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釣りの真実

「ほれほれ、そんなこっちゃいつまで経っても戦場にゃ出られんぞ」

「出る気ないし!」

「戦争はしないもん!」

 言い返しつつ、ヒルガオとノイチゴは覚えたばかりの魔力障壁で懸命にミツマタの振る木剣を防ぎ続けていた。ついでに二人の訓練にも付き合ってもらうことにしたのだ。

 彼女達の場合、単純に魔力の弱さで障壁が小さい。なのでミツマタにとっては他愛無い相手だ。時々するっと防御をすり抜けて直接体に打ち込む。

 もちろん木剣の腹でぺんと叩く程度で済ます。スズラン相手のように本気を出したりはしない。

 それに、流石にさっきのあれには肝を冷やした。まさか自分相手に障壁を解除するとは。あんなことの後では彼とて戦意を削がれてしまう。

(おいは、いつだって強か奴には本気でかかっていく)

 それが当たり前のことだと教えられてきた。強者相手に手を抜くのは失礼だと。

(なのに、なんであんなことになった?)

 殺すつもりで打ち込んだ。スズラン相手ならそれでちょうどいい。でなければ、ただの人間に神子の稽古相手など務まらない。

 だというのに、いざ殺せるとなったら攻撃を逸らしてしまった。スズランにはああなることがわかっていたのだろうか?

「ふうむ……」

 稽古にも、あの行動にも何かしら意図があったはずだが、答えは教えてもらえなかった。これ以上は自分で考えろと言いたいらしい。

「む、むかつく!」

「考えごとしてるくせに強い!」

 半泣きで防御に専念する少女達。反撃の一つもしたいのに受けるのが精一杯で全く糸口を掴めない。これが大人の力。そして、そんな彼を手玉に取るのが自分達の師匠の実力。

 絶望的な差。けれど二人はめげない。

「ううう、ぜったいに一本くらいはとってやるんだから!」

「ちょっとタイム! ヒルガオちゃん、いい? ここはいっそ──」

 待ったをかけて距離を取り、作戦会議を始める二人。そのタイミングを待っていたスズランがミツマタへ近付き、話しかける。

「どうです? あの二人は」

「負けん気の強さだきゃ合格じゃ。大きい方は器用じゃの。相棒の隙をたまにカバーしてやっとる。ノイチゴは勘がええのかフェイントにほとんど引っかからん。魔力はへっぽこでも、ありゃあ強くなるぞ」

「もちろん。私の弟子ですもの」

 得意気に胸を張るスズラン。そりゃあ強くなるのも当然かとミツマタも笑った。そこへ今度はアサガオと弟のユウガオが声をかけてきた。

「王様、じゃがいも食う?」

「芋?」

「うちの畑で父さんとコイツが育ててんの。いっぱいとれたし皆で蒸して食おうってことになって」

 ぽんと弟の背中を叩くアサガオ。ユウガオはおずおずと、手に持ったザルを差し出してきた。蒸し芋がたくさん乗っている。

「ど、どうぞ……」

「ほう、おまあが育てた芋か、ぼうず」

「うん」

「姉ちゃん達は魔法を習って頑張っとるが、おまあは魔法使いや剣士になろうとは思わんのか?」

「……」

 ミツマタの質問に、傷付いた様子で俯いてしまうユウガオ。

 アサガオが代わりに怒る。

「オッサン、芋無しね」

「まあ待て」

 理由はわかる。だが誤解だ。

「ぼうず、畑仕事は好きか?」

「うん……」

「なら、しゃきっとせんか。おまあはやることを決めたんじゃろ。胸張ってその道を全うすりゃええんじゃ」

「!」

 驚いて顔を上げるユウガオ。てっきり、男なら強くなれと言われるものだと思っていた。生まれ故郷の街では、よく周りに弱虫と蔑まれていたから。

 ミツマタは屈み込み、目線を合わせて尋ねる。

「どこぞの悪ガキどもに馬鹿にでもされたか? なら、そいつらの方が馬鹿たれよ。気にするな。食い物を作る人間がおらなんだら、兵士も魔道士もみな飢え死にする」

 農民は偉い。前線で戦う兵士となんら変わらない。身を置く戦場と戦い方が違うだけ。

「その若さで己が道を決めとるとは、おまあも大したやつぞ。この村の童どもはどいつもこいつも良い面構えをしとる。我が国の連中にも見習わせたい」

 自分に堂々と口答えしたアサガオも含め、気に入った。王様の顔になった彼は、同時に吹っ切れた様子で立ち上がりスズランに告げる。

「明日にゃあ帰る」

「あら、意外」

 彼のことだ、今すぐ帰ると言い出してもおかしくないと思っていた。

「スイレンはまだ若い。おいは、そのことを忘れとった。お前さんの言いたかったことがこれかどうかは知らんが、とにかく急かさずに待つとする。無理強いなぞしてヘソを曲げられちゃ敵わんしの。忘れられても困るから求婚は定期的に続けるが」

