劇場都市センダイ
アオバで一晩明かし、そこからまた半日進んでセンダイへ。
アサガオは幼い頃に一度来たことがあった。しかしヒルガオは初めての来訪。ノイチゴと二人並んで感嘆の声を上げる。
「おおーっ!」
「ここも都会だね!」
正しくセンダイは東北地方最大の都である。なにせ大陸七大国の一つに数えられる国の王都なのだ。行き交う人々の数はトキオにも劣らず、広い通りでは馬車もひっきりなしに走っている。さらに空を見上げれば、タキアでは王都であっても珍しい魔法使いが何人も飛び回っていた。
「あの人達は宅急便ね」
「たっきゅうびん?」
「魔力が弱かったり、戦闘や研究に興味の無い魔法使いはホウキを使って荷物を運ぶ仕事に就くことが多いの。たとえば、小包みたいな軽い荷物なら馬より早く目的地まで運べるでしょ」
「へえ、便利だな」
「というか、うちの村ではス……クマねえがやってるよね、それ」
「そうね」
ノイチゴの指摘に苦笑するスズラン。五年前に魔法使いだとバレて以来、近くの村までおつかいを頼まれたりすることが多い。指名手配犯の娘ということになっていたから流石に都市部までは行かされなかったが。
──ちなみに、最悪の魔女ヒメツルに対する手配は取り下げられた。過去の悪行の数々も神様相手では不問に付すしかなったのである。
世界を救ったのだし、スズラン本人もその処置を素直に受け入れている。もちろん悪いことをした相手には時間を見つけて謝ったりもしているのだが、大抵相手の方が恐縮してしまうので最近は控えがちだ。
(神様も存外不自由なものです)
ヒメツルとして神々を嫌っていた時には考えもしなかった。神様だってけして好き放題が許されるわけではないなどとは。
人間は彼女が何をしたとしても許すだろう。けれど自分自身がそれを許せない。
さて、スズランが神としての振る舞いに迷っているとは露知らず、視力の良いモモハルは周囲を一望して遠く離れた位置に何かを見つけた。ニホン様式の建物が多いクラシカルな街並みの一角を指差し、報告する。
「スズ、あっちの方にムオリスを出してる店があるよ」
「えっ本当?」
「うん、店の前の看板に書いてる」
「じゃあそこでお昼にしようか。クマちゃん、大聖堂を出てから一度もムオリスを食べてないもんね」
「別に私に合わせなくていいのよ?」
「いや、こんだけ世話になってんだからそのくらいわがまま言ってもいいんだって。皆もそれでいいっしょ?」
「いぎなーし」
「私もムオリス食べたい」
「カウレはあるでしょうか?」
「いや、さすがに無いみたい」
ユリの言葉に頭を振るモモハル。彼の祖父が考案した料理カウレは似たようなものなら一部で提供されているのだが、オリジナルのレシピを公開していないため、本物を出す店は彼の実家以外どこにも無い。
「食べたいなら今夜は僕が作ろうか? 材料と道具さえあればどこでも作れるよ」
「本当ですか!?」
「なら、とりあえずムオリスを出してるお店でお昼ごはんにして、それから観光しつつ晩御飯の材料を買って回りましょう」
「さんせい!」
「いこういこう! ほらイヌにい、あんないして!」
「わあっ、まってまって」
ノイチゴとヒルガオに手を引かれ歩き出すモモハル。スズランとアサガオとユリは馬の手綱を引き、その後へ続いた。
──そうして入ったのは、ミヤギでは珍しい異国料理を提供する店。混雑するほどではないが、それなりに繁盛している。
ミヤギ人は建物と同じで、かつての統一王国ニホンの文化を強く好む。それは食も同じ。そんなミヤギの王都でこれだけ客が入っているなら、味にはかなりの期待を持てる。
(それにしても……)
他の客の服装を眺め、改めて感心するスズラン。何にかと言えば、アサガオの度胸にだ。彼女も元はミヤギっ子。けれど着物が主流のこの国において、彼女は昔からシブヤにいる少女達のような最先端のファッションを貫いていたらしい。流石である。
お座敷と呼ばれる畳敷きの一段高い床へ上がり、大きなテーブルを囲んで座っていると、注文した料理を待つスズラン達の耳に客達の話し声が届いた。
「そりゃ本当かい?」
「ああ、ありゃきっと西から来たマフィアだ。ほら、ハカタで抗争に負けた組がこっちに流れて来たって噂があったろ」
「怖いねえ。そんなのがいるんじゃ当面港にゃ近付けないな」
「だなあ、ああいう物騒な連中はとっととお縄についてもらいたいもんだ……」
何故そんな話を他の客にも聞こえる声で? アサガオやモモハルは眉をひそめつつ聞き耳を立てる。
