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魔女と凶刃

「そうですね……もうしばらく、待ってみるのがよろしいかと」

「待つ? ロウバイさんもそう言うとったが、ただ待っとるだけで何が変わるんじゃ?」

 なるほどロウバイとも手紙のやり取りをしているらしい。なら彼女も自分と同じ結論に至ったのかもしれない。

「ミツマタさん風に言えば、攻めるばかりでは勝てないということです」

「ほう」

「押して駄目なら引く、とも言うでしょう。私はスイレンさんにもミツマタさんにも、少しばかり考える時間が必要だと思いますよ」

「考える……とは?」

「それを教えるのは公平ではありません。きっとロウバイ先生も必要以上のアドバイスはしていないでしょう」

 やはりミツマタのみならず、スイレンに対しても、だ。

「ふむ……」

 腕を組み、考え込むミツマタ。

 食事の手を止め、魔道士が訝しむ。

「大将、どうしてスイレン殿の他に嫁を取らんのです? むしろ、あの御仁を娶るなら先に普通の嫁を貰っておいた方が良くありませんか?」

 どういう意味? 眉をひそめたスズランを見てミツマタが説明する。

「カゴシマじゃ重婚ば認めとる。ただし二人目からは、ちょっとした儀式をこなす必要があっての」

「儀式?」

「それまでの嫁全員と戦って勝たねばならん。その場合のみ重婚成立じゃ」

「なるほど……」

 ならスイレンを第一夫人にしてしまうと新たに側室を迎えることは難しくなる。彼女の力量は間違いなく、このカゴシマ最強の戦士を上回っているのだから。王の後継が欲しい周囲の者達にしてみれば、むしろ彼女を側室にと薦めたくもなるのは道理。

「別にええじゃろ、うちは実力主義じゃ。仮においが子を作れんかったとしても、そん時に一番強い奴に跡ば継がせよ」

「たしかに掟じゃそうなっとりますが、ここ二百年ほど大将の一族以外から王は出とらんじゃなかですか。皆、次にも期待しとるのですよ」

「おいだってスイレンとの子に期待しとるわい」

 嘆息したミツマタは、また黙り込み、やがてポツリと呟く。

「おいのじじどんは釣りが好きじゃった」

「へえ、うちの父さんと同じだ」

 他に客もおらず暇になったのだろう。鍋を火から下ろしたモモハルはテーブルについて会話へ加わってきた。

「ほうか、サザンカさんも釣り好きか。なら、じじどんの言ったこともわかるかもしれんなあ」

「何を仰ったんです?」

「戦上手になりたかったら、釣りをしろち言うとった」

「釣りを?」

「理由は教えてくれんかった。しかし、じじどんはたしかに戦の名人でな。だからおいも言われた通り、たまに釣りに出かけるようになった。

 なのに未だようわからん。たしかにあれはこう、魚どもとの駆け引きを楽しめる。釣るための工夫も考えるし、待ってる間ば我慢強さが鍛えられる。

 しかしな、どれも違う気がするんじゃ。なんせ、あのじじどんはいっつもただぼけっと釣り針を垂れとるだけじゃったからな。ボウズで帰ることも多かった。おいとは楽しみ方が完全に違った」

