片で出来た砂浜の砂絵みたいな色。全ての輪郭がぼやけていてはっきりしない。とっても可愛い色なんだけど。白が混ざり過ぎてるそんな世界だ。


 前世、地球の日本人としては、なんだかふわふわし過ぎて現実味がない。その上、これまた淡い八色の色合いのふわふわした羊毛フェルトみたいな人型大の固まりが雲とは別に空に浮いてるの。

 長いのや丸いもの。雲みたいだけど、雲じゃない。もっと幼子がクレヨンで画用紙に描いたような透けないもの。なにも言わないし、空に浮かんでるから気球にでも乗らない限り普段は誰もさわれない。(飛行機もヘリコプターも戦闘機もこの世界には無くて、あるのは気球と飛行船だけなんだよ)それに鳥や物は突き抜けていくのを見るから、やっぱり実体もないみたい。

 この国も放牧が盛んで羊がいてね。その毛に似てるからって羊雲ならぬ羊毛雲、またはそのまま羊毛(ようもう)って呼ばれているよ。ただ浮いてるだけなんだけど、色も違うのもあるし、こんなの地球にはなかったよねー


 私? 私はティリーザっていうの。ピンクと黄緑を混ぜたやっぱり淡い色の髪と目をしてるよ。この世界の住人は、瞳と髪はみんな同じ色なんだ。前髪はパッツン。後ろ髪は肩甲骨ぐらいの長さで、左右に三回くらいの三つ編みお下げにして前にたらしてるかんじ。

 特長といえば、灰色のシスター見習いの服と白と灰色ニ色のベール。大きな丸眼鏡をかけてること。目は悪くないんだけど、世界が白過ぎるからか掛けてるとなんだかほっとするんだー

 この丸眼鏡は父の唯一の形見でもあるんだよ。私は十の頃に両親が亡くなって親戚に修道院へ入れられたんだ。慎ましく十五になる今日まで、生活力を培いながらしっかり地に足つけて生きてきた。と思う。シスターは性に合わないから、どこかに就職したいと思っているんだけど、今時テレビも置いていない修道院という狭い世界の中じゃ、世界情勢も近隣の状況もわからないし就職活動もままならない状態です。


 今日は隣接している孤児院のバザーを手伝いに行くんだ。年に一度の春のお祭りに併せて行われるの。ちょっとだけお祭りの様子も見れるんだよ。修道院は閉じた世界で基本的に外には出れないから、貴重な情報源でもある。店番してお客さんから良い就職先の情報が手に入ると良いな。



 ☆



 張り切っていろんなお客さんとお話しして、売り込みついでに情報収集を。私の将来に直結することだから、気合を入れて頑張ってる。そんな中。


 孤児院の品を出している敷物、座っていた私の目の前にいきなり人が突っ込んできた。


 正座をしていた膝の上、顔の目の前に軍帽がズレて(あらわ)になった目元。いつもなら痴漢ーって騒いでいたかもしれないけど。その時は目の前の色に釘付けにされた。


「わぁー綺麗な黒色!」

 この世界で初めて見る原色。思わず感嘆の言葉が出た。こんなにはっきり見えたのは、ここに生まれなおして初めてだ。懐かしい。黒。この世界では、はっきりした色は目や脳の機能として認識できないのだと思ってたのに。


 私よりも十は年上に見える灰色の軍服を着た男の人は舌打ちをして素早く起き上がり、軍帽を目深にかぶり直してから私の腕を掴んだ。


「……来い」


「え? わぁ〜」


 バザーの売り物を蹴散らし、引っ張られてく。子供たちが一生懸命作った大事な物なのに! 男の人はお構いなしで、屋台や人にぶつかりそうになりながらも人混みでごった返した中を私を引き摺るように走る。


「なに? どこに」

 行くんですかと続く言葉が出ないまま開けた場所に出た。


 噴水前広場、噴水のモニュメントに負けない人型大の巨大な灰色ツバメが人々に囲まれて待っていた。触ろうとする手がツバメの中に入って見えなくなってる。透過してる?

「えええ!?」


「乗るぞ」

「のっ! のー(no)!」


 突然ツバメの背中に向かって放り出され、思わずツバメの背に両手をついた。ちょっとカサカサした手触り。この生き物はなに?