「それがいいでしょう」

 スイレンには時間が必要だ。そしてミツマタにも。戦狂いの彼が堪えて待てば待つほど、誠意と愛情を示すことができるはず。

 直後、ノイチゴとヒルガオが戻って来た。そしてまた果敢に勝負を挑む。

「作戦どおりに!」

「うん!」

 前面に出るヒルガオ。その後ろで呪文を唱えるノイチゴ。なるほど、完全に役割を分担することにしたらしい。

「ははっ、よかぞ! なんでんやってみよ、受けて立っちゃる!」

 嬉々として木剣を振るうミツマタ。その姿を見たアサガオは頭を掻いて呟く。

「なんかさ、意外と……いい人じゃん」

「うん、戦争さえしたがらなければ、ただの面倒見の良いおじさんだよ」

 問題はそんな彼の真実がスイレンには伝わっていないと、彼や彼女の周囲の人々が思い込んでしまっていること。

 釣り人は水面の下に魚がいると信じて釣り糸を垂らす。見えない世界を糸から伝わってくる微かな感触を頼りに探る。


 大切なのは、相手を信じる勇気。


(ミツマタさんの方がずっと歳上なのですし、スイレンさんが自分の本心に気が付くまで、信じて待ってあげてください)

 ちなみに、ミツマタの祖父が同じような理由で彼に釣りを薦めたのかどうかは知らない。カゴシマ人の思考を理解するのは女神にだって難しい。




 数日後、国へ戻ったミツマタは久しぶりに釣り竿を担いで祖父から教えられた釣り場へ足を運んだ。城から馬で一時間ほど走った山中にある池。周りを鬱蒼とした森に囲まれているせいか風もほとんど吹かず、いつも鏡のように穏やかな水面を保っている。

 とりあえずは、かつて祖父がそうしていたように大きな岩の上にどっかり座って釣り糸を垂らす。

 しばらくしても当たりはなかった。当然だ、餌を付けていない。あの頃の祖父の所業を再現するため、あえて仕掛けも何もせず本当にただ糸と針だけを水面下に落とした。今頃魚達はなんだこやつめと困惑していることだろう。

 彼自身、眉根を寄せる。

(やはりわからんな……)

 祖父は自分に何を言いたかったのか、さっぱり掴めない。

 同じようにスイレンの気持ちも。

(おいの何が不満じゃ? 七王の一人で腕も立つ。申し分なかろうが)

 彼の価値基準は強さ。つまり権力と腕力、そして根性だ。どんな地位にいようと体格や魔力に恵まれていようと、性根が据わっていなければ何の役にも立たない。

 スイレンは、あらゆる点で理想的な女だ。だから嫁にしたい。


『本当にそうか?』

「うん?」


 懐かしい声が聴こえたような? 水面からだったのではと思い、覗き込むと、そこには自分の顔だけが映り込む。

(いや──)

 気が付いた。あの頃の祖父ほどではないにせよ自分もだいぶ老けたと。四十を過ぎたのだから当然か。

 そのせいで一瞬だけ己の顔が祖父のそれに重なって見えた。そして、そんな自分が再び問いかけて来る。


『おまあは本当に、それだけであの娘を嫁にしたいのか? そもそもそれは言い訳じゃと思わんか? そんなに認めるのが嫌なのか?』


 本心を。


「……なるほどのう」

 やっと祖父の言葉の意味がわかった。戦上手になりたければ釣りをしろ。それはつまり、この思い出の場所に来い。そして水面を見ろ。そしたら戦上手の自分が助言をしてやる。

 きっと、そういうことだったのだ。

 目線を上げ、本当に祖父の魂がいるはずの天を仰ぐ。

「ありがとなあ、じじどん。おかげで己の本音に気付けた。おいは、ただ単にあの頑固な娘っ子に惚れてしもうただけだったんじゃなあ」

 氷の大陸で、霧に包まれた異界で、肩を並べて戦い憎まれ口を叩き合ううちにすっかりまいってしまっていたのだ。スイレンは身も心も美しい。自分にとってはこの世の誰よりもずっと。

 しかし、格好悪いから別の理由を探して求婚を申し込んだ。

「しくじったのう……」

 最初から本心を伝えていたなら、あるいは──いや、過ぎたことなぞ悔いてもしかたがない。

「とりあえずは、待ちじゃ」

 スズランにもロウバイにもそう約束した。まだ恋心を自覚したばかりで内心を整理しておきたい気持ちもある。スイレンにだって時を与えてやりたい。

 しかし、なにより──

「生まれて初めての惚れた腫れたじゃ。一生にいっぺんしかなかろうし、せいぜい楽しむとしよう」


 なにせスイレン以外を娶る気は、これっぽっちも無いのだから。

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