並び立つ者
「まったく、また無茶をしたな」
大声で呼ぶと、すぐにガーベイラが駆けつけて来てくれた。その肩を借りて地上へ戻る。予想通り雨が降り出していた。
「因果応報ってやつさ……」
散々殺して来た。きっと、これからも散々殺されそうになるのだろう。七王や三柱教が許しを与えたって、罪から簡単に逃れられるはずがない。
逃れるつもりだって無い。受けて凌いでどうにかこうにか生きていく。これも自分なりの贖罪の一つ。
「村の人達は?」
「一番頑丈そうな建物は村の反対にある倉庫だったからな、そこへ全員運び込んでおいた。使われた薬も一応調べてみたが、あれなら今日中に目を覚ますだろう」
「なら、さっさと行ってしまおう……余計な騒ぎは起こしたくない」
「とっくに大事になっていると思うが」
「そうでもないさ」
多分ゼラニウムは村の人々を脅して眠らせたわけではない。地下室へ行く途中観察してみたが、村人は全員寝間着姿でベッドに横たわっていた。夜間、元々眠っていたところに薬を散布されたのだろう。このまま自分達が立ち去れば、何故か倉庫で目覚めて困惑するだけで、何が起こっていたのかを知ることは無い。
「奴は捕えなくていいのか?」
「いいさ、あーし以外誰も傷付けてない。放っといてやりな」
「君を傷付けたことを許せと?」
「なんでもない話さ」
「……」
ガーベイラの顔はいつも通り髪とヒゲに隠れていて見えない。だが、どことなく憮然とした雰囲気を感じる。怒っているのかもしれない。
(……友達が傷付いたら、か)
こっそり笑うクルクマ。自分とこの男の間にあるものが友情なのか愛情なのかいまいち判然としないものの、とにかく誰かに傷付けられたら怒る程度の情はあるらしい。それが少しだけ嬉しかった。
「奴はまた来るぞ」
「かもしれない。そしたらまた倒す。でも、来ない可能性だってある」
「何故だ?」
「ココノ村へ行ってみろって、言っておいた」
「……負けた」
地下室に横たわったまま天井を見上げるゼラニウム。
災呈の魔女、奴は想像以上に強かった。しかもおそらく、まだ何か奥の手を隠している。最後まで気遣われているような気配を感じた。本気ではなかったのだ。
策を弄し、その上で完敗した。この状況ですぐまた再戦を挑むほど自分は馬鹿でも無恥でもない。
ならば助言の通りにしてみるのも、いいのかもしれない。
『納得いかないなら、あーしだけでなくスズちゃんにも話を聞いてみるといい。ココノ村へ行ってみな。あの村を覆ってる結界も本気で助けを求めている人や純粋に道を尋ねたいだけの人間には扉を開く。なんならあーしから紹介してやってもいい』
スズラン様に直接会いに行く。そんなことは、これまで考えたことも無かった。
北の大陸で光に飲まれ、死ぬ瞬間に思った。
(オレの人生はなんだったんだ?)
殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺す。本当にそれだけの人生だった。何を食っても飯は不味いし、酒にも薬にも快楽を覚えたことは無い。女にも。何もかもが不快な人生で、それでいて、そうでないものを探したりはしなかった。価値観が変わることを心のどこかで恐れていたのかもしれない。
だが生き返り、ずっと帰っていなかった故郷の街で目を覚ました時、それは変化した。
あの瞬間、全てのものが美しく見えた。何もかも不快だったのに、その何もかもが無性に愛おしく思えた。
すぐに何が起きたのかも理解出来た。目を覚ます直前、魂に語りかけて来た声と言葉を思い出したから。どこまでも優しく包み込んでくれる大いなる存在。万物の母にして魂の根源。
『あの神子が……マリア・ウィンゲイトの生まれ変わり……』
自分を育てた教団は間違っていたのだと、ようやく確信した。マリア・ウィンゲイトは実在したし、彼女は万物の母だった。その愛は全てのもの達に向けられていて、なおかつ果てしなく深い。
それまで信仰とは無縁の人生だったが、スズランのことはこの世で最も尊い御方として敬うことにした。彼女に与えてもらった第二の人生をけして無為なものにはしないと固く誓った。
でも、ある事実を知り、どうしても納得できなかった。自分以上に多くの人間を殺めた邪悪な存在が、その最も尊き御方の傍にいたことだ。
排除しなければならない。それが使命だと己に言い聞かせ、行動に移し、入念な準備を重ねて挑んだ。
だが結局はこの様。力の差を思い知らされ、そして今まで知らなかった女神の素顔まで教えられた。
「友達……神様が、友達とはな」
そんなこともあるのか。そんなことがあっていいのか? きっと嘘ではないのだと思う。けれどやはり納得はできない。
会いに行ってみよう。この世で最も尊き御方に。自分達を創り出し、愛し続けてくれている存在に。この世界では望めば叶う願いなのだから。
ああ、それにしても──
「まったく……災呈のくせに、お節介な女だ」
腹の傷は塞がった。完治したわけではないが歩く程度ならできる。あの女に薬を浴びせられ、しばらく安静にしていれば動けるようになると言われたが本当だったらしい。
自分も彼女に会えば彼女のように変わることができるのだろうか? ゼラニウムの頭はもう、そのことだけで一杯になっていた。
雨はしつこく降り続く。
相応の代金を支払い、村から資材を拝借して応急処置を施した馬車。ガタガタではあるものの車輪が再び動き出す。素人の適当な修理でも次の街までは保つだろう。要所要所を魔力障壁で補強してもいる。
ガーベイラは、手綱を握りながら訊いた。
「両目失明に右腕欠損。どうするつもりだ? スズラン様に会ったら絶対に問い詰められるぞ」
皮肉交じりの質問に、回復のため荷台に横たわったクルクマは即答を返す。
「次の街で荷を下ろしたらホウキであーしの家まで連れ帰ってくれ。あそこに行けば予備のパーツがある」
「パーツ?」
「前にホムンクルスを作ったんだ。二体。その時に身に着けた技術の応用で、こんな時のための特殊な素体を用意しといた。欠損部分に付着させれば元通りに治してくれる。一年ごとの交換が必要になるけどね」
「それは便利だな……医療者向けに販売したらどうだ?」
「駄目だ、あーしの強みが一つ潰れる。勝手に持ち出したりしたら殺すよ」
「わかった」
やはりまだまだ戦うつもりらしい。自分を殺しに来る相手と、殺さずに、どれだけ死闘を繰り返せば納得できるのだろう? 似たようなことがこれまでに数回。彼女の言う通り、これからも繰り返されるに違いない。流石に彼女がこれほどの手傷を負うことはそうそう無いと思うが。
いつかは、自分で自分を許せる日が来るのだろうか?