「え?これ(さわ)れる!?」


「俺らはな」


 男は私の後ろにひらりと乗って、さらっと言った。けど。ど、どういうこと? 私一般人だよ!


 私たちがツバメに乗った瞬間、周りの人達のツバメの体に潜り込んで見えなくなっていた部分は全て外へ弾かれたようだ。痛いとか手がなくなってるって騒ぐ人はいなかった。


 ぐんぐん上がる高度。ツバメはあっという間に街で一番高い時計塔すら超えて街の全てを見渡せる上空へ。


 遥か前方にヒヨコの群れが飛んでいる。え? ヒヨコの群れ? ヒヨコってこんな高度飛べるの? 遥か前方なのに姿が見えるヒヨコはどれだけ大きいの?

 それを追いかけているのか、ツバメは風に乗ってビュンビュンヒヨコに向かって飛ぶ。揺れる。


「おーちーるーー」


「手綱に掴まれ」


 丁寧にもツバメの首のもわもわの中から出てきた太い手綱を手に摑まされた。


「あ、ありがとうございます?」


「もう少しで追いつく」


 やっぱりヒヨコの群れを追っているようだ。


「あのヒヨコなにかあるんですか?」

「……聞いたことないか? 迷惑行為の常習犯だ」

「ヒヨコが?」

「厳密にはヒヨコを操っている集団が」


 そんな集団いるの? 修道院育ちの弊害か、本当か嘘か判断がつかない。でも、ツバメもヒヨコの群れも確かに存在している。ちゃんといる。


「えっとあなたは?」

「俺は国家公安員会所属の取締職員だ」

 警察官、みたいな?


「で、あの、どうして私が連れてこられたんでしょうか?」

 私、捕まるようなことしてないと思うんですけど。


「お前の、目だ」


「目?」


「俺の目。普通の奴には髪と同じ灰色に見える」


「え?いや。黒ですよ?稀に見る綺麗な黒色」


「そう。お前は黒と言った。原色見える奴は羊毛遣いしかいない。敵にも味方にも。だから、連れてきた」


 羊毛。空に浮かぶ雲のようで雲じゃない。その(つか)い?


「私も空に浮かぶふわふわで何か作れるって事ですか?」


「例が無いが、恐らく」



 この国には羊毛を操って世界征服を企む組織があるんだって。各色ひよこに乗って現れる犯罪、まではいかないギリギリグレーな迷惑行為集団。闇にしか生きられないとのたまうその集団は、光の三原色というらしい。構成員は赤と青と緑。それに白。原色の目を持つ存在。目立つことが好きなその集団は、特にイベントがある時を狙って羊毛で造った各色ヒヨコを使い迷惑行為をする。今日もヒヨコが春の祭りで目立とうと市長の挨拶中に派手に踊ったらしい。


「集団ヒヨコの踊り……」


「奴らを追いかけている途中、実体化したヒヨコに突き飛ばされてお前の膝に突っ込んだんだ。悪かったな」


 なんでかは解明されていないけど、原色の目を持つ者だけが羊毛を操り、生物を造り、触れてる間だけ実体化させることができるらしい。

 で、私は例外だという。原色を持ってないけど、見えるもの。これまで持ってるものしか見えたことがなかったらしい。私が黒色と発したことで、連れてこられたのには、羊毛に触れるか、実体化させられるかをはっきりさせるという理由があったみたい。


「ツバメに向かって放り出されたのには、そんな理由が……」


「これ以上、迷惑行為をする奴らを増やす訳にはいかない。今は同数で拮抗しているが、それが崩れると手に負えなくなるからだ」


「さあ。追いついた」


 声に従って前方に目をやるとヒヨコの群れは精一杯伸ばせば手が届きそうなほど近くにいた。

 近付いてわかったけれど、白い殻をかぶった白いヒヨコたちだった。一羽だけいる少し大きめの殻なしヒヨコには白いハイネックに白いパンツ、白衣の様なものを羽織った白尽くめの人が乗っている。