スズランにはすぐにわかった。以前メイジ大聖堂にいた頃、センダイ城で老中を務める人物、つまりユリの家臣から相談を持ちかけられたことがある。
『ユリ様は昔からのお転婆が治らず、今も男装して城下町にお忍びで出向き、ユリタロウなどと名乗って悪漢を退治して回っているのです』
何度危ないからやめてくれと諌めても聞く耳を持ってくれず、それで苦慮した末、先手を打つことにしたと言う。
『王都の各所に我々の仕込んだ“偽悪党”を置き、定期的に主君の気晴らしをさせておりまする』
つまり、実際には何も悪いことをしていない侍達を都中に配置し悪い噂を流してユリの耳に届かせ、退治に来た彼女と戦わせることで満足した主が帰って来るよう仕向けたのだそうな。なかなか奇想天外な策である。
また、彼女は悪党であっても無駄な殺生を嫌い峰打ちで済ませてくれるため、相手役の侍達も打ち身くらいの怪我はしても死人が出たことはないという。
とはいえ、こんな猿芝居がいつまでも続けられるとは思えない。もっといい方法は無いかと問われ、困り果てたスズランが出した答えは『お見合い?』の一言だった。万が一の可能性だが、結婚したらお転婆が治るかもと。
(なのにまだこんな仕込みをしているということは、結局あのアドバイスでは駄目だったようですね。改めて一計案じませんと)
ユリなら大概の危険には対処できる。けれど彼女は一国の王。家臣の皆が心配するのは当然の話。彼女の友人の一人としても、この問題は解決してあげたい。
そのユリ当人はと言えば案の定、正義の炎を燃やしていた。
「我が都にそのような者達が入り込んでいたとは……許せん……!」
なお、そんな彼女に向けられる店内の従業員や客達の視線も温かい。
(あ、ユリ様だ)
(またお忍びでいらしてるわ)
(髪を染めとる。流石にいつもの変装じゃまんますぎると気付いたか?)
(そろそろ嫁を、じゃなかった、婿を取って欲しいものねえ)
ユリタロウの正体が女王で、彼女の悪人退治の大半が家臣の仕込みによるものだということは、この街の人々にとって周知の事実なのである。
知らぬは当人ばかりなり。街中に侍が配置されたことで本物の悪党が居場所を失い治安が向上したと言うし、センダイの人々はこの猿芝居を娯楽として楽しんでいるのかもしれない。
「ふう、センダイのムオリスも大変美味しゅうございました」
店から出た後、満足気にお腹を撫でるスズラン。いつも食べている母やサザンカのムオリスとは違ったが、この店のそれも彼女の好みに合う逸品だった。三ツ星を進呈したい。
「それは良うございました。またいつでも食べにいらしてください。ついでに我が城まで立ち寄っていただければ、なお喜びます」
「ええ、次の機会には必ず」
今度から一般参賀へ赴く時は出発時間を少し遅らせ、ここで昼食を取ってからシブヤへ向かってもいいかもしれない。いつもモモハルと二人、ホウキで移動しているスズランはそんな予定を立てた。
「さて、じゃあ次は買い物か」
アサガオが言うと、しかしユリは首を横に振る。
「申し訳ありません、私は用ができてしまいました。代わりに家臣の者を呼んで案内させましょう」
「ううん、だいじょうぶだよユリタロウさん」
「みなとに、いくんだよね?」
フフフと不敵な笑みを浮かべる少女達。ああ、やっぱりかとスズランとアサガオは天を仰ぐ。
(どうすんのさスズちゃん……)
(まあ、その……今回は安全だし、許してあげましょう)
(どういうこと?)
そういえばアサガオ達にはまだユリタロウにまつわる諸事情を話していなかった。簡略して素早く耳打ちするスズラン。親友の目が丸くなる。
(はあっ!? 城の人達の小芝居ってこと?)
(そう、だから危険は無いはずよ。ユリさんにやられるのが決まってるわけだし)
(う~ん……それならまあいいか)
妹達は元々冒険したくて旅に出た。犯罪組織との戦いなんて刺激的な経験ができたなら、その熱も当面は鎮まるかもしれない。
もちろん、さらに加熱してしまうことも考えられる。でも、その時には種明かしをしてしまえばいいだけだ。きっとガッカリしてしばらくはやる気を失くす。
(じゃあ、この小芝居に乗るってことで)
(うん)
結論が出た。
「私達も手伝います。ささっと片付けてしまいましょう」
「ありがたい! 皆さんに来てもらえれば百人力です!」
「あれ?」
意外な展開に驚くモモハル。彼にはまだ説明しない方がいいだろう。嘘をつけない性格だから。