 ミツマタはどこか遠くを見つめる。その目は祖父との思い出を見ているのか、それともスイレンのことを想っているのか。


「なるほど」


 スズランは立ち上がった。ヒントになるかどうかはわからないが、少なくとも気晴らしくらいはしてやれるだろう。

「ミツマタさん、手合わせを願います」

「ほう?」

 すぐに反応する彼。こんな時でも、やはり猛者との戦いには興味を示す。

「スズ……」

「モモハル、心配無いから仕事をなさい。貴方の持ち場はここでしょう」




「久しぶりじゃのう、腕が鳴るわい」

「なんじゃなんじゃ?」

「スズちゃん、何をする気かね」

『ご主人様』

 ミツマタの殺気が皆の注意を引き付けた。村人達が集まって来る。二人のすぐ傍に立つモミジも心配そうだ。

「大丈夫。皆、ミツマタさんは知ってるでしょ。久しぶりに二人で稽古をするだけ」

「おお、七王の」

「あの戦い以来じゃのう」

「さっきのでっかい声はミツマタ様のものじゃったんか」

「この村、教皇だの七王だの、おえらいさんがよく来るよね」

「カッカッカッ! そら、世界のてっぺんがここにおるからの!」

 アサガオの言葉に大笑するミツマタ。笑いつつも腰の刀を躊躇無く抜く。途端に空気が張り詰めた。

「し、真剣?」

「ちょっ、ミツマタ様!」

「大丈夫」

 改めて念を押したのはスズラン。こちらも普段は抑え込んでいる魔力を解き放つ。それだけで突風が彼女を中心に吹き荒れる。

「うおお!?」

「ス、スズちゃんも流石じゃのう……」

「ようし……それでこそじゃ」

 刀を肩に担ぐミツマタ。カゴシマで伝統的に伝えられているジゲン流という刀法の構え。

 それに、あの刀は──

「量産品じゃありませんね?」

「おうよ、アカンサスどんに頼み込んで鍛え直してもらった」

 代々のカゴシマ王は“凶刃”という名の特別な刀を受け継いでいる。遥か昔の魔道士が生み出した魔力障壁を斬る機能に特化した呪物で、神子アカンサスがつい最近複製に成功した。決戦に備え量産されたそれらは、あの戦いで大半が失われたと聞いている。残った一部もアカンサスが回収を命じたにもかかわらず、ほとんど彼の手元に戻って来ていない。普通の人間が魔道士に対抗できるようになる武器だ。どこの国も手放すのを惜しんで隠し持っているのだろう。

 しかしミツマタが持つそれは、紛れもないオリジナルの凶刃。やはりあの戦いで壊れてしまったはずのもの。

(流石アカンサス様)

 量産品は生産効率を高めるため耐久性の面でオリジナルのそれを下回っていた。けれど彼が本気を出せばあの通り、元通りどころか以前より強化されてさえいる。

「これなら、おまぁの魔力障壁も斬れるかもしれん」

「試してみるといいでしょう」

「応!」

 踏み込むミツマタ。凶刃が大上段から振り下ろされ、まずは一合。スズランの魔力障壁と鬩ぎ合う。呪力と魔力がぶつかりあって火花にも似た光を散らした。削り取られた力の残滓。

「スズねえ!?」

「なんでっ!?」

 驚いたのはヒルガオとノイチゴ。魔女として修行を始めた二人には見えている。あえて小さな障壁で刃を受け止めた事実が。

「落ち着いて。言ったでしょう、稽古だと」

 障壁を全周囲展開してしまえば、たしかにどんな角度から攻撃されようと防げる。でも、それでは互いに何の稽古にもならない。

 たとえば六柱の影のような敵が現れた場合、スズランの魔力といえど優位に立つことは難しい。そんな時のために彼女もまた基本的な技術を磨いておく必要がある。魔力障壁は範囲を狭めれば狭めるほど強度が上がる。代わりに相手の攻撃を正確に見切り適切な位置に展開しなければならない。これはそのための訓練。

「二人とも、しっかり見ておきなさい。これが剣士との戦い方よ」

「はっ! おいを教材に使うとは!」

「ご不満?」

「いや、それでよか! 強かもんが増えるのは、おいにとっても嬉しかことじゃ!」

 言葉通り凶悪な笑みを浮かべ、さらに激しく打ち込んでくるミツマタ。一撃一撃本気でスズランを殺そうとしている。その証拠に──

(良い仕事をしすぎです、アカンサス様!)

 障壁を巧みに操り攻撃を防ぎ続けるスズラン。だが、その頬を汗が一筋伝った。凶刃が食い込んでくる。ラウンドシールド程度の大きさまで縮小させた障壁に僅かながらも刃が入る。アカンサスの技術で強化された上、ミツマタの深度が以前よりもさらに深くなっているせいで実は結構危うい。

「流石、カイと戦っただけあります」

 破壊神カイ。彼やユカリと戦った経験が、この男の成長を促してしまったのだろう。

「あれも楽しかったのう! おまあの中に、あのあんちゃんはまだおるんじゃろ? 今度またやろうやと伝えてくれ!」

「かしこまり──ました!」

 初めて反撃に出るスズラン。魔力糸を密かに這わせ地面からミツマタの足を狙った。

 だが、彼はそれを踏みつけてさらに深く踏み込む。

「その手は食わん!」

 これまでの稽古で何度もしてやられた手なのだ、もちろん警戒していた。

 ミツマタはただの剣士ではない。強き者が正義、そんなカゴシマでは大半の兵士が多少ながらも魔力持ち。魔法使いと呼べるほどの力の持ち主は少数だが、魔力障壁や魔力糸を視認する程度のことはできる。彼の場合、魔力障壁を展開できるだけの力もある。

 もちろんスズランの障壁も見えている。攻撃に意識を割いた分、僅かながら彼女の反応は遅れた。その隙をついて横薙ぎに首を狙い一刀を打ち込む。


 ──つもりだった。


「!」

 驚き、目を見開くミツマタ。スズランはギリギリで障壁を操作して弾くだろうと、そう思っていた。ところが彼女は逆に障壁を消してしまう。

「スズねえ!」

「ぬうっ!」

 止めることはできない。そう判断したミツマタは無理矢理太刀筋を曲げ、スズランの頭上に刃を逃した。

「阿呆! っつう……」

 無理に逸したことで筋を痛めてしまった。おかげで殴ることもできず膝をついて怒鳴るに留まる。

 スズランは悪びれることなく微笑み、彼に向かって手をかざす。

「斬らずに済ませてくれると、そう信じていましたよ」

 放射された橙光がミツマタの傷を癒していく。

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