帰るまでが冒険です
その日、トキオは騒然となった。異種族同士が往来で喧嘩を始めようとしていると聞き、警察庁は慌ててシブヤに協力を要請。教皇ムスカリの許しを得た聖騎士団が緊急出動する事態に。
ところが彼等が現場へ辿り着くと、そこは街中から集まって来た人々により分厚い壁が出来上がっている状態。彼等の言葉を聞き、まさかまさかと思いながら人垣を割って中へ入って行くと、なんと本当に“神様”がいた。
「スズラン様!?」
「もうしわけございません」
──結局、喧嘩の仲裁に入っておきながら余計に騒ぎを大きくしてしまったスズランは聖騎士達に護衛されつつ、その日のうちにシブヤ入り。当然モモハルとアサガオ達も一緒にメイジ大聖堂まで連れて行かれた。
「何を考えてるのですか……」
教皇ムスカリには延々お説教されてしまった。翌日には話を聞いて血相を変えて飛んで来たロウバイからも同じような説教を聞かされる羽目に。流石は師弟。
一般参賀はいつも通り行われたが、その後もスズランとモモハルは大聖堂から一歩も出してもらえなかった。街には自分達も間近で二人の顔を見たいと大勢の人間が待ち構えており、とても出歩ける状態ではない。お忍びで外出する時には着ぐるみで顔を隠していることも広く知れ渡ってしまった。
シブヤ見物を楽しみにしていたアサガオとヒルガオには、申し訳ないので三柱教の諜報部員を護衛に付けてノイチゴも加えた上で三人で出かけてもらった。そしてその間、スズランはモモハルと共にこんな事態の元凶となったあの三者と再び対面することに。
「反省しましたか?」
「はい! もちろんでございます!」
「もうしわけございませんでした!」
自分もロウバイの弟子なので、ついつい長々と説教をしてしまったが、言葉とは裏腹にエルフのガザニアとドワーフのカーディナリスは満面の笑み。聞けばこの二人、一般参賀に参加するためわざわざ海を渡って来たらしい。通常なら遠くからしか眺められない二人の神子に思いがけず間近で接することができたわけだから、表情通り嬉しくてしかたないのだ。
「此度のことは、一生の自慢になります!」
「ワシも帰ったら皆に聞かせてやります!」
「そうですか……」
これ以上怒っても効果は無さそうだ。スズランは諦めてもう一人の少女の方へ向き直る。性格に最も難があるので、今は聖騎士団の手で魔力封じの手枷が嵌められてしまっていた。当然宙に浮かぶことはできず、水を張った大きなタライの中に下半身を浸している。魚の部分は乾燥しやすく、乾くと病気になるか、最悪の場合死んでしまう。ウンディーネとはそういう種族なのだ。
「フリージアちゃん、反省したかしら?」
「ごめんなさい……」
こちらも言葉とは裏腹に不満そうな顔。心から謝っているようには見えない。
嘆息しつつ、もう一度言葉をかける。
「納得できてないみたいね。その調子じゃ南の大陸に帰してあげるわけにもいかないわ」
「えっ、そんな……」
今度は怯えた様子でうろたえる。目尻にじわじわ涙が溜まっていく。それを見た年長者二人は顔を見合わせ、スズランに訴えかけた。
「あの、スズラン様。我らはもう、その娘を許しております」
「どうか寛大なご沙汰を……」
彼等はフリージアが七歳だということを知らず、その事実を教えたところあっさり矛を収めてくれた。流石に幼子相手に怒りを持続させることはできなかったらしい。
しかしスズランは頭を振る。
「子供相手だからこそ、叱るべき時はしっかり叱らなければならないのです」
例の一件、改めて聴取したところやはりフリージアにこそ最も非があった。彼女が人間の街でのルールをきちんと守り、迷惑をかけた二人にすぐに謝っていればこんなことにはならなかったのだから。
「言わなければいけないことを言うまで、私は許しません!」
「だ、だから、ごめんなさいって……」
「相手が違います!」
「……」
内心では理解しているのだろう。彼女は一度も二人の方を見ようとしていない。だからこそスズランは最後の一押しを試みている。
「うああああああ……」
やがてフリージアは泣き出した。涙を零し、しゃっくりのように嗚咽を繰り返しながら、どうにか二人の被害者へ顔を向ける。
「ご……ごえんなざい……ぶづかっで、ぬらしちゃって、すいませんでじだ……」
「あ、ああ。その一言がもらえれば十分だ」
「親にも言わねえでこんな遠くまで来たんだって? 早く帰ってやりな、きっと心配してるぞ」
許しを与え、ホッと息をつく二人。同時にスズランの顔色を窺う。
「……はい、よくできました」
「そんな君にご褒美だ」
「フリージア!」
「えっ?」
ドアが開き、驚いたフリージアや他の二人の目の前でもう一人ウンディーネが入室してきた。フリージアと良く似た顔立ちの妙齢の美女。
「ママっ!?」
「ああっ、まさか中央大陸まで来ていたなんて……」
ようやく見つけた娘を抱きしめ、安堵の吐息を漏らす母親。その背後で彼女をここまで案内した褐色の肌の少年が片手を挙げる。神子のアカンサスだ。
「いいタイミングだったみたいだね」
「ありがとうございます」
ちょうど南大陸を訪問中だと聞き、ウィンゲイトの能力で連絡して大至急フリージアの母を連れて来てもらった。
母親は自ら浮遊を解き、床に額を擦り付ける。
