歌って踊れる神様
「思えばアイビー様もアカンサス様も、多くの信徒の気持ちを蔑ろにしてきた。そういう意味ではいつでも御姿を拝見できるシクラメン様こそ我々としては最も身近でありがたい存在だと言えます」
これまで宗教家として生きて来て色々思うところもあったのだろう。半分愚痴をこぼすように切々と訴えかけるムスカリ。流石のロウバイも愛弟子の弁舌に肝を冷やす。
「ムスカリ、もう少し丁重に……相手はウィンゲイト様ですよ」
「わかっています先生。しかし、だからこそ最も貴い御方に聞いていただきたい。我々の、神に仕える者の本音を」
手が届く場所に信仰の対象がいる。ならば会いたくなるのは当然。ご尊顔を拝みたくて何が悪い。お祈りだって神像に向かってするより本人に直接捧げたい。この世界を創ってくれてありがとう。そんな感謝の気持ちを目を見て伝えたいじゃないか。彼は大いに熱弁を振るった。信徒達の暴走を止める目的で来たはずの自分が今や最も暴走していた。
けれどマリアは、その言葉を一言一句聞き漏らさぬよう真剣に聞き入り、時々嬉しそうに頷き返す。
やがて彼女も譲歩した。なるほど、この人間の子の言うことは正しい。
「定期的に信徒達に顔を見せましょう。ただしこの村は駄目です。ご覧の通り大勢を受け入れられるような場所ではありません。村の皆も疲れさせてしまう」
「では、その際にはシブヤまでお越しください」
「ムスカリ!」
「神様を呼びつけるなんて……」
「いえ、構いません」
よりいっそう嬉しそうに首肯するマリア。髪が虹色の輝きを失い、表出していた女神の人格が薄れ、再度スズランを主体とする。
「私のホウキならトキオまで一時間とかからずひとっとびです。モモハルも一緒に連れて行きますわ。あなたもそれでいい?」
「うん。僕達だって、たまには村から出ないとね」
あっさり同意する彼。内心、定期的にスズランと二人きりで出かけられる口実ができて喜んでいたりする。
「では、そのように。詳細は後日こちらで協議した上で決め、お伝えいたします。信徒達にはすぐにも喧伝してしまいましょう。連日行列に並んで彼等とて疲れているはず。長く待つ必要が無いシブヤで決まった日時に必ずお二人の顔が見られるとなれば、大半は大人しく帰るでしょう」
「わかりました」
訪ねて来る信徒が少数なら対応できる。彼等が満足して帰り、ムスカリ達の結論が出て、こちらとしても合意できる内容なら結界を張ろう。
最終的に、そういうことで決着がついた。
以来、スズランとモモハルは月二回シブヤを訪れるようになった。初めて自分達が神子だと明かした“お披露目”の時のように、大聖堂のテラスに立って観衆に対し笑顔を振りまく。それだけの簡単なお仕事だ。
ところがそのうち、ありがたい説教をしてくれと頼まれるようになった。モモハルには剣舞を披露してほしいと。
彼は楽しんでいたが、スズランは正直言ってこれを苦手に思った。偉そうなことを語るのは性に合わない。もちろん人々が神に威厳や導きを期待しているのもわかっているのだけれど。
(月二回にしたのは失敗でしたね。次で八回目……流石に話のネタがもう無い)
軽い世間話ならともかく、お説教となるとこちらも話題の取捨選択に気を遣う。今さらながら毎週の礼拝時に必ず新しい話をしてくれる村の司祭様の凄さを思い知った。
悩んでいるとマリアの意識に提案される。
【ねえスズラン、こういうのはどうかしら?】
【あ、それいい。私もやりたい】
ミナまで同意する。
「そんなことして怒られません?」
スズランはそれが心配だった。ムスカリはともかくロウバイはなるべく怒らせたくない。彼女の説教と村の衛兵隊長ノコンの訓練だけは絶対に避けたい。
【大丈夫よママ。私達が元いた世界でも新しく作った世界でも、いつも“ライブ”は盛況だったじゃない】
「まあ、たしかにそうね……」
マリアの記憶を参照するスズラン。信徒達が喜んでくれるならロウバイとて激昂したりするまい。彼女はそう結論付け、早速必要な衣装を自作し始めた。
そして、月二回の顔見せ当日。
「みんな! 今日は新しい趣向を楽しんでいってね!」
モモハルの剣舞が終わった直後、唐突に音楽を流すスズラン。サプライズなので演奏家などは雇っていない。その身に宿した六柱の影に協力してもらい記憶の中の楽曲を魔法で再生しているのだ。
この世界にはまだ存在しなかったジャンルの軽快なメロディーが鳴り響く中、三柱教が用意してくれた威厳を醸し出す衣装も発光して瞬間的に自作の衣装と入れ替わる。
いわゆる、アイドル風のそれに。
「最初の曲はマリア・ウィンゲイトが学生時代、落ち込んだ時なんかに聴いていた曲です。それでは、お聴きください──『私の彼は、ちょっと抜けてる幼馴染』究極シャウト熱唱バージョン!」
──ムスカリ達に「主神の威厳が損なわれます! どうか今回限りで!」と泣きつかれ、ロウバイから長いお説教を喰らう羽目になったのは、それから二時間後のこと。
しかし二時間のライブで激しく盛り上がった信徒達は、ことあるごとに「もう一回!」とリクエストするようになった。
再び女神がステージに立ったのか否か、それは後の歴史書にも記されていない。しかしココノ村ではこの事件以降、歌とダンスの練習をする彼女の姿が頻繁に目撃されたという。真偽のほどは、神様にでも聞いて欲しい。