「止まれ」


 私の後ろの男の人は腰からペーパーローリング(縁日や百均にある長い紙が巻かれていて、前に振るとびよーんて紙が伸びるおもちゃ)に似た鍔付きの灰色棒を取り出す。


「スピニング」


 発した言葉に反応したのか、周りを漂っていた灰色の羊毛が、灰色棒にわたあめのようにシュルシュル巻き付いていった。一抱えの大きさになった羊毛を纏った棒をヒヨコの群れに突き出すようにして放つ。


「網へ」


 言葉と共にあっという間に網目状に広がり、十羽はいた殻付きヒヨコを一網打尽にした。残るは俊敏に動いて網を避けた人の乗るヒヨコ一羽のみ。


「僕の可愛い純白の殻付きヒヨコ達が!」


 愕然とした表情の白い人。


「迷惑行為はやめろ」


「迷惑行為なんかじゃない。つまらない市長の話なんかよりヒヨコのダンスの方が皆嬉しい筈だよ!」


「社会の秩序が乱れる」


「可愛いダンスで優しい気持ちになって、社会も優しいものに近付くよ! 僕のヒヨコを返せ!」


「断る。空に還れ」


 捕まえていた網ごとヒヨコ達は白い羊毛に戻っていき、遂には灰色の棒だけが残った。


「僕のヒヨコーーージャスティンのバカーーーー」


 泣きながら白い男は、残った一羽の白いヒヨコに連れられて去って行った。




 ☆




「ええっと、ジャスティンさん?」


 白い男が去った後、恐る恐る話しかけてみたけど、ジャスティンさんは舌打ちを返してきた。

「その名前は忘れろ」


「ええ……?」


 もしかしなくても警察官で正義っていう名前が嫌なのかな。名前を呼んだのはさっきの白い人の精一杯の嫌がらせだったのかな。


「なんだ」


「あ、えっと逃しちゃってよかったんですか?」


「ああ。捕まえてもただの注意しかできないからな」

「? 催しを妨害したのでは?」

「市長の挨拶は屋外で、ヒヨコの踊りは市長の上空で行われたらしい。俺が駆けつけた時にはもう撤収するところだったから、話で聞いた限りだが。たったそれだけ。声を出したわけでも、視線を遮ったわけでもない。鳥が自由に動いただけだと言われれば罪には問えないんだ。厄介な事に」


続けてジャスティンさんは言う。

「羊毛を形にするには結構な労力を使う。ヒヨコを還したから当分は悪さはできない。法律に定めのない羊毛を相手と分断し、現状を維持するしか対処方法がない状態だ」


「そうなんですね」


 捕まえて終わりじゃないんだ。いつも付き合わされてるみたいでそこはかとなく慣れを感じるよ。大変だなー


「さて、事務所に帰り報告書を上げる必要がある。他の仲間にも紹介したい。ついてきてくれるな?」

 疑問形だけど確定した語尾。果たして私に拒否権はあるのでしょうか。ツバメに二人乗りしている時点で、詰んでいると思うのです。




 ジャスティンさんに連れられ、街の中心部のちょっと横。国の施設が多く集まる場所。地球だったら都庁のある西新宿みたいなところ。石造りの国会議事堂みたいに横に長い大きな建物の小さな部屋に連れて来られた。


「仲間を紹介する。

 色の三原色で、シアン。マゼンタ。イエローだ」


 私の前には紹介にあったように3人の人が立っている。その名の通りの原色の瞳。

 三原色って2種類あるんだね。敵? が光で、こちらが色? どちらも3なのに4人いる不思議。色の三原色はプリンターのインクと同じ色。


「色じゃなくて名前で紹介してくれよ」

 シアンと呼ばれた明るい青緑色の瞳の男性がしゃべった。軍帽と軍服ではなくごく普通のスーツを着ている。

 細身の眼鏡もかけている。眼鏡仲間見つけた! 話しかけられた本人であるジャスティンさんはガン無視だ。私を軽く握った手の甲で指して続ける。


「こいつは原色でない能力者だ。街で見つけた。これから検証も兼ね、臨時雇いの事務員として働いてもらう」


 急展開に目が白黒する。就職先が決まってしまった。安定の公務員? 臨時ということは期間限定? 試験とか受けてないんですけど、いいのかな。でも、ダメだとしても今日のツバメとヒヨコを見て思ってしまった。


