訪問
クルクマやガーベイラだけでなくビーナスベリー工房を代表して三つ子が、そして先日共に旅をしたユリまでもが祝いに訪れ、賑やかに盛り上がっている最中──
「……」
スズランは少し外の空気を吸って来ると断って宴の席を離れ、一人だけで村外れに建つ保管庫を訪れていた。昨年大量に届いたプレゼントをしまってある場所。迷わず一番奥の棚の前に立つ。
他の贈り物と同列にしたくなくて、ここには一つだけ箱を置いた。村の皆はその行為を訝っていたが、誰にも深く追求されたことはない。
おそらく気が付いているのだと思う。彼女がこの箱に向ける眼差し。そこに込められた激しい感情に。
両親やクルクマは事情を訊ねようとしてきた。でもこちらから拒絶した。さっきと同じようにいつかは話すからと言って。なのにずっと先延ばしにしている。心苦しい。本当のことを言いたい。
箱を開けると中身は花の形の髪飾りだった。花の名前は胡蝶蘭。絹と銀線、それに宝石を組み合わせて再現した見事な細工物。神子への贈り物とするに恥ずかしくないたっぷり金がかかった装飾品。
だが、それを見つめるスズランの瞳に浮かんだ感情は、やはり怒り。
「こんなもので……こんなことで償ったつもりなの……?」
三柱教と協議して教皇以外からの贈り物を受け取られないと決めた理由はもう一つある。この髪飾りの贈り主に二度と同じ真似をさせないためだ。
やはり許せない。去年これを見つけてからの一年、ずっと忘れようとしてきた。実際に忘れられていたと思う。なのに誕生日が来るたびまた思い出す。思い出してしまう。
今日だけじゃない。もう一つ、本当の誕生日にも胸が張り裂けそうになる。
だから決めた。決着を付けよう。
今日のうちに。
今すぐに。
夜が更けた。タキアは今、何時なのだろう? 向こうはこちらより早く夜になるそうだ。彼女は眠っただろうか? 男は想像して、しかしその姿を脳裏から打ち消す。考えることさえ不敬に思えた。
創世の神マリア・ウィンゲイトによって世界は創り直され、同時に姿形を大きく変えた。かつては球体の中にあった平らな世界。けれど今は大地と海が青い球体となり、自分達はその表面で生きている。
この球体は常に一定方向へ回転を続けており、太陽に向いた側だけが昼で反対側は夜になる。以前は世界のどこにいても同じ時間の中で過ごしていたのに、今は時差なるものが生じてしまった。
自分も、もう寝た方がいいか。考えていても辛いだけだ。四年前のあの日から罪の意識が消えてくれない。乗り越えたはずの過去が今再び痛みを放ち、この心を苛み続けている。ああ駄目だ、眠って忘れてしまいたい。深い眠りの中でだけは彼女達を忘れられる。そうなるための酒も飲んだ。十分な量だ。
「今日は寝る。下がれ」
背後で控えているはずの執事に、そう命じた。窓の外を見つめたままで。ドアが開いて、そして閉まる音。これで部屋の中は自分一人。誰もいない空間は少し落ち着く。
ここはとある地域を治める領主の屋敷。領主などと言っても大したものではない。領土は他の貴族のそれに比べれば雀の涙ほどのちっぽけな土地。ただ、宝石が多数産出される鉱山を抱えているため、経済的にはまあまあ潤っている。周囲を険しい岩山や深い渓谷に囲まれた場所でもあるため、戦ばかりの大陸南西部にありながら戦火に巻き込まれたことも少ない。
そんな、この場所で──
「貴方は、私の母を捨てた」
「なっ!?」
驚いて振り返った男──領主の視線の先には、執事ではなく初めて見る少女が立っていた。
初めてだが、初めてではない。四年前の神子のお披露目。あの時、空中に投影された映像で見たことはあった。
だが、そうでなくとも彼女が誰かを知るは容易い。
あまりに実母に似すぎている。
「ス、スズラン様……」
「はじめまして、お父さん」