「──貴女、全然反省してませんのね」
「なっ……」
「その声、スズちゃん?」
突然、ガーベイラの隣にスズランが現れた。今の今まで姿が無かったのに。しかもその服装はいつもの村娘のものではなく神子としての衣装。
「少し抜け出して来ました」
「し、しかし、いつの間に……?」
「空間転移です」
モモハルの力か。納得するガーベイラ。実際にはスズランが単独で行ったことなのだが、彼女が六柱の影の権能を借りられることは、まだ彼を含めてほとんどの人間に対し秘密にしてある。
スズランは立ち上がると、クルクマが横たわる荷台へ移って行った。
「治してあげます」
「いいの?」
「友達ですしね、特別ですよ」
できれば有色者としての力も使いたくない。とはいえ、スズランは身内びいきができる程度には柔軟な価値観も持ち合わせていた。
ちなみに彼女の“身内”の認識は、けっこう広い。
橙色の光で傷を癒してもらいつつ、クルクマは問いかける。
「ノイチゴちゃん達は?」
「今日はシブヤを見学中」
「珍しいね、一緒に出かけなかったの?」
「ちょっとその、トキオの港で騒ぎを起こしてしまいまして。私とモモハルは大聖堂から出ないよう言われましたの。さっきまでロウバイ先生のお説教を聞いてました」
「あらら、何をやらかしたのさ」
「今度村へ来たら、ゆっくりと聞かせて差し上げます。はい、治療終わり」
「流石」
失明した両目も欠損した右腕も短時間で完全に元通り。
いや、それどころか──
「……なんか馬車まで直ってない?」
「サービス」
言って、再び御者台に戻ろうとする彼女。幌を持ち上げ、一度だけ振り返って微笑む。
「彼のことは任せなさい。村へ訪ねてきたら話してみます」
「はは、了解」
次の瞬間、外へ出たスズランはホウキに跨って上昇した。ガーベイラにも手を振り、超高速で東へ向かって飛び去る。
「相変わらず凄まじい速度だ」
「いいだろ、あれ、あーしの友達なんだぜ」
「素直に羨ましいよ」
世界でも彼女と肩を並べて歩ける者は数えるほどしかいない。クルクマがその一人だという事実に、ガーベイラも密かに誇らしさを覚える。
「任せなさい……か」
スズランはゼラニウムのことを知っていた。マリアとして覚醒した彼女は世界の全てを見通せるのかもしれない。あるいは予知能力で知っただけ?
ひょっとして、これのこともバレているかな──直ったばかりの両目を一瞬だけ赤と紫に輝かせるクルクマ。
──破壊と情報の有色者。今の彼女はそれなのである。例のあのゲームを終えた直後に覚醒した。
(神様の力の一部……よりにもよって、あーしに宿るなんてね)
レイン曰く、あの戦いで一時的に異世界の英雄の力を借りたこの世界の住民は有色者に覚醒しやすくなっているらしい。この先どんどんお仲間が増えていくかもしれない。
有色者の力は神からのギフト。それでも自分が人間であることは忘れたくない。だから最近はホウキより馬車での旅を好んでいる。
二人と荷物を乗せたそれは、なおも南へ向けてゆっくり移動して行く。
ホウキで飛ぶのも好きだけれど、こういう旅もいいものだと、クルクマは御者台に座りながら改めて思う。
すると、突然ガーベイラが歌い始めた。上手い。まだこんな芸を隠していたのか。
あまり好きな歌ではない。でも車輪の音ばかり聴いてるよりはマシ。目を閉じた彼女は黙って耳を傾け、やがて自分も歌い始める。
贖罪はしけた面でやらなきゃならないなんてルールは無い。真面目なオトギリには無理だろうが、彼女は彼女、自分は自分。
明るく楽しく、これからもズタボロになりながら償っていこう。
空をまた一羽の鳥が横切って行く。
気付けば、雨は上がっていた。




