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最悪の魔女スズランAfter 幸せはまたやって来る  作者: 秋谷イル
24.Boys, be ambitious

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少年の夢

 強い日差し。久しぶりの快晴、絶好の農作業日和。父や祖父と共に畑へ出たユウガオは日焼けした手で一心にクワをふるう。その姿を見て二人は顔を綻ばせた。

「おうおうっ、ユウガオもなかなか堂に入ってきたのう」

「たしかになあ、もうブランクのあるオレより様になってんじゃないか?」

 褒められ、十歳の朴訥な少年はほんのり照れ笑いを浮かべる。額から落ちた汗が陽光を反射して煌めいた。


 腹が立ったら神子相手でも殴りかかる、肝っ玉長女アサガオ。

 八方美人で器用貧乏。長い者には巻かれる主義の次女ヒルガオ。

 そんな個性的な姉達に比べ、彼は地味でおとなしい。


(でも、それでいいんだ)

 前にカゴシマの王様にも言われた。誰にだって向き不向きがある。派手なことは姉達に任せればいい。自分は自分。地味な人間だからこそできることをすればいい。

「姉ちゃん達は、こういうの苦手だし……!」

 再びクワを振り下ろし土を耕す。石が出てきたら丁寧に取り除く。ふかふかにしてから種を撒かなくてはならない。ここで手を抜かなければ、秋には美味しい野菜が食べられるはず。

 ずっと故郷を離れて暮らしていた父が祖父に頭を下げ、鍛え直して欲しいと頼んだのは、ここに引っ越した直後だった。

 最初、ユウガオも姉達と同じで畑仕事を嫌がった。経験など無かったし、子供の自分がどうしてこんなことをしなければならないのかとも思った。


 ──でも、村でしばらく暮らすうちに気が付いた。そんなことで文句を言っているのは自分達だけだと。


 祖父は村一番のカニ獲り名人と言われている。いわば本業は漁師。山に入って山菜の類を採取することも多い。それらを宿屋に買い取ってもらい、あるいは時々買い付けに来る商人に売ったりしていくらかの収入も得ている。

 なら畑を耕す必要は無いのでは? そう思ったけれど違った。

 この村では基本、皆が助け合うのだ。

 手が空いていたら手の足りないところに何も言われずとも手伝いに行く。だから祖父は野菜を作るし、お茶も摘むし、時には大工だってする。

 そんな村の人々の日常を見ているうち、体がうずうずしてきて、気が付けばユウガオも輪の中へ加わっていた。

 で、気が付いた。どうやら自分には、こういう暮らしが一番合っているようだと。

 だから将来は、ここで祖父の、そして父の跡を継ぎたい。


『今からそんな風に将来決めなくてもいいだろ』

 上の姉にはもったいないと言われた。せっかく未来にはたくさんの可能性があるのにと。

 けれど、姉は姉で去年、シブヤまで旅をした時に何かがあったらしい。帰って来た後で謝られた。

『悪かったね、もう余計なことは言わないよ』

 突然意見を翻したことに驚き、理由を尋ねたものの、詳しいことは教えてくれなかった。ただ一言、自分にも目標ができたからだとは言っていた。


『つまんないやつ。男ならもっとでっかい夢を見なさいよ。そんで大物になってわたしに楽をさせんの』

 下の姉はにししと笑い、小馬鹿にした。半分冗談半分本気だと思う。あの人は基本的に怠け者。ただ、どうしたらより楽な道を行けるか考えすぎて、結局は余計な苦労を背負い込む。姉が八方美人のお調子者だなんてこと誰もが知っている。それでも愛想を尽かされないのは、性分のおかげで結果的に努力を積み重ねるから。要領がいいように見えて実はその逆。

 臆病で怠け者。だけどユウガオは知っている。下の姉も上の姉に負けないくらいかっこいい人だと。

 だから自分も負けてられない。姉達と同じくらいかっこよくならなければ、憧れの人は振り向いてくれない。彼は恋する少年なのだ。六年前のあの日からずっと。


「ふう……ふう……」

「ユウガオ、あまり無理するな。今日みたいな暑い日にゃ、ちょくちょく休むことも大事だぞ」

「うん」

「よし、そろそろ休憩にすっか」

 父の提案で三人揃って木陰に入る。畑の傍に一本だけポツンと立っている木があるのが不思議だったが、野良仕事を始めてからこういう時のためだと知った。

 ほら、ほんの少しだけど涼しくなった。

「ほれ」

「ありがとう」

 祖父から受け取った麦茶を飲む。塩分補給のため塩が入っていてしょっぱい。でも汗を流した後には美味しく感じる。

 お茶と言えば、この村の特産品になった銘茶“カタバミ”は七王達まで愛飲しているという。

(僕も、いつかはそういう何かを作りたいな)

