ムスカリの本音
ようやく騒動が収まったのは、あの決戦の日から七日後のことだった。
「申し訳ありません」
教会所属の魔法使いのホウキに乗り、可能な限り急いでやって来た教皇ムスカリはまず真っ先にスズランとモモハルの前で頭を下げた。スズランの家の中で周辺に信徒達の姿は無い。先んじて派遣した聖騎士団に命じ人払いをさせてある。
「思ったより、時間がかかりましたね……」
予想では三日とかからないはずだった。おかげでスズランの言葉にもついトゲが生えてしまう。隣の椅子に腰かけているモモハルはとっくに夢の中。彼女の肩にもたれかかって眠っている。
「意見が割れましたか?」
背後に控えるロウバイが問いかけた。彼女は彼、現教皇の恩師なのである。
はい、と認めるムスカリ。全ては己の力不足が原因ですと、さらに深く頭を下げて床に額を擦りつける。
「ムスカリさん、そんなことしなくていいですから……」
謝罪よりも説明が欲しかった。
スズランに促され、ようやく経緯を語り出す彼。
「スズラン様とモモハル様を、このまま村に留めるべきか否か……つまり今一度シブヤにお招きすべきかどうかで意見が真っ二つに割れました」
「やはり……」
嘆息するロウバイ。スズランも三日目が過ぎたあたりで想像がついていた。大方そんなことになっているのだろうと。
「お二人の悲願は以前の暮らしに戻ること。それは皆、わかっていたのですが」
しかし、このような事態が起きてしまった。それならやはりシブヤで暮らしていただくべきだ、その方がお守りしやすい。そんな意見と、あくまで神子である二人の意志を尊重すべきだとする意見とがぶつかり合い、結論が出るまでに長い時を要してしまった。
いや、正確に言うと未だ結論は出ていない。結局のところ当事者抜きでは出せない答えだと昨日の夜にようやく気が付き、こうしてムスカリが代表して村を訪れたというわけである。
「この二年、私は間近でお二人を見て参りました。いつかはココノ村へ戻りたい、何度もそう申されていたことを知っております。戦いの後シブヤではなくこちらへ直接戻られたのも、そのお気持ちの表れでしょう。
しかしながら反対する者達の言葉にも理があります。御身らには安全な場所で暮らしていただきたい。そんな想いが私の中にもあり、お二方に聞けば早いものを無為な議論に時を費やしてしまいました。誠に申し訳ない」
「ああもう、真面目な人ですね」
世界が滅亡するかもしれないと知り、一時期自暴自棄に陥っていただけに、その反動で責任感が強くなったようだ。元々こういう性格だったのだとは思うが、おそらく悪化してしまっている。
立場や振る舞いに責任を持つのは良いことだと思う。けれど度を過ぎれば相手にとっても重荷となる。スズランは彼のそんな態度から自身が今すべきことを理解した。
「結界を張ります」
「……結界、ですか?」
顔を上げ、眉をひそめるムスカリ。背後でロウバイとナスベリも同様の表情を浮かべる。
「スズランさん、それは……?」
「私から説明します」
急にスズランの雰囲気が変わり、彼女は立ち上がった。支えを失ったモモハルがガクンと倒れそうになり魔力の糸で支えられる。
「ふがっ?」
「モモハル君、君にも聞いてもらいたいので、申し訳ないけど起きていてね」
「あ、はい」
眼神の神子である彼は何が起きたのか寝ぼけ眼でも瞬時に察した。
少し遅れてロウバイ達も理解する。スズランの髪と瞳が虹色になったことで。
「ウィ……」
「ウィンゲイト様!?」
「ッ!!」
元々叩頭していたムスカリだけでなく、ロウバイとナスベリも膝をついた。そんな三者とモモハル、全員の顔が見える場所まで移動して彼女は語り出す。
彼女、すなわちスズランの中から表出したマリア・ウィンゲイトの意識がだ。
「三人とも顔を上げて。私に対しそのような態度を取る必要はありません。知っての通り、堅苦しいのは嫌いです」
「は、はい……」
「そちらの椅子に座って。ちょうど三脚空いています」
促され、言われるがまま座る三人。それを待ってマリアは言葉を続ける。
「今の私はあの決戦の時ほど力を振るえるわけではありません。あれはあくまで並行世界の“私達”が集結して因子を束ねられたがため。
とはいえ、この村に“招かれざる客”を近付けない程度のことならできます。私やモモハル君の顔を見たいなどという理由で訪れる者は一定以上の距離から近付けなくなる結界を張りましょう。魔法使いの森にアイビー社長が施したのと同様の術です」
「そんな……可能なのですか?」
驚くロウバイ。彼女の師アイビーは契約している盾の神テムガミルズの力を借りて魔法使いの森の惑わしの結界を張ったと聞いている。だが、あれは時空間に干渉する類の術だ。マリア・ウィンゲイトの能力とは系統が違う。
「先生らしくもない、お疲れですね。精神干渉の力でも同じ結果は得られますよ」
「あ……なるほど」
たしかに、これ以上は村へ近付けないとそう思わせればいいだけの話。指摘通り自分もかなり疲労が溜まっているらしい。
「それに≪時空≫もね、使えるのよ、彼女に頼めば」
「彼女?」
ナスベリが首を傾げた途端、スズランの隣に若い女が一人現れた。この場の全員初めて見る顔。
「なっ!?」
「誰ですか……?」
「あ、あの時の人……」
ただ一人、モモハルだけがやはり正体を見抜き身構える。すると謎の女はぺこりと頭を下げた。
「ごめん、痛かったでしょう」
「あっ」
その一言でナスベリ達も察する。先日の決戦でモモハルと長く戦い、そして彼を激しく痛めつけた相手と言えば──
「じ……時空神!?」
「時任 要です。もちろん私は、その再現に過ぎませんが」
驚く彼女達の視線の先、要の隣でマリアは虹色に変化した髪を指差す。
「彼女だけでなく、私の中には“六柱の影”が全員揃っている。つまりそういうこと」
並行世界から集まった因子を元の世界へ返したことで、始原七柱としての能力の大半は失われた。しかし他の六柱を再現した影を宿すことで、今の彼女は“七柱の力”を全種類操れる。もしかすると、以前よりできることは増えたかもしれない。
「もちろん皆の協力があればだけどね」
「マリア先生の頼みなら私達は断れません。あのまま絶望に囚われて世界を滅ぼし続けるより、再び明日に向かって進むことを選んだ今の方がずっと楽しい。私達はオリジナルと違う。彼女達の記憶に縛られる必要は無い。それに気付かせてくれたおかげです」
時任 要はそう言って微笑み、再び姿を消した。スズランの胸元に埋まった虹色の宝石、その中へ戻ったのだ。
「……お話は理解しました」
しばらく言葉を失っていたムスカリが、立て続けに起きた想像を超える事態にかえって冷静さを取り戻す。
そして言った。
「しかし、それでは彼等は納得しないでしょう」
信徒達は納得できない。むしろ悲しむはず。敬愛する神。目の前に確かに在る信仰対象。これまでは偶像でしかなかった。けれど実体を持ち降臨した神に拒絶されたとなれば、彼等が心に負う傷の深さは計り知れない。
教皇として彼等の代表者として、それだけは受け入れられない。彼は自らの信仰する神に真っ向から戦いを挑んだ。