若きキョウト王
大陸西部の覇者キョウト。その王城内から窓の外に目をやれば、今日もホウキに跨った魔道士達が空中での連携戦闘訓練を行っていた。空を飛べるのは魔法使いにとって大きなアドバンテージ。なので当然その練習には熱が入る。皆、ちゃんと熱中症対策はしているだろうか? 夏場なので心配になった。
「アネモネ! 遅い!」
「すいません!」
最近入隊したばかりの少女が先輩達の動きに合わせられず上官に怒られている。この国を統治する王は、その光景を懐かしんだ。自分にもあんな時代があったものだ。しごく側、しごかれる側、双方の目で過去を振り返る。よく、ちゃんと見てますかと問われてしまう細い目で。
キョウト王ストレプト。金髪で細面、優しげな顔立ちの青年。年齢固定化処置を行っているものの、今はまだその必要も無い二十七歳。つまり三年前に戴冠した時点ではさらに若い二十四歳だった。
キョウトは軍事大国である。三百人、しかも精鋭揃いの魔道士隊を擁している。加えて魔道兵装を与えられた兵士が十二万。かつてはアイビー、現在はスズランが統治する魔法使いの森を除けば世界最高の軍事力と言って過言ではない。魔法使いの森でさえ正面からぶつかり合えばこちらが勝つ。魔道士の数で拮抗していて練度も同程度なら、あとは兵の数と国力の差が物を言うからだ。
もちろんこれは互いに独力で戦った場合の話。他の国々がどう動くかでも結果は変わる。キョウトのすぐ横には世界一の商業都市オサカがあり、戦争となれば重要な補給地の役割を果たすだろう。しかし、同時にあの街にはビーナスベリー工房の本社もあって社員には魔法使いの森出身者が多い。彼等の出方一つで戦局は大きく動く。
森の統治者としてスズランが出てきたなら、さらに話は変わってしまう。彼女には世界の誰も、どんな大国であろうと勝てるはずが無い。彼女を味方にできた者こそ勝者。そう考えると自分達は分が悪いかもしれない。
まあ、そもそもありえない話。魔法使いの森と戦ってどうする? 無意味な仮定をした自分を嗤う。前王と同じ轍は踏まない。踏んでたまるものか。
「ふう……」
しばし窓の外を眺めていたストレプトだったが、やがて振り返り、机の上の書類の山を見てため息をつく。世界の存亡をかけた一戦に勝利し平和になったまでは良かったものの、王たる彼にはなかなか休む暇が与えられない。
というか、彼自身がそれを許していない。王なのだから、王として、王らしく。そんな強迫観念に取り憑かれている。自分でも良くないことだとは思うのだ。しかし、なかなか意識改革は難しい。
──四年前、前王ラベンダーが急逝した。就寝中、毒虫に刺されたのである。
重臣達は震え上がった。単なる事故ならともかく、それは暗殺だったから。犯人は現場に犯行声明を残しており、その手紙に書かれた名前を彼らは知っていた。
災呈の魔女。
直後に正体がクルクマ──才害の魔女ゲッケイの弟子だと判明したが、とにかくその噂の暗殺者の実力が証明されたことにより城内は騒然となった。
ラベンダーは強かった。類稀な魔力を有し技量においても他の追随を許さず、アイビーをして彼女の愛弟子ロウバイに匹敵すると言わしめたほど。それを災呈の魔女はあっさり葬ってみせた。しかも王の寝室という最も警戒厳重な場所まで侵入して。
さらに彼女はキョウトに対し警告を行った。当時のストレプトは知らなかったことだが、ラベンダーと彼を信奉する一派はある計画を企てていたのだ。クルクマはそれを諦めろと言ってきた。
神子スズランとモモハルの誘拐。
シブヤで行われる二人のお披露目。その会場にキョウト魔道士隊が襲撃を仕掛け、神子を拉致する。そしてまだ幼い二人を懐柔し味方につけることでキョウトが大陸全体の覇者となる。
そんな計画がストレプトのあずかり知らないところで進行していて、そしてクルクマにより未然に潰された。
スズランとモモハルの性格。両者の実力。そして相手方にアイビー達三人の神子や三柱教がついていたことを考えると、どう考えても無謀な計画だ。だがラベンダーはできると思っていたらしい。彼の力ならたしかに不可能では無かったのかもしれない。
