ココノ村の受難
『よろしい。カタバミさん、カズラさん、スズランさんをよく見ていてください』
「あ、はい」
「わかりました」
「って、そこは信用してくださいよ。先生に同意したじゃないですか」
『信頼はしています。でも信用となると難しい。スズランさん、あなたは唐突に衝撃的な告白をする人です。二年前のお披露目、そして北の大陸。突然ナスベリさんの前で正体を明かしたことは忘れていませんよ。聞けば先日も村の皆さんに対し同じことをやったとか。いきなり自分はヒメツルだと明かした、そうでしょう?』
「うっ」
またしても痛いところを突かれた。さらに言えば昨日の決戦中もウィンゲイトの転生体だと世界中に電撃告白している。どちらもロウバイは不在中の出来事だったのにいったい誰が話したのか。
多分、ノコンあたりだろう。
『それでは言って参ります。くれぐれも、くれぐれもそこで待っているように。この言いつけを破ったら夏休みの宿題でズルをしたあの時以上のお説教を喰らうと思いなさい』
「了解です!」
それだけは勘弁だ。スズランは慌てて椅子に座る。
神様なのに威厳が無い。両親はそんな娘を嬉しいような哀しいような複雑な顔で見守るのだった。
「まあ」
「スズらしくて、安心はするわね」
しばらくすると信徒達は村から離れて行った。ロウバイの説得に応じ、後日別の機会にということになったわけである。
「ですが、ここからが問題です」
夕暮れ近くになってようやく戻って来たロウバイは、村に一軒しかない宿の食堂に集合した村民達を見渡し、軽く嘆息する。
「急ぎ、テガミドリで教皇聖下に現状をお伝えました。おそらくシブヤに信徒達を集めてスズランさんとモモハルさんのお顔を見せることになるでしょう」
その言葉を聞いたカズラやカタバミ、他の者達はホッと胸を撫で下ろす。
「なんだ、良かった」
「流石はロウバイ先生、見事に解決してくれよった」
「ありがとうございます」
「いえ」
ロウバイは頭を振る。眉間には薄く皺が寄っている。
「そう単純にはいきません。ここへ来た信徒の大半は納得して引き下がったわけではないのです。スズランさんが昨日の決戦で疲れているので、しばし休ませて欲しいという私の言をひとまず聞き入れ、渋々出直しただけのこと」
「そ、それってつまり……」
「また来ると……?」
「ええ」
宿を経営する夫婦、サザンカとレンゲの言葉に今度は頷く。
「人とは、そう簡単に割り切れるものではありません。今日のように無秩序に押し寄せることはないでしょうが、必ず来ますよ、すぐにでも」
──その言葉通りだった。
「すみませーん」
「!?」
ギョッとして振り返った一同の視線の先に、いつの間にやら扉を開けて入って来た若い男女の姿がある。
「今夜、ここに泊めていただき……た、く……」
爽やかな風貌の青年が言葉を途中で切り、それに反比例して瞳に熱が篭り始める。隣の女の方は素早くその場で膝をついた。恋人か夫婦か、それとも兄妹かわからないが、ともかく男のズボンを引っ張って叩頭を促す。
「あなた、頭を下げて!」
「あ、ああ!」
どうやら夫婦だったらしい。
「スズラン様!」
「お目にかかれて、うれしゅうございます!」
「は、はは……」
二人が頭を下げた先には苦笑いするスズランの姿。彼女は気付いていた。抜け駆けして村内へ入って来た二人の背後にさらに数人の信徒が控えていると。
そしてここから、ココノ村史上始まって以来の忙しい日々が幕を開けた。
「カウレ三人分、お願いします!」
「あいよ!」
食堂に次々訪れる客。厨房で働くサザンカと彼の父サルトリは、この数日間ロクに休む暇が無い。
「父ちゃん、また食材が切れそうだ!」
「大の男が泣き言ぬかすな! すぐに来るから口じゃあなくて手を動かせ!」
「お待たせしました!」
素晴らしいタイミングで補充される食材。状況を見かねて救援に来たビーナスベリーの社員達が仕入れを手伝ってくれているのだ。
しかしそれは、休める時がさらに先延ばしになったことも意味する。
