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偽りの力(3)

「──まあ、あのくらいなら」

「そうね、ミツマタさんの方がよっぽど怖いわ」

 頷き合うモモハルとスズラン。肩を並べ、冷静に構えを取る。

「二体は私とモモハルで仕留めます! 残り二体をよろしく!」

「わかった!」

 特に打ち合わせることもなく三人の魔女と剣士はそのまま戦闘へ突入した。モモハルがまず剣で先頭の虎の目を切り裂き、素早く横へ跳ぶ。視界を失って怯んだその虎に後続がぶつかり、絡み合いながら転んだところへスズランが素早く蹴りを叩き込んだ。二頭とも鼻を潰されて悲鳴を上げる。戻って来たモモハルが後続の方の目も斬った。

 そんな仲間達と前衛二人を迂回し、後方の六人へ迫る残り二頭。スズラン達を強敵だと認め、倒しやすそうな方から狙う腹積もりだ。街の住民達より高度な頭脳を搭載しているらしい。

 しかしそんな知性を有していても次の瞬間クルクマが見せた動きには対応できなかった。僧侶というジョブを選んだ彼女がゆらりと、陽炎のように姿を揺らめかせて自ら間合いを詰める。

「アハ、昔取った杵柄ってやつさ。ついてこれる?」

 史上最強の暗殺者。災いをもたらす者。災呈の魔女は様々な生物の動きを学習し独学で身に着けた特殊な歩法と体捌きだけで虎二頭を同時に翻弄する。これは魔法ならぬ純粋な体術。だから規制されなかった。

 この手のゲームの場合、厄介な回復役は真っ先に潰されるものだ。だから虎達も目の前にいるクレリックを無視出来ず、猫じゃらしに飛びつく猫のように当たらない攻撃を繰り返す。

「相変わらず面妖な動きですね! スネークウェイブ!」

 敵が幻惑されている間にオトギリもスキルを発動させる。バスタブ一杯分ほどの量の水を出現させ生物のように操る魔法。分類上は初級らしいが、魔素を使った水流操作に近い感覚で実行できるため習得以来愛用している。

 火力という面では心許ないスキル。けれど水には、こういう使い方もある。

「フッ!」

 彼女によって二つに分けられた水流は、それぞれクルクマに翻弄されていた虎達の顔に正確にヒットした。そして目や鼻から体内へ侵入し、陸に居ながら相手を溺れさせる。

「貴女達、トドメを!」

「りょ、りょうかい!」

 大人組の見事な戦いに魅入っていた二人の少女は慌ててスキルを発動させた。オトギリに言われ習得した雷魔法のサンダーボルト。二人の杖から放たれた細い雷光が水流に接触して伝播し、そこから魔物の体内まで伝わって肉と神経を焼き焦がす。

 顔から煙を上げて倒れた二頭は、すぐに光となって拡散した。

『マジか』

『初級魔法と魔力が低い女の子二人の術を組み合わせて、自分達より遥かにレベルが高い敵を倒すなんて……』

「いやあ、魔法使いの戦いってのはね、本来こういうもんだよ。そりゃスズちゃんやオトギリさんみたいな規格外の魔力持ちもいるけど、普通は創意工夫を凝らすの。相手だって考えて動くんだし一筋縄じゃいかないって」

 そんな低魔力魔法使いの代表格とも言えるクルクマはすぐさまスズラン達に加勢しようとする。


 だが、その時にはもう前方の戦いも決着しようとしていた。


「モモハル!」

 目を潰し鼻も潰したスズランは、先程街で買った鋼の手甲をモモハルの剣とぶつけ合う。甲高い金属音が鳴り響き、虎達はよりいっそう苦しそうに顔をしかめた。

 人間より遥かに優れた聴覚。だからこそ効く。これで虎達にはこちらの位置が掴めない。素早く片方の懐へ潜り込み、蹴り上げる。生命の有色者スズラン、その能力で強化された一撃が巨体を大きくカチ上げた。

 そこへモモハルが刃を振るいトドメの一撃を見舞う。残り一頭、周りの状況がわからず闇雲に前脚を振り回すその頭上に、彼に踏み台になってもらって跳躍するスズラン。背中に降り立ち、気付いた相手が振り払おうと暴れ出すより早く両手で毛皮を掴むと、延髄に蹴りを叩き込んだ。骨を砕く確かな手応え。

 反動で毛が千切れ、再び空中に跳び上がりながら一回転する彼女。その間にモモハルが大上段から剣を振り下ろし、念入りに敵の頭をカチ割る。

 幼馴染による息の合った連携を見せつけられ、足を止めたクルクマは口笛を吹く。

「ヒュウ、今のスズちゃんなら魔法無しでも傭兵として食っていけるね」

「モモハル様も素晴らしい腕前です。流石はあのクチナシの弟子」

「いや、クチナシさんには稽古をつけてもらってるだけだよ。あの人の剣術は僕にはチンプンカンプンで理解できないから……剣の師匠はノコンさん」

 苦笑いするモモハル。クチナシにも別の意味で鍛えてもらってはいるので一応は師匠と呼んでいる。たまに師弟関係を解消したくなることもあるが、なんだかんだで見限れない。

(すごい人なのはたしかなんだけどなあ……悪い癖さえ直してくれたら素直に尊敬できるのに)