「私も……羊毛遣いになれるんですか!」

「白い文鳥に乗れるんですか!」

「ゴマフアザラシに乗って海上を走れるんですか!」

「アルパカでパカパカできちゃうんですか!」


 可愛い生き物に囲まれて働けるかも。夢と期待が膨らんで止まらない。

 目を細めたジャスティンさんは親指を天に突き上げた。


「全てはお前の努力次第だ。

 見つけた責任をとって俺がお前の師匠となって教えてやろう」


 羊毛の師匠が出来ました。

 ちなみにちゃんと修道院へ説明と、孤児院主催のバザーをめちゃくちゃにしたこと謝って損害を補填してくれました。子供たちは師匠が触れて実体化させた巨大ツバメに思う存分抱きついたり尾を滑り台にして遊んだり楽しそうだった。羊毛遣いが触れ続けていれば、羊毛で造った生き物も他の人でも触ることができるんだって。



 ☆



 職場に隣接する社員寮へその日のうちに移った私は。いま早速、羊毛講座を師匠からご教授いただいています。


「羊毛遣いになるには、先ず、スピニングをマスターすることが大事だ」


 お空に浮いてる羊毛をスピンドルという鍔のついた棒に紡いで、わたあめみたいな糸の束を作る。その事を糸紡ぎ、スピニングと言うらしいよ。羊毛遣いは紡ぐ人でスピナーとも言うんだって。


 一定の速度でくるくる巻いていくのがポイント。偏りができると細いところで途中で切れて形を作れないし、太すぎると糸にならずに、ぼとって落ちちゃう。いきなり人と同じ大きさは難しいから、手のひらに収まるくらいを目指して修行中。


 当面の目標はいっぱいの手乗りハリネズミに囲まれること。きっと可愛い。


 わたあめができたらそっと取り外して、形を思い浮かべながら優しくこねこねする。すると……はい! この通り! 夢かわカラーの手乗りハリネズミくんの出来上がりです。


 修行はお仕事の合間にするよ。お仕事内容は事務員というよりは、小間使いでした。お茶を淹れたり、ご飯を食堂から運んだり。報告書を揃えて、他の課へ持って行ったり。課の皆さんも通常はそれぞれ普通に書類仕事や巡回パトロール等のお仕事をしてる。

 仕事の合間にハリネズミくんを増量したり。机の上でハリネズミたちがぎゅって鏡もちみたいに重なってるのを横目にほのぼのしながら細々(こまごま)したお仕事を片付ける。羊毛で造られているからかハリは痛くないんだって。なんかキュイキュイ教えてくれた。癒されるー


 あまり知られていないけれど、就職先はやっぱり国の機関だったよ。国家公安委員会所属 特殊犯罪対策部 羊毛課。名前も可愛い。


「ティリーザは、羊毛課ってなんだよって突っ込まないんだね」


「え? 可愛いですよ」

「そうだね。かわいいね」

 穏やかに笑うのはシアンの瞳を持つスーツ着用眼鏡仲間のセバスティアンさん。愛称はセバスさん。たぶん三十代。腕や頭にロシアンブルー的猫を乗せている。既婚者で小さい女の子のお子さんがいるんだって。


「ほんとあんたのんびりしてるのねぇ」

 オネー言葉で喋るマゼンタの瞳を持つのはエマニュエルのエマさん。年齢不詳。腰まであるワンレンの髪をポニーテールにした薄ピンクの軍服着用の美男だよ。相棒は薄いピンクの鷹。仕事中は肩、移動中や休憩中はグローブをした腕に留まらせてる事が多いよ。


「仕事仲間が増えて僕は嬉しいです」

 黄色の瞳のロティくん。チベットスナギツネのようなふてぶてしい顔の羊毛生物を襟巻き状態にしているよ。歳は一番近いかな。たぶん十代。小間使いの先輩。私と同じ支給品の、例によって白色の多い紺色の軍服もどきを着ているよ。


 離れて一定の期間が経つと羊毛生物は空に還ってしまうから、皆んな小さくした羊毛生物をつれていて(師匠のツバメは軍帽の中、私のハリネズミはさらに小さな親指大にしてポケットに)、緊急出動時には羊毛を継ぎ足して人型大にしてから乗って移動したりするんだって。


