雨龍の仕事
そして、二人の同位体である彼はというと──
「このアホ!」
「ほぐわあっ!?」
正確には違うが、叔母のような存在に拳骨を落とされ地面に上半身が埋まる浮草 雨龍。かなり本気で殴られた。想像主になっていなければ死んでいたかもしれない。
「馬鹿息子!」
「なんてことを!」
両親まで執拗に下半身を蹴ってくる。これまで二十年我慢してきた二人も今回ばかりは流石に堪忍袋の緒が切れたらしい。
「あーあー、まったく見てらんねえな」
唯一助け舟を出してくれたのは夏流 日華。巨大な手で地面から突き出した雨龍の半身を鷲掴むと大根でも引き抜くようにずぼっと救出する。
と思ったら、
「ふんっ!」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
天高く放り投げられた。そのまま墜落した雨龍は今度は全身すっぽりと地面に埋まってしまう。ギャグマンガのような人型の穴が神霊妖魔保護特区のゲート前に生じた。
「って、殺す気ッスか!?」
にょきっ。今度は自力で穴から這い出す。
「おお、死んでねえ。神になったってのはマジらしいな」
「何が神だ、人様に迷惑かけやがって!」
「この馬鹿息子! 馬鹿息子!」
「あうっ、あうっ」
両親の折檻はさらに続いた。そしてもう誰も止めようとしない。雨龍はそれだけの事をやらかしてしまったのである。
近頃、この世界、この日本国では珍妙な事件が相次いでいた。とある地域でのみ一夜にして性別が逆転する現象が発生したり、性別でなく性格が逆転したり、明らかに自然界の生物とは異なる造形の新種の昆虫や動植物が次々に発見されたり。
それらの事件の元凶が雨龍だと判明したため、鏡矢 雫は事実を両親に報告。こうしてお仕置きするに到ったというわけである。
場所が保護特区の前なのは日華も説教したいと申し出たからだ。今回の事態には流石の夏流一族とて黙っていられなかったらしい。彼等も一応、百年ほど前までは鬼倭番として日本を守っていたのだから当然だ。
「まさか別の世界から密輸した物を売って稼いでいたなんて……」
「やっと、やっと真人間になってくれたと思ったのに……」
近頃息子が“通販を始めた”と言って家にお金を入れてくれるようになったのでやっとニートから脱出したと安心していた両親は手酷く裏切られた形だ。二人で肩を並べて涙を流す。
だが雨楽は全力で頭を左右に振った。
「み、密輸じゃない! 国内製造! だって俺の部屋が産地だもん!」
「別の世界に繋がってるだけだろうが!」
言い訳する雨龍の頭を再びはたく雫。しかし彼はなおも反論する。
「俺とコリさんで創った世界の特産品スよ! あの世界の神様は俺らなんだし、別にいいじゃないスか!?」
「いいわけあるかっ!」
どこから仕入れた物だろうと法律を無視して勝手に売買したら違法行為に決まっている。まして、雨龍が売りさばいた品々は大変な被害を撒き散らしているのだ。
「お前、水守ちゃんがどうなったか知ってんのか!?」
「えっ? 水守って、水弥子おばさん家の?」
「お前が売った“性転換ドロップ”を普通の飴と間違えて舐めちまったおかげで男の子になってるよ!」
「ええええええええええええええええええええええええええええっ!?」
脳裏に可愛らしい親戚の子の姿が浮かんだ。
あの子がごつい野郎に? いや、ごつくなってるかは知らないが、ともかく忌まわしき同性に?