けれど失敗した。そしてその瞬間、ストレプトの運命も決したのである。
──ラベンダーの死の直後、当時まだ魔道士隊を率いる隊長という立場だった彼は王の死を知らされ驚愕した。
「ラベンダー様が……崩御……?」
「しっ……声が大きい。まだほとんどの者は知らぬし、知られてはならぬ」
わざわざ兵舎まで伝えに来てくれた大臣は口に指を当て注意した。ストレプトはゴクリと唾を飲み、小さく頷く。
「次の王が決まっていないからですね……」
「そうだ、決まるまで他言無用。そなたは魔道士隊を率いる立場だから先に伝えておくが、けっして他の者達には悟られぬように」
「わかりました」
キョウトは実力主義を標榜しており、王は血縁でなく純粋に魔道士としての評価により選ばれる。議会が候補者を選び、議員達の投票で決定。やはり軍事大国と呼ばれる南の雄カゴシマと似た政治形態だ。
もっとも、あちらはより純粋に腕っぷしだけで王を決める。キョウトの場合、たとえば研究開発の分野で挙げた功績なども評価の対象となる。ラベンダーは文武両方に秀でた王だった。
だから彼は、自分が選ばれるなどとは露ほども思っていなかった。父や母も魔道士隊の一員だったが、彼自身は若くして隊長に抜擢された以外これといった特徴は無い。家系を遡っても輝かしい功績を遺したのは七代前の王を務めた人物のみ。たまたま生まれた天才以外、代々凡庸な一族なのである。
魔力は強い。それだけなら国内有数の域。けれど前王のような野心家ではないしセンスも無い。要領が悪く、教わったことをひたすら反復して身体に覚え込ませやっとのことで入隊できた。所詮その程度。命令に忠実に従う以外、何も取り得が無い男。ストレプトは自身をそう評している。
隊長の座を任されたのも、その生真面目さと忠実さを認められたからで、戦場で功績を挙げたからではなかった。そもそもキョウトは彼が生まれた頃のシガとの小競り合い以降一度も戦争をしていない。戦場が無ければ当然、兵士が功を得る機会も無い。戦に恵まれない平和な時代では魔道士達も気が抜ける。そんな状況でも真面目に働ける人間がいれば誰でも良かったのだ。若くしてこの地位に就けたのは、そういう理由。
──魔道士隊の隊長。そんな立場にある彼にラベンダーが計画を打ち明けなかったのも、実行直前に明かした方が素直に言うことを聞くと考えたからだろう。ストレプトは忠実だが正義感も強い。考える時間を与えてしまうと逆らうかもしれない。
実際、四年経った今となっても、もしあの時ラベンダーが暗殺されず、神子のお披露目当日に突然命令を下されていたなら、自分は逆らえていただろうかと考える。
おそらく無理だった。当時の自分にそこまでの胆力は無かったから。
ともかく、彼自身は何も知らないまま、話は思わぬ方向へ転がっていった。
翌日の午後、訓練の指導を部下に任せ、ストレプトはシブヤで行われる新たな神子達のお披露目に関する書類に目を通していた。動揺はあったが、それを部下に悟らせてはならないし、平時の如く職務に励むしかなかったのである。
会場警備には彼等キョウト魔道士隊も加わることになっていた。ラベンダーは、だからこそ立場を利用するテロを企ててしまったのだろう。
この時はまだ、そんな計画があったことは知らず、真剣に聖騎士団や各国の軍との共同警備について思案していた。そんな彼の元へ、やがて城の重臣達が連れ立って訪問。突然の事態に驚きつつ立ち上がる。
「どうなさったのですか?」
魔道士隊の隊長も格だけ見れば彼等と互角。なのだが、なにせこちらは若輩者。しかも生真面目な性格のストレプトは当然、敬意をもって彼等に接した。
ところが、そんな彼の前で重臣達は急に膝を折り、跪く。
「議会の決定をお伝えに参りました!」
「え?」
「ストレプト様が新たなキョウト王となられたことを我等一同、新王への敬服を誓いつつご奏上申し上げます!」
「──……は?」
かくして彼は、キョウトの四十二代目の王となった。




