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最悪の魔女スズランAfter 幸せはまたやって来る  作者: 秋谷イル
11.Life has its ups and downs(上り)
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はた迷惑な三つ巴

「おーい、嬢ちゃん達。トキオが見えたぞ!」

 船員の一人に呼ばれ、昨日と同じく甲板の掃除をしていたアサガオ達は右舷に移動してみる。

「おー、あれがトキオかあ」

「おっきー」

 まだかなり遠いが、それでもうっすら街の姿が見えた。高い建物が多いからだ。それもタキアのようにぽつぽつとではなく、林のように高層建築が立ち並んでいる。初めて見る大都会に感嘆の声を上げる姉妹。

 一方、一昨年まであの国の一角に住んでいたノイチゴとスズランは目を細める。

「もどってきたね」

『そうね』

 スズランの場合は懐かしさでなく、子供達が自力でここまで来てくれたことに対する感動を覚えての表情だった。




「はい、お給金」

「えっ、これ……」

 船長から現金を渡されて驚くアサガオ。乗る前に交わした契約では、働いた分の報酬は全額船賃と相殺ということになっていた。

 船長は丸めて懐に仕舞っていた昨夜のデザイン画を取り出す。

「これを描いてもらっただろう? イヌシデ君だったか、そっちの着ぐるみの子の料理も美味しかったし、うちのコック達もその働きぶりに感謝していた。小さい子達ももう一人の着ぐるみの子も真面目に働いてくれたからね。その分だけの適正な報酬を上乗せしたんだよ」

「船長……」

 そうか、やっとアサガオは察する。素人の自分に急に制服のデザインをしてくれなどと頼んで来たのはこのためだったんだと。

「それだけあればシブヤへ馬車で行ける。昨夜治安は良い方だと言ったが、それでも悪い大人はいる。気を付けて行きなさい。金が無ければ教会を頼るといい。巡礼者なら面倒を見てもらえる」

「わかりました。あの、本当にありがとうございます」

 頭を下げ、最大限の敬意を払う彼女。妹達も同じくお辞儀した。

 荷の揚げ降ろしは済んでいるため、後はしばし休憩し、その間に必要な手続きを済ませ出航するだけ。だから他の船員達も船長の後ろに並んでいる。モモハルの力による干渉があったとはいえ、またしても良い出会いに恵まれた。

 スズランは、今この場で彼等に礼をすることに。

『船長、一つお願いが』

「ん、なんだね?」

『船にもお別れを言いたいので、もう一度だけ乗船してもいいですか?』

「なんだ、そんなことか。もちろん構わない」

『では』

 スズランは一旦船上へ戻り舵輪に触れた。そして一瞬だけ七色の光を放ち、その輝きを触れた場所から注ぎ込む。

「むう? 気のせいか、何かが光ったような……」

 ついて来た船長が目を擦って瞬かせる。何をしたかは、このまま秘密にしておこう。

『ありがとうございます。それではごきげんよう』

 この船が沈むことは世界が滅びるまでけしてありえない。なにせマリア・ウィンゲイトが加護を授けたのだから。


 ──どんな嵐に遭っても絶対沈まず、破損してもいつの間にか勝手に直っている不思議な船があると世間で噂になり始めるのは、これから数年後の話。




 さて、この旅の最後の一悶着は港から手近な駅馬車乗り場へと向かう途上で起きた。

「寄るな毛むくじゃら! 貴様ちゃんと風呂に入ってるのか? 臭くて敵わない!」

「なんだと、やせっぽちのひょろ長! お前こそ、おがくずみたいな匂いがして男なのか女なのかもわからんわ!」

「なにい!?」

「やるかあ!?」

「まったくう、陸に住む生き物はどいつもこいつも狭量ね。狭っちい場所に住んでるだけあるわ」

「何をぬかす! そもそも、お前が事の発端じゃろうがい!?」

「そうだ、よく考えたらまず君が我々に謝罪すべきだろう!」

「何よ、あなた達が邪魔なところにいたのが悪いんじゃない」

「我々は単に道を歩いてただけだ!」

「この魚娘、反省する気が無いなら捌いて干物にしてやろうか!?」

「やれるもんならやってみなさい。ここはまだ海の近くなんだから、あんた達なんか嵐で陸に打ち上げられたヒトデみたいにけちょんけちょんにしてやるわ!」


 なんと、エルフとドワーフとウンディーネが往来で睨み合っている。

 最近ようやく大陸間の、そして異種族間の交流が再開されたとはいえ三者とも千年近く隔絶していた種族なので周囲の人々は警戒しつつ遠巻きに見守るばかり。


「お、おい、誰か止めろよ……」

「無理無理無理無理」

「エルフとウンディーネはみんな魔法使いなんだろ?」

「ドワーフもすごい怪力だって聞いたわ」

「警察どころか軍の連中でも歯が立たないんじゃないか……シブヤから聖騎士団に来てもらうしかないだろ」

 実際、下手に介入しても大怪我する可能性が高い。かつて五大種族と呼ばれただけあり、彼等はいずれも強力な戦士だ。人間もその五大種族の一角ではあるものの、他の四種族と違って個体差が大きすぎる。対抗できるとしたら聖騎士や一部の魔法使いだけ。