「スズラン様、モモハル様、アカンサス様、此度のこと深くお詫び申し上げます。重ねて娘を保護していただいたことに感謝を。そちらのお二人には謝罪を」
「顔を上げて。娘さんはきちんと謝りましたし被害者である彼等も許しました。もう解決したことなので、これ以上蒸し返す必要はありません。ただ、とてもやんちゃな子のようなので、これからは今まで以上にしっかり見ていてあげてください」
スズランとしてはそれが一番心配だった。フリージアはミナに似ている。こういう子は一旦反省しても、やがて忘れて同じことを繰り返しがち。
「はい、そのように。できるかぎり目を離さないよう気を付けます」
もう一度頭を下げる母親。エルフとドワーフの二人にも礼を言って、魔力封じの手枷を外された娘と共に帰って行った。
ガザニアとカーディナリスも解放され、スズランとモモハル、そしてアカンサスの三人だけが室内に残る。
「今回は、なかなか楽しい旅だったようだね」
「ええ、最後に思いがけないハプニングもありましたし」
「はは……でも、まだ終わってないんだよね」
「そうね」
旅はまだ途中。無事帰るまでが冒険だ。
「船長から貰ったお金があるとはいえ、帰りの旅費には全く足りないわ」
「また、どうにかして稼がないとね」
「いっそ、ここでもう十日間過ごしたらどうだい? 君達二人、帰ったらまたすぐトンボ帰りする羽目になるかもしれないよ。ムスカリ達も喜ぶだろう」
「それもいいかもしれませんね」
シブヤなら求人も多い。自分達二人は街へ出られないが、アサガオ達は外でアルバイトを探せる。
「ランさんの喫茶店でも紹介しましょうか……前に行った時、たしか募集の張り紙が」
「ああ、シクラメンの行きつけの店だね」
「ノイチゴは接客に慣れてるからいいかもしれない」
「モモハル、私達は大聖堂の掃除でもしてお駄賃を貰うとしましょう」
「それくらいしかできそうにないね」
「こら、やめなさい。君達にそんなことをされたら皆が卒倒してしまう。相変わらず神子の自覚が足りないな」
「すいません」
じゃあどうしたものか。魔法で姿を変えることもできるが、何かの拍子に正体がバレた場合、またムスカリとロウバイの説教を拝聴することになる。
「どうしましょ」
「どうしようか……」
悩む二人に、アカンサスはそうそうと何かを思い出して告げる。
「忘れていたよ、さっき彼女にも会ってね。君達の旅のことを話してしまった」
「彼女?」
「スズランさん! モモハルさん!」
突如ドアを開いて大声で呼びかけて来る女傑。銀髪紅眼。片目を偉大な祖先にあやかって伊達の眼帯で隠している彼女の名はユリ。大陸七大国の王の一人だ。
彼女は腰を曲げ、椅子に腰かけているスズランへずいっと顔を近付ける。拗ねたような表情。
「水臭いではないですか! 我が国を通っておきながら私に一言も声をかけてくださらんなど!」
「いや、あの、王都を通るルートではなかったものですから……」
「スズランさんなら連絡の手段などいくらでもありましょう! お報せ下さればこのユリ、友として迅速に駆け付けました!」
そうなるだろうと思ったから報せなかった。
とは、当然言えない。
「聞けばサカタでは地元のヤクザ者と対決し、トキオでも問題を起こした異種族の者共を見事お諫めになったとか! 話を聞いて打ち震えました! 是非、是非とも帰りの旅にはこの私めも加えていただきたい! こう見えて世直しには一家言ある身なのです!」
それも知っている。彼女が城を抜け出し、男装して、城下町でユリタロウと名乗り時々悪漢を退治して回っていることも、その悪漢の大半が彼女を満足させるため臣下の者達が秘密裏に配置しておいたサクラであることも。以前、女王陛下の奇行をどうにかできないでしょうかと涙ながらに相談を持ちかけられたことがあった。
そして、一旦こうと思い込んだら彼女が立ち止まらないこともまた周知の事実。
「感激です! スズランさんやモモハルさんと世直しの旅ができるとは!」
「いや、あの、まだ許可は……」
「頑張りましょう! いつか真なる太平の世が訪れるまで!」
「あいかわらず人の話を聞いてない……」
「彼女のことも叱りつけるかい?」
アカンサスに問われたスズランはいいえと答え、自分に言い聞かせるかのように言葉を繋ぐ。
「あの子達には良い刺激になるかもしれません。ここまでの旅は学びの機会こそ多かったものの、思い描いていた冒険からは程遠かったでしょうし」
「君もアイビーと同じで子供には甘いね」
「初めての弟子ですもの」
「モモハルさん、後でまた手合わせ願います! 宿を継ぐと決めたそうですが、だからといって剣の腕を鈍らせてもいけませんよ! 男の子ならば愛する人々を守れる程度に強くあらねば!」
「さ、三本勝負にしようね。ユリさんとの稽古、回数を決めないと体力が尽きるまで何本でも続くんだもん……ミツマタさんと同じで」
「はっはっはっ、承知いたしました!」
というわけでミヤギ王ユリを仲間に加え、スズラン達の旅の後半戦が始まるのだった。
「あ、でも十日後からですよ。お母様達には通信機で連絡しておきます」
「なんと、それなら私は一旦センダイに帰りますね。公務があるので」
「なら、僕たちと旅に出ちゃいけないんじゃ……?」
「諦めるんだモモハル。彼女はある意味、ミツマタ以上の難敵なんだ」




