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賢者の安らぎ

 立ち止まった場所は村の中央に立つカエデの大樹の下。この木は皆にモミジと呼ばれており、なんと喋ることも自らの意思で動くこともできる。

 全く人目の無い場所にしようかとも思ったけれど、一旦決意を固めると気が逸って仕方ない。いてもたってもいられず衝動のまま彼を呼び止めてしまった。

「どうなさいました?」


 ──しかし、振り返った彼のその澄んだ眼差しを見るうち、罪悪感が湧き上がって来る。

 自分は彼に対し大きな嘘をついていた。いや、明かしていない以上今もまだ真実を隠し続けている。

 だから言おうとしていた言葉を一旦胸のうちに沈め、代わりに罪の告白をした。


「申し訳ございません……」

「え?」

「わたくしは、あなたに嘘をついております」

「嘘?」

 ノコンの顔に色濃い動揺が浮かぶ。彼にとってロウバイは誰より清廉潔白な人物。世間の多くの人々もそう思っている。そんな彼女がついた嘘とはいったい?

「……この肉体は、わたくしの本来のものではありません?」

「なっ、それは……どういうことです?」

「わたくしは一度死んでいるのです。この場所、ココノ村で」

「は?」

「覚えておられますか? 四年ほど前、この村を襲撃した怪物。あれはとある魔女により操られていたわたくしです」

「ッ!?」

 ノコンの脳裏に巨大な蜘蛛の化け物の姿が浮かび上がる。ココノ村で遭遇した数多くの異常事態。中でもとりわけ印象に残っていた事件だ。昨日のことのように思い出せる。


 あれが、あの怪物がロウバイ?


「しかし、スズラン君やクルクマさんは、あれは魔女の造った兵器だったと……」

「わたくしを庇ってくれたのです。操られていたとはいえ、聖実の魔女が怪物と化し無辜の人々を傷付けたと知れ渡れば、事はわたくし個人の名誉のみならず国際問題にまで発展するでしょう」

「たしかに……」

 事実が明らかになっていたらタキア王はイマリ王国を糾弾したかもしれない。少なくとも両国間に遺恨は残っただろう。

 もっともこれも嘘。本当は単にスズランの正体がヒメツルだと露見させないためだったはず。

 とはいえ自分の名誉を守ってくれようという意図もたしかにあったのだろう。スズランとクルクマをよく知った今、ロウバイはそうも推察する。

「では、今のあなたは……」

「この肉体はビーナスベリー工房が用意してくれた仮の器。私の本来の体から因子を取り出し、錬金術を用いて再現したものです。その際にはスズランさんとクルクマさんも協力してくださいました」