「クマねえ、あれ」

『止めないとまずいわね』

 何があったか知らないが三者ともかなり頭に血が上っている。このままでは本当に市中で死闘を始めかねない。

 流石に彼等の相手をヒルガオやノイチゴにさせるわけにもいかず、スズランが代表して止めに入ることにした。モモハルにはいざという時のためにノイチゴ達の近くに留まってもらう。


『皆さん、少し落ち着いて下さい』

「ん?」

「なんじゃあ?」

「なに、あなた?」


 突然割り込んで来たクマの着ぐるみを見て一様に首を傾げる彼等。エルフは金髪緑眼の男性。最初に言い合っていたドワーフが言うように中性的な顔立ちをしている。見かけは二十代だが≪情報≫の力を借りて解析してみたところ百と十八年生きていると出た。千年程度の寿命に設定したエルフという種全体からすると若者だが、人間ならとうの昔に老成しているべき年齢である。

 ドワーフの方は五十七歳らしい。年相応の外見。とはいえこちらも三百歳程度まで生きられる長命種なので、やはりまだ若者と言っていい。ちなみにドワーフは女性でもヒゲがフサフサな上、体型も男女でほとんど差異が無い。なので声を聴くまでは性別が判り辛い。女性ならいくらか高い声になる。

 最後にウンディーネは、なんと七歳だ。見かけは十四、五歳の少女なのに実年齢はノイチゴより下。彼女達の寿命は一部の例外を除いて人間とほぼ同じ。ただし成体になるまで半年とかからず、その後は死ぬまで若々しい姿を保ち続ける。また女性しか生まれず単為生殖で数を増やす。人間、エルフ、ドワーフなど近しい種族との間に子を生すことも可能で昔は人間とのハーフがかなりの数いた。人間の男性から見ると彼女達の容姿は魅力的に映るらしい。反面、エルフやドワーフが彼女達と子を生すことは滅多に無い。

 ちなみに例外とは“女王”と呼ばれる個体のこと。代々の女王だけは他の数倍の寿命を持ち、極めて強大な魔力を有する。北の決戦時にもいて、戦後に一度だけこちらから訪問した。当代の女王は温厚な性格で聡明な女性だったが、この目の前の少女は気の強そうな顔立ちで言動の端々に年齢相応の幼さも見て取れる。


『周りをよく見て。こんなところで戦ったりしたら他の方々に迷惑ですよ? だから落ち着いて話し合いましょう。私が仲裁しますので、まずは何があったか教えてください』


「うっ……」

「いかん……」

 スズランの言葉にエルフとドワーフは顔色を変えた。気付かぬうちに衆人環視に囲まれ注目を集めている。たしかにこれは色々まずい。特別に許可を貰って海を渡って来たのに台無しになってしまう。

「すまん、頭に血が上っておった……」

「ごほん、申し訳ない。君の言う通りだクマの少女。少女……かな? まあ、なんにせよ止めてくれてありがとう。危うく恥を晒すところだった」

 流石に長く生きているだけあって、この二人は話せばわかる人物らしい。ところが折角鎮火しかけていた火にウンディーネの少女が油を注ぐ。

「そうそう、そーいう風に殊勝に謝ればいいのよ、おじさん達」

「な、なんだと!?」

「だから、そもそも一番悪いのはお前じゃと言うとる!」

「フリージア悪くないもん。ただ泳いでただけだし」

「車道のど真ん中でな!」

「馬車にぶつかりそうになって慌ててよけたせいで私達を巻き込んだだろう! つい先程のことなのにもう忘れたのか? 見ろ! まだびしょ濡れだ!」

 なるほど、そういうことか。スズラン達もようやく事の発端を知る。ウンディーネは上半身が人間の女性、下半身が魚という種族だ。水の精霊と相性が良く、強い魔力も有しているため陸上を移動する際は空中に水流を生み出し、その中を泳ぐ。

 まだ幼く人間の社会についても無知な彼女は、本当にただ無邪気に泳いでいただけなのだろう。その結果、たまたま近くを通りがかった者達に迷惑をかけた。

 問題は相手がよりにもよってエルフとドワーフだったこと。なんたる偶然か。あるいは、必然?

