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最悪の魔女スズランAfter 幸せはまたやって来る  作者: 秋谷イル
15.Noble sunbeams

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木漏れ日

 ストレプトは久しぶりにホウキに跨りキョウトを発った。護衛として十二名の魔道士が同行。皆、彼が隊長だった頃に鍛え上げた精鋭。北の大陸の戦いでも一緒だったし、何人かは魔素に飲み込まれ迷い込んだ異界の街でも行動を共にしていた。

『ひどい雨ですね』

『そうだね、昨日のうちに出発しておけば良かったかな』

 昨晩までは晴れていた。ところが今日は頭上に黒雲が被さり、土砂降りの雨を降らせている。飛行する彼等に対してはさらに激しく雨粒が叩きつけられていた。眼下の魔法使いの森は木々の枝葉が風で波打ち、飛沫を上げ、まるで海のような様相。

 もちろん全員が魔道士。魔力障壁によって風雨を防ぐことができるため誰一人濡れ鼠にはなっていない。雨音も遮断しており静かなものだ。会話は耳に装着した短距離通信機によって行っている。キョウトにはゴッデスリンゴという世界第二位の魔道具開発メーカーが拠点を置いていて、これは彼等が開発した製品。

『皆、周辺の警戒を怠らないように。滅多に無いことだけれど衝突事故なんか起こしてはいけないよ』

『わかっております、お任せを。王はそのまま真っ直ぐ飛んでください』

『我等よりご自分の心配を。最近は机仕事ばかりで運動なさっていないでしょう。飛行に不安があれば早目にご相談ください』

『まだ、そこまで鈍ってはいないよ』

 苦笑する。たしかに二ヶ月以上もホウキに触っていなかったので多少の違和感はあるが、支障を来すほどではない。

 今回の遠征の目的地はシブヤ。毎月二回の恒例行事、スズランとモモハルの一般参賀が行われるタイミングに合わせ出発した。スズランに相談したいことがあるからだ。通信機でもいいと思ったのだが、臣下の皆に働きすぎだと言われてしまい、息抜きを兼ねて出かけることに。彼等もいいかげん骨休めして欲しかったらしい。

 反省する。頂点に立つ自分が働き過ぎると、下の者達も休めない。あれから四年も王をしているのに、ようやくそんな当たり前のことに気が付いた。これからはもっとゆとりを持った生活を心がけよう。


 そんなことにも気が付けないほど、がむしゃらに生きた四年間だったとも言える。前王の死。消去法で選ばれた末の登極。メイジ大聖堂での二人の神子との顔合わせに、直後に起きた暗殺未遂事件。あの数ヶ月だけでもそれまでの人生を凝縮した以上の濃密さだったのに、二年前には世界の存亡をかけた大決戦。まさか異界に迷い込んだり刀を握って神に斬りかかったりするとは夢にも思わなかった。死んで生き返った経験も当然ながら初めてである。

 だが、思い返せば充実した日々でもあった。最近の国政にまつわる忙しさが、それでもどこか物足りなく思えるくらいに。


『今回はスズラン様にお目通り願う時間があるといいが』

 先日相談を持ちかけようとした時には彼女の方がそれどころでない状況だった。トキオの港でエルフとドワーフとウンディーネの諍いに巻き込まれ、挙句にその場で正体が露見。大騒ぎになってしまい、スズランとモモハルは大聖堂に缶詰。かの大賢者ロウバイに説教されている姿を見かけ、流石に今回はやめておこうと声をかけずに帰る羽目に。


 相談したいのは、その異種族達のこと。界壁強化の術を維持しなくて良くなったからか、最近彼等は頻繁に中央大陸へ上陸している。大陸の西側にあるキョウトにはエルフが特によく訪れるのだが、文化や種の違いから問題が起こりがちだ。そのあたり、どう対処したものかマリア・ウィンゲイトの生まれ変わりでもある彼女の知恵を借りたい。シブヤにはシクラメンもいるし、できれば彼女の意見も欲しいところだ。


『なに、シブヤで駄目ならタキアまでお邪魔したらいいんですよ』

『タキアまで?』

 いや、それは流石に迷惑だろう。困惑した彼に魔道士達は意外な事実を伝える。

『そんなことはないでしょう。ユリ様やミツマタ様も時々ココノ村へお邪魔しているそうですよ』

『アカンサス様とシクラメン様も足を運んでいると聞きました』

『そうなのか』

 知らなかった。他はともかく、あの出不精のシクラメンまで通っているとは。

『たしかに私も、一度くらいココノ村へ挨拶に伺った方がいいかな……』

 そもそもキョウトと周辺諸国、そしてシブヤを擁するトキオ以外の外国へは全く行ったことが無い。タキアもそうだ。こんなことではいざ何かがあった時の味方も少ないだろう。今後は外交にも力を注がなくては。