 あの茶葉はスズランとその母カタバミが育て上げたものだそうだ。おかげで村が活気を取り戻したと祖父は我がことのように自慢気に語っていた。

 だから自分も、いつかは祖父に自慢してもらえるようなことをしたい。とりあえずは今育てている野菜をもっと美味しくできないものかと品種改良に関する勉強を始めた。スズランから農業に関する本を借り、暇を見つけて薬学や錬金術についても学んでいる。

「ユウガオ、残りの作業はオレと親父でできるから、お前例の畑を見てきたらどうだ?」

「ううん、こっちも最後までやるよ」

「そうか」

 例の畑とは自宅の裏に新たに作った実験用の畑のこと。スズランから教わった虫よけの薬を撒いてみたり、複数の品種を掛け合わせて新品種を作れないか試したりしている。

「よし、そろそろやるぞ」

「おう」

 立ち上がる祖父と父。ユウガオも続き、三人でもう一度畑の方へ歩き出す。すると雑貨屋のカタバミと彼女の息子ショウブが通りがかった。散歩中らしい。

「おはよう」

「おう、カタバミ、ショウブ」

「おはようさん」

「おはようございます」

 挨拶を交わした直後、ショウブが母親の手を引っ張る。

「おかーさん、ぼくもやりたい」

「なにを?」

「はたけ、ざくざくするやつ」

「ええっ?」

 びっくりするカタバミ。それから困った顔でしゃがみ込む。

「駄目よ、あれは遊んでるわけじゃないんだから。お仕事なの」

「おしごとする」

「ショウブにはまだ早いわ」

「えー」

 不満気なショウブ。その目にじわじわ涙が溜まっていくのを見て、ユウガオは咄嗟に提案する。

「じゃあショウブ、僕といっしょにやろう」

「いいの?」

 ぱっと顔を輝かせる。そんな顔をされたら何も言えない。カタバミは苦笑しつつ祖父や父の方を見て確認を取った。

「大丈夫?」

「構わん構わん。どうせあと少しじゃ」

「ははは、流石はカタバミの子。お前も小さい頃から家を手伝ってたもんな」

「じゃあユウガオくん、ちょっとショウブのこと見ててやって。私、着替えて来るわ」

 息子を預け、踵を返すカタバミ。家に向かって走り出す。

「おいおい、どこ行くんじゃ?」

「この格好で畑仕事なんかできないわよ!」

「あいつ、自分も手伝う気だ」

「本当に変わっとらんな、はっはっはっ」


 ──というわけで、ユウガオはショウブと共に畑仕事を再開した。四歳児一人でクワを持ち上げることはできないので、後ろから手を添えて手伝う。


「んしょ、んしょ」

「そうそう、上手だよ。その調子その調子」

「ありがと、おにーちゃん」

「手伝ってもらってるのは僕たちだから、こっちがありがとうだね」

「へへ」

 はにかむショウブ。やっぱり最初の頃、ユウガオはこの子の相手をするのが苦手だった。なにせ家では最年少で、前に住んでいた街でも自分より年下の子の相手をした経験は一切無かったから。

 でも今は可愛いと思う。小さい子は素直で、接していると自分もどんどん素直になれるのが良い。

「はは、ユウガオも教える側の立場になったな」

「……こうやって、村の歴史が続いていってくれるとええのう」

 手を止め、周りの景色を一望する父と祖父。

 ショウブもやはり、そう思う。

 自分が二人から農業を、スズランから薬学や錬金術を学んでいるように、去年この村に移住してきたゼラニウムは大工のムクゲを師に選んだ。彼なりに自分の力を活かせる道を考えた結果らしい。


『物を作るってな面白えな。今までぶっ壊すばかりの人生だったが、どうもこっちの方がオレの性にゃ合ってるらしい』


 新たな人が訪れ、生まれ、知識や技術を引き継ぎ、編み出し──そうやってずっと村の歴史が続いていってくれればいい。姉達はひょっとしたらまた外へ出て行くかもしれない。けれど、自分はそうすると決めている。


(僕は、この村の歴史になるんだ)


 小さいようで大きな野望が、すでにその瞳の中に輝いていた。

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