それは嫌だ。
「かわいそうに……『こんな姿じゃ彼に会えない』って家に引きこもっちまって……」
「あ、あげます! こんなもん無料であげますから早く戻してやってください!」
「あたりまえだ!」
もう一回頭をどつき、雨龍がどこからともなく取り出したサ〇マのドロップに酷似したアルミ缶を取り上げる雫。それから一応フタを開けてニオイを嗅いでみる。
「普通に飴の臭いだ……毒とか無いだろうな?」
「あるわけないでしょ!?」
「嘘だったら次は八つ裂きにすんぞ」
「信じてください!!」
水守は赤子の頃から知っている。一回だけ子守りを任されたこともあった。そんな子をこれ以上傷付けるような真似はしない。
そもそも、これまで売りさばいた商品だって良かれと思って売っていたのだ。たとえば雨楽のように自身の性別に悩んでいる人間の助けになれるお手軽性転換アイテム。根暗な性格を直したい人のための性格逆転アイテム。さらに全く危険の無い愛らしい愛玩用生物や上手に育てられたら様々な恩恵に与れる不思議植物の数々。
「あっ、ペットや観葉植物はいいスよね? うちの世界の生物は死んだらデータに戻って拡散するだけなんで地球の生態系に害を及ぼすこたありません!」
「死んだら? 死ぬ前に繁殖したらどうすんだ?」
「あっ……」
そこまで考えてなかった。
「お前は! これ以上日本を無茶苦茶にする気か!?」
「ああああああああああああああああっ!? すんませんすんませんすんませんすんませんすんません!」
ただでさえ二十年ほど前に神霊妖魔保護特区なんてものが東北地方に作られてから退魔の家系の鏡矢家はてんやわんやの大忙しだというのに、これ以上余計な仕事を増やされてたまるか。雫は幼少期の雨龍によくそうしたように両足を掴んで超高速電気あんまを叩き込んだ。
「あ、あがががが……」
泡を吹いて痙攣した馬鹿者を放り出し、ようやく両親の方に振り返る。
「ふう……まあ、こいつ一人でどうこうできる問題でも無くなってるし、後はアタシらで対処しとくよ。姉さん達はこの馬鹿を見張っといて」
「わかった、ありがとう雫」
「すまないな本当、いつもいつも……」
「いいんだけどさ、想像主とかいうのになって前よりパワーアップしちまったみたいだし、いい加減こいつにゃ首輪が必要かもね。能力自体は便利だから水弥子に頼んでカガミヤに就職させようか、強制的に」
「それがいいわ」
「是非お願いします」
息子が真っ当な職に就くならこの際なんでもいい。そう思った母・静流と父・響次郎は一も二も無く雫の提案に飛びつく。
しかし、その時──
「お話が終わったなら、今度はこちらに彼を貸してもらえますか?」
「なッ!?」
「う、うおっ!?」
当代最強の退魔師と呼ばれる雫も、神霊妖魔保護特区の頂点に立つ大妖ニッカでさえも怯む存在がいつの間にかすぐそこに出現していた。警戒する二人に対し、その少女は額に青筋を立てつつもにこやかな笑みを向ける。
「ご安心ください、私はそこの彼をお仕置きしに来ただけです」
「あ、あわ、あわわ……」
やはり歯をカチカチ鳴らして震える雨龍。この中では彼だけがその少女の正体を知っている。
「ス、スズちゃん……」
「よくも私の留守中に勝手な商売をしてくれましたね……?」
女の子になってしまったモモハル。姉に「うるせーばばー!」と暴言を吐いた弟。謎の盆栽を育てているうち髪がフサフサになってしまったムクゲ。その他もろもろ被害多数。
特に最初の二つは許せない。たとえ始原の力を使い、すでに二人とも元に戻してあるといえどだ。
大地が揺れる。少女から漏れ出す圧倒的な力に共鳴して震える。天にも暗雲が立ち込め、いくつもの稲妻が走った。
「あ、あれってまさか……」
「我が家の御先祖様だ……」
あんな大物が出て来ては自分達ではどうしようもない。雫とニッカはそれぞれ雨龍の腕と足を掴んで持ち上げるとスズランの前まで運んでそっと供えた。
