ゆうしゃを目指す
「なるほど、料理人と剣士、どちらの道へ進むべきかで迷っているわけか」
その理由がスズランに愛されたいからと言うのは実に彼らしい話だ。アカンサスは村の名産である銘茶カタバミを飲みつつ、楽しそうにモモハルを見つめる。
普通の人間なら優柔不断は良くない。どちらかに決めろと言うだろう。だが彼は神子で相手も神子。ならば別の選択肢も生まれる。
「両方やればいいじゃないか。きっと君も長生きするよ」
神子になったからと言って必ずしも不老長寿になるわけではない。けれど後天的にそうなれる術はすでに人の子の手で確立されている。シクラメンとて、それで子供の姿のまま生き続けているのだ。
「長い寿命があれば、どちらの道も極められるさ」
「でも、スズはそういうのしないと思います」
「まあ、そうだろうね」
同意する。スズランはきっと年齢固定化処置を行わない。老いるなら、そのままそれを受け入れて短い寿命を全力で生きる。彼女はそういう子だ。親しい人達と同じように歳を取って、そして笑って死にたい。そんな風に答えるに違いない。
「だから僕も、どっちかに決めないと……」
「添い遂げる気なんだね」
まだ若いのに愛情の重い子だ。別々の道を行く可能性など全く考慮に入れてない。
さて、ならばどんな助言をしてやるべきか。迷っているということはモモハルにとってどちらも捨て難い選択肢なわけだ。かといって両方を選ぶと半端者になってしまう。そういう未来が彼には見えている。
アカンサスが考えていると、先にシクラメンが口を開く。というか、二杯目のカウレを食べ終えてようやく助言を行う。
「あなたには自分が無い」
これはいきなり手厳しい。思っていても言わなかったことを先に言われ苦笑するアカンサス。たしかにその通りだが、相手はまだ本当に子供なのだ。もう少し言葉を選んであげてもいいだろうに。
けれどシクラメンは止まらない。
「どちらがよりスズランに愛されるかという考えは、彼女の価値観に選択を委ねているのと変わらない。主体性が無い。彼女はどちらかというと自ら道を切り拓いて行くタイプを好む。あなたはそれから外れている」
「うっ!? ぐっ、あうっ!?」
次々突き刺さって来る言葉に悶え苦しむモモハル。
とはいえ、ひとしきりいたぶった後、シクラメンはフォローも入れた。
「けれど、それがあなた」
「え?」
「彼女を価値基準に据え、自らの意志よりも彼女のそれを優先する。あなたは今までそう生きて、そのように人格が固まった。なら無理に変わろうとする必要は無い。彼女は導きを求める人間を無碍にしない。でも、己を偽る者は嫌いなはず」
シクラメンはこう見えて人間観察も好きだ。彼女の目には一人一人が本に見える。それぞれの人生が綴られた世界に一冊だけの本に。
そんな彼女の知識や経験から言わせてもらうと、スズランのようなタイプには正面からぶつかっていく方が良い。
「小細工はいらない。ありのままでぶつかっていきなさい。玉砕するかもしれないけれど、それが一番成功率の高い作戦」
「だそうだよ」
言いたいことを全部言われてしまったアカンサスは、食べかけだったカウレを口に運び始める。たしかにこれは美味い。
「ただ、これだけじゃなんだから僕からも一つアドバイスをしておこう」
「何?」
自分の助言に不服でも? 問い詰めるような眼差しをシクラメンから向けられ、アカンサスはその頭を撫でてやる。
「男としての助言さ」
「なるほど」
自分は女なので、性差により気付けないことがあったとしても仕方ない。シクラメンはそう納得した。
アカンサスはもう一口頬張り、ライスとルウをよく噛まずに飲み込んでから続きを語る。
「シクラメンは変わらなくていいと言ったけど、僕はね、君はまだ未完成だと思う」
「男としての……?」
「助言だよ。頼むから口を挟まないで」
「ごめんなさい」
「うん。まあ、たしかに少し違ったかもしらないな。男としてというより、これは鍛冶屋の見立てだよ。モモハル、君はまだまだ成長途上だ。完成には程遠い。だから、そう焦る必要は無いんだよ。
