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夫婦の祝日

「かんぱーい!」

「みんな、おめでとう!」

「おめでとう!」

 村の中央。カエデの巨大樹モミジの周囲にテーブルを並べた村人達は、ジョッキを掲げ隣りにいる伴侶とぶつけ合った。

 今日は十一月二十二日、三柱教が“良い夫婦の日”と定めた祝日である。信仰深い人々の多いこの村では昔から同じように祝ってきた。

 ちなみに正確には三柱教が定めたわけではなく、創世の神ウィンゲイトが人類に伝えた祝い事である。なので犯人は、ここでウェイトレスとして走り回っているスズランの前世ということになる。

「忙しい、忙しい」

「恨むよスズちゃん! こんな日を作っちゃってさ!」

「スズねえのばかあ!」

「ひーん」

「ごめーん!」

 スズランと同じように次から次に料理や酒を運んで走り回る子供達。この日は未婚者が既婚者を祝う側に回り、もてなすのが決まりなのだ。そして少子高齢化が深刻なココノ村には彼女達と衛兵隊くらいしか未婚者がいない。

「モモハルくん! 炒め終わったけど、これはどうするんだい?」

「そっちの鍋に入れて! 中火でアクを取りながら三十分煮込んで!」

「うおお! さ、魚なんか捌いたことないぞオレ!」

「僕がやるから! 食べ終わった食器を持って来て洗って!」

 野外に設営された簡易厨房も戦場と化していた。宿の跡取り息子モモハルが中心となり、衛兵隊の未婚者達が協力して祝いのための料理を準備している。親の苦労を知るため若者が調理を行い出来立ての料理を振る舞うこともこの日の大切なルール。

「ほっほっほっ、美人に酌をしてもらうと酒が進むのう」

「まったくじゃ、まったくじゃ」

「そ、そうですか……わたくし、あなたがたと同年代なのですが……」

 老人達の男衆はロウバイに酒を注いでもらってだらしなく鼻の下を伸ばし、隣りに座る妻に頭を叩かれた。

「じいさん! いい夫婦の日に離婚されたいんか!」

「あんたも!」

 と、口では脅かすものの、この村では離婚は滅多に行われない。さっきも言ったようにココノ村の住民は代々信仰深い。そして彼等の信仰するウィンゲイトは“万物の父”の妻で永遠の愛を貫き通す存在だと言い伝えられている。だからだ。


 ──かつて、婚約者を捨てて外から来た女に走った村の若者に対し皆が冷たく当たった背景には、そういう事情もあった。


「はい、おばあちゃん!」

「ありがとうねノイチゴちゃん」

「久々に開催できて良かったわねえ」

「そうねえ」

 若者達に感謝しつつしみじみ頷く婦人達。もう十数年、このような盛大な“良い夫婦の日の祭”は行われていなかった。なにせ若者がいない。サザンカとレンゲ、そしてカズラとカタバミならいたが、どちらも既婚者で祝われる側だ。普段から村を守ってくれている衛兵隊には頼み辛いし、幼いスズラン達にこんな重労働をさせるわけにもいかない。

 だが、そのスズラン達は今や大きく頼もしく育った。しかもアサガオら三姉弟まで来て人数も増えた。そこで世界が崩壊を免れてから一年経った祝いも兼ね、久しぶりに祝祭を催すことになったのである。

『どうぞ、ウメ様』

「こちらの食器はお下げします」

「ありがとうね、モミジさん、メカコさん」

 村の最長老ウメの世話を焼いているのは、枝を自在に動かせるモミジと、そのモミジが精神波で操作していることは秘密のメイド型ホムンクルス・メカコ。どちらも当然未婚なため接待側に回っている。

「あ〜、たのしい」

「初めてこっち側になったけど、いいもんねえ」

「しかも息子が作った飯となりゃ、なおさら気分が良い」

「ははは、そうだろうね」

 スズランとモモハルの親達も、ようやくもてなされる側に回ってのんびり祭を楽しんでいる。今のスズラン達と同じ頃には彼等も散々こき使われたものだった。

 愛娘に注いでもらったワインを傾けつつ、カタバミは早くもとろんとした目で子供達を見つめる。

「これってさ〜、若者に“接待するのが嫌なら早くされる側に回れ”って、そう言ってるお祭りなのかもね〜」

「なるほど、そうかもしれないわ」

「ああ、でも、まだスズはお嫁に出したくな〜い」

「気が早いよカタバミ」

 苦笑しつつも声と表情は固いカズラ。彼も内心では同じことを危惧している。

 一方、さっさとスズランに嫁に来てほしい夫婦は別の心配を抱く。

「でも、気になるのよね」

「なにがだ?」

「スズちゃんはマリア様でしょ? なら、スズちゃんは“万物の父”に永遠の愛を誓っていて、それを今後も貫くってことなんじゃない?」

 言われて初めて気付いた他の三人はハッとする。カタバミの酔いも若干醒めた。

「そ、そういえば……」

「その可能性もある、ね……」

 でも、それもいいかもと考えてしまう親馬鹿な二人。

 逆にサザンカは焦って立ち上がる。

「だ、ダメだダメだそんなの!」

「ちょっと、何する気?」

「スズちゃんに訊いてみるんだよ! そこんとこどうなのかってよ!」

「呼んだ?」

 ちょうど近くを通りがかったスズランが駆け寄って来た。慌てて「違うのよ」と笑顔で押し返すレンゲ。同時に夫の足を踏んで馬鹿な質問を封じる。

「ご……ぐ、お……」

「あの、レンゲおばさん……?」

「なんでもないの、ほら、クロマツさんが呼んでるわ」

「う、うん」

 不可解そうな表情で去って行くスズラン。レンゲは夫を座らせ、以前スズランから直接聞いた話を思い返す。

「スズちゃんとマリア様は別よ」

「あっ」

 カタバミの中にも記憶が蘇った。スズランはたしかにマリアの生まれ変わりで、彼女の中には女神の記憶と人格が宿っている。けれど、あくまで二人は別人なのだと。

「ならまあ、心配いらないか……」

「そうよマリア様だもの。自分の生まれ変わりがうちの子と結婚するくらい笑って許してくれるわ」

「そ、そうか……」

 納得したサザンカも再び酒杯を手にする。

 ところが今度はカズラが泣き出したではないか。

「いやだあ! まだお嫁に行くのは早い! 早すぎるよお!」

「あっ! あなた、これ飲んだわね!?」

 自分のワイングラスが空になっていることに気付くカタバミ。彼女の夫は一口でも酔うほど酒に弱い。

「もう少し待ってくれえ……まだ、まだあの子と一緒にいたいんだあ……」

「心配しなくても、今すぐだなんて俺たちだって思っちゃいねえよ。十二歳だぞ十二歳」

「そもそも当人達の気持ち次第だしね」

 まあ、うちの子の気持ちはとっくに決まっているんだけど。レンゲは微笑みつつ周囲を見渡す。


 スズラン、モモハル、ノイチゴ、アサガオ、ヒルガオ、ユウガオ──そしてまだ二歳児だがショウブ。

 さらにロウバイ、ノコン、トピーを始めとする衛兵隊の若者達。ここにはいないがナスベリにクルクマ。


「さあて、次は誰がこっち側に来るのかしらね」

 結婚は人生の墓場だと言う者達もいるが、信仰深く、なおかつマリア・ウィンゲイトの生まれ変わりがいるこの村では少し異なる。


 ここでは、結婚とは墓場まで連れ添うことを言うのだ。

 そんな夫婦になってくれることを、そして自分達もまたそうあることを切に願う。

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