そして綺麗に頭を下げる。
「どうぞ」
「お納めください」
「では、ちょっと借りて行きます。しばらくうちの村でこき使ってあげますわ。お年寄りばかりで若い労働力は貴重ですの」
「い、いやああああああああああああああああああああああああっ!?」
スズランに首根っこを掴まれ、一緒に転移する雨龍。
後に残された両親は呆然と雫を見つめる。
「……帰って来るの?」
「まあ、そのうちに、多分ね」
「少なくとも殺されたりはしねえだろ」
ならいいか。両親は嘆息しつつ、それまでの一時の平穏を楽しむことにした。雫は親戚の子のため早速ドロップを届けに走る。
「やれやれ」
彼等と別れ、保護特区内に戻りつつニッカはニヤリと口角を上げた。
「なんとかバレずに済んだか。恨むなよボウズ、稼ぎ口を残してやったんだから」
実は雨龍の商品は保護特区内でも出回っている。元々化け物だらけのこの場所では多少おかしなことが起きても注目されないので外からでは当面わかるまいが。
しかし特区内の怪物達には彼の持ち込む珍奇な品々は人気がある。なにせこの場所には娯楽が少ない。
「ま、鏡矢の連中にバレるまではせいぜい楽しませてもらうさ」
ちなみに彼のお気に入りは性転換ドロップだ。あれを使って女になって外を歩くと何も知らない馬鹿どもが絡んで来てくれるのでケンカ相手に困らない。
おかげで、ここ最近は刺激的な日々が続いている。
二週間後、ようやくおつとめを果たして帰って来た雨龍は両親と顔を合わせた後、自室に戻ってPCの電源を入れた。様々な動作音が実に耳に心地良い。
「うおー、一ヶ月ぶりの電子機器」
向こうはこちらの倍の速度で時間が流れている。こちらでは二週間でも、彼にとっては一ヶ月なのだ。
『おつかれさまでした』
AIメイドのレインも主人を労う。彼女も雨龍の監督を一ヶ月間スズランに任せられたおかげか、こころなし肌が艶々しているように見えた。
「おう。っても案外いい暮らしだったけどな」
『普段の生活に比べたら遥かに健康的でしたね』
「だよな。肉体労働が多くてきつかったのはたしかだが、飯は美味いし空気も良いし言うことなしだった。老後はああいうとこでスローライフってのも悪くねえ」
『そのためにはまず蓄えを作りませんと』
「るっせえな、だから今後もニッカさんとの商売は継続して……ん?」
起動したPCの画面を見つめ眉をひそめる彼。
どうやら──
『新たな仕事のようですね』
「だな、久しぶりに」
スズラン達の世界でのあの戦い以来、一つの世界の存亡をかけるような大事件は起きていなかった。しかし狐狸林から送られて来たこの情報を見る限り間違いない。
今、自分達の力を必要としている世界がある。
「やるぞ」
『はい』
躊躇無く決定する。それが自分達の使命。誰に決められたわけでもない、自分の意志で選んだ仕事。
皆から馬鹿だ駄目だと言われようとも、この選択だけは後悔しないし恥じもしない。
誰憚ることなく堂々と言ってやる。自分達はヒーローだ。
ヒーローは困っている人間を見捨てない。
「今回は現地に行けるんだ、とりあえず跳ぶぞ」
こんな時のため机の下に常備してある野外活動用装備一式を手に取る。
『了解。界球器間跳躍シーケンス、開始します』
レインがカウントダウンを開始。
『三……二……一……マスター、ご武運を』
「任せとけ」
青い光に包まれ、次の瞬間に意識を失う彼。精神だけが転移したのだ。
四十を過ぎても無職でニートのヒーローは、今日も明日もどこかの誰かを救うべく世界の壁を跳び越える。
『本当に、これでお金を稼げるのなら、今頃大金持ちなのですけれど』
苦笑しつつ、レインもまた主のサポートをすべく異世界へと移動した。長いスカートをくるりと翻し、踊るようなステップで。