シクラメンが言ったのは本質の話。君という剣の芯となる鋼のことだ。そこを無理矢理変える必要は無い。でも芯を包む刃は鍛え、変化させていく余地がある」
「う、うん?」
鍛冶に例えられてもよくわからない。首を傾げるモモハル。構わずアカンサスは続ける。
「決戦を挑むならきちんと装備を整えてからということだよ。なんでもいい、剣でも料理でも、とにかく一つ彼女に認めてもらおう。これが君の求める答えでないことはわかっているけれど、結局のところ僕達からはそれしか言えない」
「なるほど、同意する……」
うんと頷くシクラメン。
二人はじっとモモハルを見つめた。少年の頬を汗が伝う。
「えっと……つまり、僕が料理人と剣士、どっちになるべきなのかは……」
「「自分で決めて」」
声を揃える二人。何しに来たんだよう。モモハルはまた頭を抱え、テーブルに突っ伏すのだった。
しかし自室に戻って思い返してみると、二人とも至極真っ当な助言をくれていたことに気付いた。後で会ったら改めてお礼を言わないと。
「僕らしく正直にが正解で、でも、まだ時期が早すぎる……か」
たしかに自分たちはまだ十一歳。焦る必要は無いのかもしれない。というより、むしろ急ぎ過ぎていた。
ベッドに寝転がり、呼吸を整え、冷静になって考える。自分らしさ、アカンサスが剣の芯に例えたものはなんなのか。これまでの人生を振り返ってみる。
スズランへの愛情?
たしかにそれに衝き動かされてきた人生だったけれど、だから自分の芯なのかと言えば違うような気がする。どちらかと言えば彼女への想いは、剣を振るための力だ。
じゃあ、いったい何が自分という剣の中心にあるのか──知りたい──そう強く願った瞬間、脳裏に過去のとある場面の光景が蘇って来た。
「ああ……そうか」
なんだ、あの時もう答えはもらっていたんだ。
強くならなくたっていい。
優しい人になりなさい。
「……うん、そうする」
これでは結局、自分の意志で道を決めたとは言い難い。
でも、それでいいのだと思う。
「僕はスズと一緒にいたい」
それが人生で最初の選択だった。だから、その意志を今後も貫いて行こう。
「僕は、君が望んでくれた僕になるよ」
願望実現能力。この力はきっと、そのために与えられたのだ。
翌朝、目を覚ましたモモハルは目をしょぼしょぼさせつつ部屋を出た。そして短い廊下の先、もう一枚のドアを開けると、彼の家族とアカンサス、シクラメン、さらには珍しくお隣の一家まで朝早くから食堂に集結していた。
愛しのスズランが片手を上げて挨拶する。
「おはようモモハル」
「やあ、モモハル君。なんだか今日は久しぶりにここで朝ごはんが食べたくなってね。お邪魔してるよ」
「ふふ、寝癖ついてるわよ。顔を洗うついでに直してきたら?」
「あぶ」
スズラン、カズラ、カタバミ、ショウブ。今までも家族みたいなものではあったけれど、四人の顔を見つめて改めて誓う。
きっと本当の家族になってみせる。これは、そのための第一歩。
「みんな」
少年は昨夜出した結論を、その場の全員の前で宣言した。
「僕、この店を継ぐよ」
たとえ、スズランが離れて行ってしまったとしても構わない。ここが彼女の愛する故郷。帰ってくる場所。
彼女の両親や他の幼馴染が村を離れてしまっても、自分の両親だけは残ってこの場所を守り続けた。同じように自分も彼女が帰って来られる場所を守る。そのための選択。
父は飛び上がって喜び、鍋をひっくり返した。
母は息子の決断を誇らしげに受け入れ、親友と頷き合う。
妹と隣のおじさんは、なんだか複雑そうな表情でスズランを見つめた。
その彼女は──
「そう」
なんだか、思ったより嬉しそう。
アカンサスとシクラメンは、他の誰にも聞こえないよう密かに囁き合う。
「運命は決まってしまったかな?」
「まだ、わからない」
だってこの若者達の未来には、まだ無数の選択肢が待ち構えているのだから。
「見守りましょう、アイビーの代わりに」
「そうだね」
それが当面の自分達の仕事だろう。アカンサスは頷き、また一口ムオリスを頬張った。
「これも美味いな。凄いぞこの宿」
「私はカウレ一択」
──二人はそれからも、ちょくちょくこの店に通って来た。