「はい、並んで! きちんと並んで! スズちゃんとモモハルは逃げやせんよ! だから列を乱さんでくれ!」
ココノ村の老人達は一目スズランとモモハルの姿を見たいとやって来た信徒達を二列に並ばせ誘導する役割を担っていた。行儀良くルールを守る者ばかりではないから大変だ。
「じいさん! スズラン様とモモハル様だろうが!」
「やかましい! ワシらにとっちゃ二人とも孫同然なんじゃ!」
「そうよそうよ! お二人を育てた村の方々にも敬意を払いなさい! それでも三柱教徒なの!?」
「なんだと! うちは代々信仰に篤い一族だぞ!」
「なによ! 我が家だって先祖代々シブヤへの巡礼は欠かしたことが無いんだから!」
「わかった! わかったから喧嘩はやめてくれ! あ、こらそこのボウズ! 畑に入るんじゃない!」
恐ろしいことに、この行列はトナリの街まで続いてるらしい。反対側も国境の向こうの街まで伸びていたそうだ。
「ごきげんよう、ごきげんよう、ごきげんよう」
スズランは機械的に手を振りながら信徒達に対し愛想も振り撒き続ける。ボン踊りの時に使う櫓を急遽組み立て、その上にモモハルと並んで座っている形だ。万一の事態に備え、背後にはロウバイと救援に駆け付けたナスベリの姿も。
「すいませんナスベリさん……」
スズランの謝罪に、彼女はメガネの位置を直しながら返す。
「いいの、スズちゃんは世界を救ってくれたんだから。このくらいのことは恩返しのうちにも入らない。でも、この事態は早く解決しないとまずいね」
「ええ、これでは村の皆さんの気力が保ちません……」
一応、スズランが定期的に≪生命≫の力を使って皆の疲れを取り払い身体的ダメージを回復させてはいる。けれど精神的な疲労は彼女にもどうにもならない。
いや、どうにかできないわけではないのだが、そういう不健全なやり方はできるならばしたくない。ここに集った信徒達に対してもそうだ。
(私の力を使えば、皆の心を操ることもできるけれど……)
マリア・ウィンゲイトは魂を司る神。精神への干渉はお手の物。やろうと思えば簡単に彼等を追い払える。
けれど、神だとて他者の心の自由を奪う権利は無い。それがマリアの意思でスズランも同じ考え。
だから今は耐えて待つのみ。
状況は少しずつ改善に向かっているはずなのだ。
「モモハル、貴方も頑張ってね。きっと、もうすぐだから」
「うん……」
いつもは元気いっぱいの幼馴染も流石に憔悴し始めていた。
しかし結局、この日は待ち望んだ朗報が届かずに終わる。サザンカの宿・ケンエン亭は満員御礼。村の中央にそびえ立つ“お化けカエデ”ことモミジの中の部屋も一部の参拝者のため休憩施設として開放された。残りはなんと野宿をしている。
「あの、皆さん、簡易宿泊所を作ってあるので、できればそちらに……」
「この行列にまた並び直したくない? まあ、そうだよね……」
「梃子でも動きそうにない。どうしたらいいの……」
ナスベリの命令で行列に並ぶ者達のサポートをしているのは、ビーナスベリー工房の問題児こと三つ子達だ。とりあえず得意の魔法で屋根と壁と寝床を用意したのだが、誰かに順番を抜かされないかと警戒した参拝者達はほとんど利用してくれない。ギラギラと目を光らせ、互いに牽制し合いながら旧街道の道端に座り込んでいる。
中にはタキア王国や三柱教に対する批判を呟く者まで。
「神子様が二人も住まわれている村なのに、どうしてこんなにも整備が行き届いていないんだ……怠慢だ……神々への背信行為だ……」
「スズラン様、モモハル様、スズラン様、モモハル様、スズラン様、モモハル様、スズラン様、モモハル様……」
三つ子は顔を見合わせ涙する。
「ムラサ、サキ、僕この人達怖いよぉ」
「僕達以外の聖域住民も大概だと思うけど、ほんと信仰って怖いね」
「どうりで、神様が滅多に顕現しないわけだよ……」
人々は今回の戦いで神様が身近にいることを知った。けれど一部の者達はそれがけして良いことだとは限らないこともまた、思い知った。