「なんと……あっ、もしやスズラン君がアイビー様の教えを受けるためしばし村を離れた、あの時に?」

「そうです」

 二人はロウバイが命を落とした事件の元凶・才害の魔女ゲッケイの屋敷から特殊なホムンクルス素体を回収してくれた。今の自分があるのはそのおかげ。

「けれど、あなたに隠していた嘘はもう一つあります」

「もう一つ?」

「仮の器の寿命は長くて数年。つまり、わたくしはそれを知りつつあなたに懸想しました。卑劣な話です。すぐに死に別れることを知りつつ、隠し続けてしまった」

「数、年……」

 すでにあれから四年近く経っている。では、ロウバイの余命はもう──

 よろめき一歩後ろに下がるノコン。予想通りの反応にロウバイは再び口を開く。騙していたことを謝らねばならない。けれど、先に言うべきことがもう一つだけある。

 ところが彼女がそれを言う前に、ノコンは驚くべき行動に出た。彼女の肩を両手で掴み、顔を寄せ、驚きで見開かれた目をまっすぐに覗き込む。


「それでも、自分は貴女を愛しております!」

「!?」

 今度はロウバイが目を白黒させる番だ。物凄く大きな声が村全体へ響き渡る。


「あ、あの、ノコンさん?」

「残された時間がどれだけ短かろうと、そんなことは関係無い! 最後の最後、その命が尽きるまで、どうかお傍にいさせてください!」

「そのことなのですが……」

「お、お返事を! 今、どうかお返事を! あなたの命が尽きる前に、私の想いに応えてくださるのか聞かせていただきたい!」

 必死だ。物凄く必死に訴えかけられ、ロウバイは顔を真っ赤にして口をもにもに動かす。

 困った。自分は六十過ぎのおばあちゃんで彼とは親子ほどの年齢差があるのに、やはり、どうしてもこの想いを抑え切れない。

 たまらず自分から抱きついた。ノコンの硬い身体がさらに強張る。全身の熱もどんどん上昇。さらにロウバイの次の一言で人体の限界に達する。


「わ、わたくしも愛しております!」

「お、おお……おおお……」


 感動で打ち震える。彼もこれまでの人生、仕事一筋だった。初めて全身全霊をかけて挑んだ愛の告白。それが実ったのだ。自分達は相思相愛だと確かめられた。

 そんな彼に、ロウバイは抱きついたまま小声で告白する。

「それで、その……すぐに死に別れる心配は、もうございません」

「えっ!?」

「マリア様……いえ、スズランさんの力で肉体を作り変えてもらいました……今は本来の体と同程度の寿命があるそうです。それに……」

「そっ、それに?」

「……こ、子も……産めます……」


 直後、ノコンの体はぐらりと傾ぐ。


「ノコンさん!?」

「子……私と、ロウバイさんの……子……」

 想像だけで目を回してしまったらしい。見た目は厳ついのになんて不甲斐ない。魔力糸で支えたロウバイは先程の彼のように必死になって呼びかける。

「お、起きてください! 今からそんなことでどうするのですか? 愛していると言ってくださったでしょう? わたくし達は夫婦となるのですよ!」

「ふうふ!?」


 ノコンは飛び起きた。

 そして完全に気絶した。

 幸せの絶頂で意識が飛んだ。


「ノコンさん! ノコンさんっ!!」

「な、なんじゃ?」

「騒がしいのう」

「ついに、ついにノコンさんと先生が!」

「本当に!?」

 何事かと外に出てきた村民達、そして衛兵達がロウバイの声を聞きつけて集まって来る。周囲で輪を作り怪訝な顔で覗き込む。

 やがて事情を察すると、誰からともなく手を叩き始めた。

「おめでとうございます!」

「先生、おめでとう!」

「やりましたね隊長!」

「あ、ありがとうございます! でも、とりあえずこの人を起こしてください!」

 ロウバイは真っ赤な顔のまま、羞恥に耐えてノコンの体を揺さぶり続けた。




 ──彼があまりに純情すぎるため、きちんと夫婦として結ばれたのは、これからさらに二年後のこと。

 しかし、後にこの二人は“ココノ村の少子高齢化問題解決に最も貢献した夫婦”として語り継がれることとなる。

 三男四女の大家族で孫もたくさん産まれたからだ。



 ある朝、学校に入ると先にスズランが来ていた。彼女は教壇に立ち、入って来たばかりのロウバイに優しい眼差しを向ける。

 髪と瞳の色はいつものまま。けれどロウバイにはわかった、あれはスズランでなく女神マリア・ウィンゲイトだと。

「先生」

 それでも彼女は、自分を先生と呼ぶ。

「応援してますからね」

「はい」

 ロウバイも微笑み返す。頭を下げる必要は無い。相手がそれを望んでないから。

「わたくしも、応援いたしております」

「スズランを? それとも彼を?」

「両方を。どちらも大切な、わたくしの教え子ですから」

「ふふっ」

 いたずらっぽく微笑み、直後にきょとんとする彼女。

「あら? 先生、いつの間に」

「おはようございます、スズランさん。昨日頼んだ教材は用意できましたか?」

「あ、はい。こちらに」

「よろしい。では、みんなが集まったら授業を始めましょう。今日もお手伝い、よろしくお願いします」

「はい」

 素直な返事を聞きつつ、ロウバイはこっそり微笑む。この世界で最も尊い御方。創世の女神。なのに彼女は気安く出てきて、ちょっとした悪戯を仕掛けてきたりする。見かけの通り子供の如く。


 自由奔放。


 それがマリア・ウィンゲイトの本質なのかもしれない。彼女の生まれ変わりスズランがそうであるように。

 けれど、いや、だからこそと言うべきか。彼女に対する崇敬の念は変わらない。むしろ、いっそう大きくなっていく。


(あなたは全てを愛している。だからわたくしも、あなたを愛しております万物の母よ)


「何か?」

「いいえ、スズランさんは今日も元気ですねと、そう思っただけです」

 ロウバイは、やがて生まれ来る我が子と対したつもりでスズランの頭を撫でた。女神の生まれ変わりの少女は猫のように目を細め、それを素直に受け入れてくれた。

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