 王として、より見聞を広めておくことも大切ではないか? 真剣に悩み始めた彼を見て魔道士達もまた苦笑する。これだから彼等の王は愛おしい。どこまでも真面目なのだ。

 直後、周辺を警戒していた一人が驚くべきものを見つけた。

『! 陛下、十時の方向をご覧ください!』

『あれは!?』

 そちらを見たストレプトは、すぐに接近してくる者の正体を看破した。あれだけ巨大な魔力光を放ちながら飛ぶ者など他にいてはたまらない。

 その魔女は光のような速さで瞬時に距離を詰め、そしてかなり手前で大きく旋回するとスピードを落としながらストレプト達に並走し始めた。


【こんにちは、皆さん】


『スズラン様! モモハル様!』

『お久しゅうございます!』

 通信機の代わりに思念波で話しかけて来るスズラン。まだ村娘の格好をしているところから見るに、シブヤへ赴く道中らしい。彼女のホウキの後ろにはモモハルも頬を赤く染めながら座っている。あの体勢では必然、前にいるスズランの腰に手を回して抱き着かなければならない。思春期の彼には嬉しくもあり辛くもあるのだ。

『スズラン様、どうしてこちらへ?』

 ここはシブヤとは逆方向。普通なら出くわすような位置ではない。

【村を出たらストレプトさんの魔力が移動しているのを感知できたので、たまにはご一緒しようかと】

『あ、相変わらずですね……』

 東北のココノ村からキョウトを出発した自分達の魔力を感じ取ったなどと他の人間なら一笑に付す話だ。しかしスズランなら真実だと納得できる。


 そうして共にシブヤへ向かう一行。スズランはこちらに合わせて速度を落としてくれている。おかげで相談する時間もたっぷり得られた。


『なるほど、エルフにはそのような風習が……これは各地の宿に通達しておかねば』

【私の方から彼等(エルフ)に頼んで西のいくつかの国に大使を派遣していただきましょう。詳しいことはそちらから聞いて下さい。私の中の知識は千年以上前のものなので、今では大きく異なっている可能性もあります】

『ありがとうございます。大いに助かりました』

【いえいえ】

『今回の目的は達成してしまいましたね、陛下』

『うん、どうしようか』

 とはいえ、ここまで来て引き返すのも馬鹿らしい。一緒に来てくれた魔道士達にも悪いしシブヤまでは行こう。

 そう考えているとスズランから提案された。

【お暇があるなら、後でタキアにもいらっしゃいませんか?】

『よろしいのですか?』

【もちろん、だからお誘いしたのですよ。実は最近、弟子を取りまして】

『弟子!?』

『ス、スズラン様が直々に指導なさるのですか!?』

 予想外の言葉に魔道士達が食いつく。スズランは若干引き気味で答えた。

【え、ええ……村の子を二人と、それからトキオで知り合ったウンディーネの子を。ただ、マリアとしてならともかく今の私は弟子など取るのは初めての経験なので、以前魔道士隊の隊長をしていたというストレプトさんのご意見を伺いたいなと】

『そんな、私の意見など……』

 言いかけて、けれど頼ってもらえたのだと考え直し、口を噤むストレプト。少し迷ってから訂正する。

『いえ、やはり参りましょう。多少なりともお力になれれば幸いです』

【ふふ、ストレプトさんなら、そのように言って頂けると思いました】

 微笑むスズラン。その時、頭上の雲に切れ間が出来て光が射し込んだ。陽光に照らされ幻想的な煌めきを纏う彼女。

 美しい人だと思ったが、そんな人にまた意外なことを言われた。

【この光、ストレプトさんのようですわ】

『え?』

 自分が何故? 訝しむ彼に彼女は続ける。

【マリアとして覚醒した私には皆さんの魂の形が見えるのです。貴方は木漏れ日。明るく、けれど眩しすぎず、枝葉の下で寄り添う人々に優しく降り注ぐ柔らかな光】


『木漏れ日……』

『たしかに……』


 頷く魔道士達。褒められた本人だけが過分な評価だと頭を振る。

『私はそのようなものでは……』

【あら、女神の言葉を疑いますか?】

『あ、いえ』

【ふふ、ずるい言い方でしたね。取り消します。けれど、貴方の心がそういう姿だというのは紛れもない事実。あなたを王に戴くキョウトの皆さんは幸せですね。これからもそうあってくれることを願います】

「……なるほど」


 ストレプトは気付いた。スズランはおそらく、自分の中の気負いを見抜いて会いに来てくれたのだと。

 卑屈になるな、自信を持て、焦りはいらないと励ますために。

 ならば、そうしよう。


『これからも王として、民のために精進して参ります』

【無理はしないでくださいね。ほら、モモハルもこう言ってます】

『モモハル様はなんと?』

 たしかにスズランの後ろで口をパクパクさせているのだが、音が遮断されているため何も聞こえない。

【疲れたら、是非ともうちの宿に泊まりに来てください。精一杯もてなすそうですわ】

『ああ、それは楽しみだ』

 ココノ村はのどかなところだそうだし、良い骨休めになるだろう。噂のカウレも食べてみたい。

『必ず行くと、そうお伝えください』

【はい】




 ──その後、ストレプトは年に一回、必ずココノ村を訪れるようになった。約束通り骨休めのために。

 後年、軍事大国キョウトを終始穏やかに、けれども絶大な支持を得て長く統治した彼を人々は先祖の異名とかけてこう呼んだ。


 陽光王ストレプト。

 または、木漏れ日の王と。

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