 空に浮かぶ羊毛は光と色の三原色に白を混ぜた六色と、光の三色を混ぜて出来る白。色の三色を混ぜて出来る黒(実際には白が入るから白以外全部白っぽいので、黒なら灰色になる)の全部で八色あるよ。皆んなそれぞれの髪色と同じ羊毛を使用して同色の生物を造るんだって。

 例外の私はなんと八色全部使えることがわかったよ! 使用できる量は少なくて修行を積んで一人前になってもギリギリ自分が乗れる程度みたいだけど。


 師匠と私を加えた五人のこじんまりしたペットショップみたいな課にお世話になっています。




 ☆




 三ヶ月が経ち、一通りの羊毛技術を教えてもらって。たくさんの種類を造ることに成功した私のポケットが可愛いで溢れるようになった頃。師匠は言った。


「俺は暫く暇を得て、失せ物探しをする」


 すっかり頼りにしていた師匠の言葉に大きく動揺してしまった。

「し、しばらくとはどのくらいでしょうか!」


 考え込むように目を眇めて、口元に手を遣り師匠は言う。

「本当は辞めてしまってもいいのだが、上が許さない為、失せ物が見つかるまで。または手に負えない問題が起きて連れ戻される迄か」


 それは。問題が起きなければ戻ってこないということでしょうか……?


「差支えなければ、何を探しに行くのか教えていただいてもいいですか?」


 私も探して早く見つかれば師匠は直ぐ戻ってきてくれるかも。


「鳥だ。青光りする黒い鳥」


「え? 原色ですか!?」


「そう。この世界で唯一の」


 そう言って師匠は本当に休職してしまった。

 これまで修行と事務仕事ばかりだった私もついに迷惑行為集団と対峙することになったのでした。




 ☆




 迷惑行為集団。光の三原色は、基本的に出現日時が決まっている。

 毎週日曜朝九時半。四人のうちの一人だけがその髪色と同色のヒヨコを連れて現れる。地球と同じカレンダーで月に一人一回の活動。余った第五週はお休みみたい。大きなイベントがある日だけ皆で仲良く現れる。


 ぴぴー! ホイッスルを吹いて宣言する。

「つかまえまーす! 動かないで〜!」


 敵とは言え、可愛いヒヨコさんを分解して空に還すのは堪える。光の三原色はなかなか捕まえられない。


 相変わらずこの国での犯罪ギリギリの線、グレーゾーンを攻めてくるから。乗り手のいないヒヨコ達は触れない。雲と同じですり抜ける。だから直接的な危害は加えないのだ。でも、目には見えるから、前を見るのを妨害したり、ピヨピヨ声で音を聞こえ辛くする。生中継のTVカメラの前に映り込んで可愛いさをアピールしたり。校長や国会の挨拶でピヨピヨ野次をとばしたり(静粛にと言われればすぐ黙る)、居眠りしている議員の上を飛び回って注目を浴びせたり(起こそうとしているようで微笑ましい空気が漂う)。


「何のためにこんなことをするんですか!」


「ヒヨコで世界を征服する為だ。世界を! ヒヨコの! 可愛さで!」


 もう。ギャグ集団だよー


「だってこんなに! こーんなにかわいいんだぞ!」

 熱血漢の赤が言う。


「他人に迷惑をかけるんじゃない!」

 普通の感性をお持ちのセバスさんがツッコむけれど彼らは聞かない。


「我らはヒヨコを愛している! 赤ヒヨコー青ヒヨコー緑ヒヨコー純白の殻つきヒヨコーみんな違ってみんな良い!」


 悪用したら、交通事故やテロだって起こせてしまうから。だから、万が一の為、ヒヨコは分解。団員はさすまたで捕獲して日夜転職を勧めるのが主な仕事です。


「そんなにヒヨコが好きならヒヨコの雌雄を分ける仕事とかどうですか?」


 ヒヨコを売り物にするなんて! と青に泣かれた。


 しかも、調べてみたところ彼らのヒヨコ活動は副業だった。みんな私立小学校の教諭をしている。青は養護教諭。赤は体育教師。緑は理科担当。

 学校に潜入調査したところ。白は実家のコネで理事長兼家庭科担当教諭だった。本物の羊毛フェルトでヒヨコ作りを教えてるんだって。


「先生ー次の日曜日はなにするんですかー?」

 生徒達も知っていた。全く周囲に隠してないことが発覚したよ。


 敵のスピンドルは厚紙で作った手作り。ちなみに私に支給されたスピンドルの(つば)には刀のように頑丈でハリネズミの彫り物まで入っている。対峙する度に格差を感じた。悪役の面々が残念過ぎて憎めない。