 とはいえ、スケベじゃないクチナシはもはやクチナシでなく別の生き物という気がするのもたしかだ。なんとも困った人である。


 戦いが終わり、敵の増援が無いことを確認して再び馬車に乗る一同。するとヒルガオが興奮気味に声を上げた。

「ね、姉ちゃんさっきの見た!?」

「んあ?」

「あたし、あんなおっきい虎やっつけたよ!」

「あー、見た見た。すっごいね」

「なによ、そのきょーみなさそうな感じっ。ふん、いいよ! スズねえなら褒めてくれるもんね! すごかったでしょ?」

「そうね、あの大きな虎にちゃんと立ち向かって偉かったわ」

「でしょでしょ!」

 でもね──スズランがそう言おうとした時、先にノイチゴがヒルガオの両頬をつまんで引っ張った。

「ひ、ひはいひはい! あ、あいふんお!?」

「ヒルガオちゃん、かんちがいしちゃだめ」

 手を離して、まっすぐ正面から目を覗き込むノイチゴ。興奮していたヒルガオも、その眼光に気圧されて意気消沈する。

「な、なにを……?」

「ここでおぼえた魔法はここでしかつかえないの。夢からさめたら消えてなくなる。スズねえたちが宿屋で話してたのきいてなかった?」

「えっ……」

「これはゴッコあそびだよ。ほんとじゃない。魔法でたたかう練習にはなると思う。でもそれだけ。元の世界で同じことができるようになるためには、ちゃんと今までどおりスズねえやロウバイ先生にならって、がんばってあたらしい魔法をおぼえなきゃ」

「そ、そうなのスズねえ!?」

「……そうね」

 スズランが肯定すると、ヒルガオはますます落ち込んでしまった。

「そんな……じゃあ、もうこんなゴッコ遊びいいよ。やめよう。だんだん魔物も怖いのになってきたし……」

「まただよ」

 うんざりした表情で呟くアサガオ。しょげた妹を睨んで語りかける。

「あんたさ、自分で魔女になりたいって言って忙しいスズちゃんに弟子入り頼んだくせにもう諦めんの? なんかあるとすぐにそうやって逃げんだよね、根性無しだから」

「ち、ちがうよ。スズねえから魔法教わるのはやめない。ただ、ここは怖いからもうイヤだって言ってるだけ!」

「なんも違わねーよ。ここから逃げるならいつか魔法の修行からも逃げるんだ。あんたさ、スズちゃんが簡単に今みたいな凄腕の魔法使いになったとでも思ってるわけ? クルクマさんだってオトギリさんだってモモだって努力して強くなったんだよ。才能の無いあんたなんか、もっともっと努力しなきゃ足下にも及ばないに決まってんじゃん」

 姉の辛辣な言葉に、ヒルガオの目にはどんどん涙が溜まっていく。下唇を噛み、嗚咽を堪え、しばらくして少女は言い返した。

「そういう姉ちゃんはどうなのさ。魔法の練習にきたのなんか最初のほうの何回かだけで、もうほとんど顔を出さなくなったじゃん! 姉ちゃんだって逃げたんじゃん!」

「そーだよ、あたしはもう、自分じゃ無理だってわかっちゃった」

「ほら、やっぱり」

「でも、あんたはちげーじゃん」

「え?」

「あたしは何回練習しても光を出すのがやっとだった。一番簡単な魔法だって言われてさ、それに苦戦した時点で悟ったよ、絶望的にセンス無いんだって。なのにあんたは現実でもスズちゃんに教えてもらった水球生成とかいう術、もうけっこうやれてたじゃん」

「そうよヒルガオちゃん、あれすっごく難しいんだから。私なんかちゃんとできるようになるまで何ヶ月もかかったわ」

 アサガオの意図に気付き、すかさず乗っていくスズラン。アイビー、ナスベリ、そしてロウバイから指導されて魔力制御の訓練をしたあの頃のことを思い返す。

 ヒルガオはたしかに魔力が弱い。けれどセンスは悪くない。どころか優秀だ。ノイチゴも時々面白い発想を聞かせてくれる。二人が自分達から魔法使いになりたいと言ってくれなければ、誰もがこの素晴らしい才能の持ち主を見逃してしまっていただろう。

「だから最後まで続けてみない? 魔法の修行も、このゲームも。さっきノイチゴちゃんが言った通り、ここで覚えられる魔法は偽物。でも練習としては悪くないのよ。二人とも覚えてる? 魔法の効果を上げるために大切なこと、それは信じる勇気ともう一つ、なんだったかしら?」


「イ、イメージ……」

「使おうとしてる魔法を、きちんと思い描くこと」


「正解」

 御者台でスズランは指を動かし、空中に花丸を描いた。

「さっきの戦いみたいに先輩達のやり方を間近で見られるのも良い勉強。大丈夫、危ない時には必ず守るから安心して」

「……うん」

 頷いたヒルガオの前に袋が一つ飛んで来た。スズランの家の雑貨屋で売られている携帯チリ紙だ。

「ねえぢゃん……」

「さっさと鼻かめ」

「アサガオちゃん、それいつも持ち歩いてるよね。ヒルガオちゃんとユウガオ君のためなんでしょ」

「ち、ちげえし。スズちゃんこそ常に二つ持ち歩いてるじゃん」

「モモハルの世話を焼いてたら習慣付いたのよ。今はショウブのためだけど」

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