 スズランは振り返って幼馴染にジト目を向ける。


『ごめん……ほんとごめん……』


 ノイチゴ達の“冒険したい”という願いを叶えたかった結果か、もしくは彼自身もまた心の中でそれらしいトラブルを望んでいたからなのか、またしても能力によってこういう運命を引き寄せてしまったようだ。

(小さかった頃に危惧していた事態が次々起こり始めている。まさか成長してからの方が問題になるなんて)

 世界が平和になった反動とでも言うのだろうか? これからも同じことが続くようならウィンゲイトの力で願望実現能力を封じなければならないかもしれない。


 ともあれ、まずはこの場を収めることが先決。


「もう我慢ならん! 真っ二つにしてやるっ!」

「こっちのセリフよヒゲもじゃ! 金色ワカメと一緒に海の藻屑になりなさい!」

「ちょっと待て! その金色ワカメとはまさか私のことか!? い、言うに事欠いて、この半端者! 人間もどきで魚もどきのくせに!」

「あっ、それ私達ウンディーネに言ったら一番駄目なやつ! 差別的! いーけないんだいけないんだ! せーんせいにいってやろ!」

「子供かっ!」

『子供なんです。あの、この子はまだ幼いので、お二人とも今一度冷静になって。貴女も迷惑をかけたなら素直に謝らなくちゃ駄目よ』

 再度仲裁に入るスズラン。けれど、今度こそ彼等の怒りは収まらない。

「引っ込んでろ人間! いや、人間かわからんがとにかく邪魔だ!」

「一緒に真っ二つにされたくなかったら消え失せろ! それとも、お前もあの魚娘の仲間か!?」

『いえ、私は通りすがりの魔女です』

「魔女? はっ、人間の魔女ごときが首を突っ込むと痛い目を見るぞ!」

「やるんならまとめてかかって来い! ワシは全身護符で固めておるから魔法なんぞ怖くないぞ!」

「面白~い! エルフとドワーフが水中で何分呼吸できるのか確かめてあげる!」

「まずい、おっ始まる!」

「おい君たち逃げろ! 近くにいたら大変なことになるぞ!」

 流石に異種族同士の戦闘なんてものを見るのは初めてだが、都会の人間は魔法使い同士の諍いになら慣れている。いよいよ危険だと悟るやいなや素早く逃げ出す見物人達。邪魔者がおおむね去ったことで睨み合っていた三者も構えを取る。

 エルフとウンディーネの魔力が輝きを放ち、ドワーフの斧もギラリと光った。一触即発の空気が流れる。そこへ──

『あ、やばい』

 慌てるモモハル。妹達を背後に庇い、邪魔だから村に置いて来た剣を能力で取り寄せる。こうなったら自分でも止められるかわからない。

『スズ、落ち着いて!』

「な、なんだ?」

「え?」

「地震か!?」

 突如地面が揺れ始めた。トキオを含む森東地方は地震の群発地帯なので珍しい現象ではない。しかしエルフとウンディーネにとっては慣れない事態。戦いを忘れてうろたえ出す。

「う、うおお、本当に地面が揺れている」

「わあっ、これ、どうなるの? どうなっちゃうの?」

 訂正。ウンディーネのフリージアはどちらかというとはしゃいでいた。空中に浮かんでいるため直接揺れを感じないのだ。だが建物や街路樹が左右に振れるのを見て興味深げに目を輝かせる。

 一人、ドワーフだけが揺れの程度を確かめて冷静さを保つ。

「なんじゃ情けない。エルフやウンディーネはこの程度の地震で驚くのか」

 彼等が住む東大陸も森東地方以上に地震が頻発する。

 だが、だからこそ彼やトキオの住民は微妙な違和感を覚えた。この地震はいつもの自然発生したものと少し雰囲気が異なると。


『……なさい』


 何かをぽつりと呟くスズラン。その瞬間、遠巻きに眺めていた見物人の一人が噂を思い出す。

「そ、そういえばたしか……あの方が怒ると地面が揺れるって……」

「えっ、そんな、まさか!?」

 聴力に優れたエルフが呟きを聞き取り、さっき“人間の魔女ごとき”と言い放った相手の方へ振り返る。

 ウンディーネのフリージアは一足先に気付いて青ざめた顔で固まっていた。

「あ、ああ……やば……やばい……」

 彼女はもう涙目になっている。無理も無い。魔力を感じ取れる人間ならそれだけで相手の正体がわかろうというもの。あの、怒りで漏れ出した魔力を感知すれば。


 パァンとクマの着ぐるみが弾け、下着姿の少女が姿を現す。


【ママ!?】

 ミナが慌てて服を構築してやった。いつもの村娘の格好に戻ったスズランを見て事態を飲み込めていなかったドワーフと見物人達も口と目を大きく開き、顔面蒼白になって悲鳴を上げる。


「スズラン様!?」

「人の話を……ちゃんと聞きなさい!」


 魔法ではないが、居合わせた者達の頭上に雷が落ちた。

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