「世界を可愛いで満たしたら、きっと僕らもっと幸せになれると思うんだ」

 白い人談。


「賛同してくれる人もいるんだよ」

 段ボールで子供からヒヨコさんへとお菓子とか届くんだって。一部の親御さん達からも。

 ヒヨコは物を食べられないから、かわりに緑がたくさん食べて太ったって言ってた。まぁ、PTAからは子供に悪影響だってよく怒られてるらしいのだけど。


「ぼくもひよこにさわりたいです」

 とか学校に手紙も届くんだってー ヒヨコに憧れて入学希望者も増えたんだってー

 安全には最新の注意を払っているそうです。




 ☆




 そんな緊迫感のないほのぼのした日常の中、事件は起きた。

 それは大きな式典。私の国で開催されたキル・フェルト万国博覧会。


 各国の飛行船が飛び交う中、光の三原色らは開幕式の妨害を開始した。


 ヒヨコによるヒヨコ観閲式。

 四種のヒヨコが織りなす曲技飛行。俊敏でアクロバットな動き、飛行機雲ならぬ、ヒヨコ雲を虹のように作っていく四種のヒヨコ。大凡(おおよそ)総計四百羽。壮観だった。

 誰もが呆気に取られ、気を取り直した後は歓声をあげながら仰ぎ観る。


 そして、ヒヨコに遮られた視界によって、密集していたうちのニ隻の飛行船がより良い観覧場所を求めて動き、接触したのだ。

 傾いていくニ隻の飛行船を支える為、私たちは出動した。

 羊毛を可視化するには、スピニングが必要。実体化するにはスピナーが触れていないとならない。


 どんなに大きくても自分を超える大きさには造れない。

 四倍の羊毛を操れる白と黒以外は。しかし白はヒヨコ以外を作らない。


「僕は浮気はしないんだー!」


 ヒヨコじゃ、ニ隻もの飛行船を支える力がない。私の文鳥とエマさんの鷹が体で支えても、赤、青、緑、白の乗った各種ヒヨコが脚で掴んで持ち上げようとしてもまだ足りない。もっと浮遊力と力のあるものを造り出さないと飛行船は墜ちる。


「浮気とかそんなこと言ってる場合じゃ!」


 説得する時間も無い。飛行船は刻一刻と傾いて、地面にいる観客の頭上に今にも落ちてしまいそう。こんな時、話しの通じる師匠がいたら。泣きそうになりながら踏ん張る。セバスさんもロティくんも地上で避難誘導を頑張ってくれてる。


 でも、もう……






「大丈夫か」



 師匠の声が聞こえた。






 雲羊毛に飛行船を引っ掛けて、近くの学校へ運んで無事乗客を無傷で救出してくれた。

「いやにピヨピヨ声がすると思ったら」


「やっぱり師匠がいないとダメなんです〜」思わず縋りついて泣きついた私。


「ジャスティンがいないと、僕は! やっていけない!」なんでか白も師匠に抱きついて大号泣。



「しょうがねえな」


 あまりの情けなさにか、休職を取りやめて戻ってきてもらえることになった。

 たまにはヒヨコ団も役に立つと思った。







「それで、ついに捕まったんですか?」

 いつもの事務所でコーヒー片手に一息付いて事件を振り返る。


「いや。なんか各国のヒヨコの可愛さとやらにやられた奴らが嘆願書を書いて被害者も被害届を出さずに有耶無耶になったらしい」

「じゃあ、また週一で活動があるんでしょうか」


「多分な」


 面倒なような、安心したような複雑な気持ちです。でも、また師匠と一緒にいられるようになって嬉しい。



 ゆるい毎日は続いていく。




ハイファンタジーというにはTVも小学校も国会もある現実に似た世界で、ローファンタジー?というには白い世界で悩み、結局分類はコメディーに落ち着きました。転々としました事をお詫び申し上げます。読んでくれてありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