魂の重力
さてさて困ったことになった。久しぶりに故郷へ帰ろうとしたらこれだ。ネットワークの跳躍機能にエラーが生じて別の界球器に来てしまった。宇宙空間を漂いながら嘆息する。
エラーは修正済。だからまた再跳躍すれば済む話なのだが、どうやらこの世界、滅亡の危機に瀕しているらしい。
まあ、よくあることだ。
自分にとっては。
「魂には重さがある」
遠い昔、母から聞かされた。果てしなく深い領域にいる始原の神へ攻撃を届かせるには、自らもその深い領域まで潜っていくしかない。
しかし普通の魂は軽く、とてもそこまで潜行することは不可能だ。自分の中に強い確信を抱くことである程度なら潜っていけるが、それにもやはり限界がある。
母は他に方法が無いのかを研究して、やがて答えを見出した。
記憶の蓄積。
それが魂を重くする。より深く潜れる存在に変える。だから彼女は呪いをかけた。複数の魂に転生しても記憶がリセットされない呪詛を付与して時間の流れが早い世界にばかり辿り着くよう仕向けた。
可能性によって分岐し同位体が発生して界球器を跨いだ転生により統合される。普通は記憶を消されてからだが、彼等のそれは消えない。それぞれの人格を保ったままで統合を強いられる。
他の実験体は際限無く積み重ねられる記憶の重さと人格の衝突に耐え切れず崩壊したが、彼だけは期待に応え、無限の記憶と無限の人格を一つにまとめ上げるコツを掴んだ。
そして神殺しの剣となった。
「記憶は魂に重みを与え、魂の重さは、より深い領域にこの身を至らせる」
しかし、同時に母は別の法則にも気付いていた。だから謝ったのだ。重荷を背負わせてしまったと。
「魂の重力は、より過酷な運命を引き寄せる。安らげる時を奪っていく」
力ある者には、それに相応しき責任を。おそらく全ての世界の礎になった“父”の意識がそんなルールを作り出した。
ゲルニカは同じ世界に長く留まるを良しとしない。そうするとその世界に迷惑をかけてしまう。魂に帯びた極大重力が不幸と試練を呼び寄せる。
「まあ、僕自身は気にしてませんよ、母さん」
視線の先にはとてつもなく大きな魔神。もはや宇宙そのものを破裂させようとしているほどの馬鹿げた巨体。この宇宙を崩壊させたなら、次は同じ界球器内の全ての並行世界を喰らい尽くすだろう。
早目に見つけられて良かった。そこそこの深度に達しているものの、この段階なら簡単に対処できる。
こちらを脅威と見なしたらしく、仕掛ける前に攻撃が繰り出された。指先一つで銀河を破壊できる巨大な手が光速を超える速度で迫って来る。
ところが、その手はゲルニカをすり抜けた。全くダメージを与えられない。
『!?』
「驚くことはない、必然だ。君は進化の方向性を間違えたんだよ」
大きさに意味は無い。始原の神やそれに匹敵する者に挑むつもりなら、重要なのは深さ。
必要な深度に達していれば指先一つで宇宙を壊せる。源泉を潰せば、そこから分岐した支流も涸れるのだ。そう、存在の核を打ち砕くだけでいい。
こんな風に。
「ほい」
デコピンを一発。何も無い空間を打ったように見えて、それはより深い領域にある敵性存在の根源を破砕した。
瞬間、魔神は絶叫を上げる。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』
宇宙そのものに匹敵する巨体が末端から崩れて消え去って行く。源泉を潰されたからだ。彼という怪物はこの世界からも並行世界からも姿を消し、やがてどこかで別の姿形を得て転生する。
ゲルニカは記憶を留めたまま星の数ほど生まれ変わり、神殺しの剣となった。
今では、そこからさらに深く潜りすぎたせいで限界を突き抜けてしまっている。つまり全ての世界の礎となった父まで超えてしまったわけだ。だから誰も彼に勝てない。少なくとも殴り合いでは。
こういう理を逸脱した存在を彼自身は“理外個体”と呼んでいる。希少な存在に見えて、これが案外そうでもない。自分以外にも何人かは見つけた。
たとえば棒状の物さえあれば何でも斬れる剣士だったり、あるいは神ならざる身で魔素を自在に操る少年だったり。
魔神が完全に消滅したのを見て取り、うんと頷く。
「これで大丈夫だな。とんだ寄り道だったが、たしかにあそこまで大きいとどうにもならなかったろうし、仕方ない」
他にどうしようもない状況でもなければ、たとえ目の前で弱者が虐げられていようともスルーするのが彼の流儀。あらゆる生物になったことがある上、神として長い時間を生きられるよう精神に調整を加えられたものだから、人間から見るとおかしな価値観や良識を抱えている。
問題を自力で解決できるならそうすべきなのだ。たとえどんなに確率が低くてもゼロでない限り手助けはしない。
まあ、先日あのウエイトレスを助けた時のように、個人的に気に入ってる相手がピンチなら話は別だが。
さて、それでは今度こそ大一番に挑むとしよう。残念なことに恋愛や貞操観念に関して言えば常識的なのである。その事実が彼を悩ませ続けている。
「僕にはこっちの方が大いなる試練ですよ、母さん」
彼には娘がいる。血の繋がりは無い。
死んだ戦友の子を引き取った。
娘として可愛がった。
ところが向こうはずっと異性として見ていたらしい。前回死ぬ間際、いきなり愛を告白された。その場に妻もいたのに。
「あの後、気まずいことにならなかったんだろうか……ううん、会うのが怖い」
人間だった妻は大昔に亡くなっている。とはいえ彼にとって娘はあくまで娘でしかないわけで、伴侶がいなくなったからと鞍替えできるはずもなく、再婚するにしたって選択肢には入らない。
「はあ……」
彼は最強だが、しかしそれは拳で解決できる問題に限る。愛娘を悲しませたくはないし、だからといって彼女の夫にもなれない。こんなに老けるまで悩み、逃げ続けてきた問題へどう立ち向かったらいいものか。
頭を抱えつつ、もう一度跳躍した。故郷へ、彼が生まれた世界へと。こうなったら出たとこ勝負しかない。半分ヤケクソになっていた。
「な、何が起きたの……?」
「わからん……」
魔神と戦っていた現地の宇宙艦隊は、いきなり敵が消滅したことにより呆気にとられてしまう。
この不可解な現象は“神殺し”という名で永く語り継がれたという。




