最初の冒険
草原に転移した時点で全員の服装が変化した。それぞれ選んだ職業の初期装備になっている。
「モモハルは革鎧に長剣。いかにも駆け出しの剣士って感じね」
「スズのそれは?」
「格闘家。ベーシックな中華風デザインだわ」
「チュウカ?」
「中国という国のことよ。この服はその国のもの」
しかしこれはRPGの格闘家というより、某格闘ゲームの女刑事に近い気がする。色も青いし。
『服の色は本当は黒なんスけど、サービスでウィンゲイト・ブルーにしときました』
「勝手に人の名前を色に付けないでください。それに姉のユカリもウィンゲイトだけど紫でしてよ」
天からの声に嘆息する。開発者二人は外部からモニターを行うらしい。転移した時点でいなくなった。
「あーしはこれ……本当に尼さん?」
「破廉恥な……異世界の尼僧はそんなに脚を出して歩くのですか」
僧侶だったオトギリがジョブ“クレリック”になったクルクマを見て嘆く。スカートでこそないが短パン姿で上着も妙に露出が多い。
「あーしにとっちゃ公開処刑だよこれ……」
「たしかに露出過多ですけれど、可愛いと思いますよ」
「え、マジ? ならいいや」
落ち込んだかと思えばスズランの一言であっさり復活。彼女のこういうところは色々なことがあった今もやはり変わらない。
「まあ、あーしは接近戦もしたくてこの職にしたんだし、動きやすくていいか」
「ちょっ、杖を振り回さないでください危ないでしょう。どこの世界にそんな乱暴な尼僧がいますか」
「貴女が言っても」
説得力が無い。半眼になるスズラン。元・暴力的僧侶のオトギリはと言えば、そのまま魔法使いを選択した。こちらは黒いローブと三角帽子でごく普通の出で立ち。正直あまり似合っていない。
「スズねえ、わたしたちは?」
「どう?」
「あら可愛い。とっても似合ってるわ」
同じ格好のノイチゴとヒルガオには満面の笑みを向ける。二人とも満足そうにむふーっと鼻息を吹いた。
「ユウガオ君もバッチリよ」
「そ、そう?」
最年少の少年はシールドマンなるジョブを選んだ。文字通り盾で仲間を守ることを役割としている。今はまだ簡素なウッドシールド一枚と、やはり木製の鎧だけ。
「アサガオちゃんは……なんか、普段とあまり変わらないね」
「ほんとにね。あの人らの世界の吟遊詩人ってこんな格好なの?」
最初から支援スキルを覚えていると言われ彼女が選択した吟遊詩人はファンタジーとは言い難いデザインだった。どちらかというと二十一世紀のヒップホップ系。
「ま、こういうの好きだけどね」
「似合ってるのはたしかだよ」
「最初はどうするの?」
「セオリーに従うなら街か村を探さないと。そこで情報を集めて何かしら問題を解決して先へ進む。こういうゲームはその繰り返し」
「へえ、そうなんだ」
『その道をまっすぐ進むとタスートの街がありますよ』
天の声が教えてくれたので指示された方向へ歩いて進む。ほどなくしていかにもRPGの序盤モンスターというビジュアルの角ウサギやスライムと名乗る割にばるんばるん弾む謎の生物に襲われたが、どちらもスズランとモモハルが瞬殺してしまった。
「すぐおわっちゃった……」
「私たちなんにもしてないよっ」
「ご、ごめんね二人とも。加減したんだけど思ったより弱くて……」
「というかスズちゃんとモモが強いんだよ」
「しばらく≪生命≫の強化は使わない方が良さそうね」
このあたりの敵だと殴るだけで倒してしまう。
さらに少し進むと、またしても同じ組み合わせのモンスター達が出現した。さっきより数が多い。そして現れるまで全く気が付かなかった。
「ランダムエンカウントですの?」
『シンボル式の方がいいですか?』
「訓練シミュレーターとしての用途も考えているなら、そうした方がいいと思います」
勝てないと思ったら素直に逃げたり隠れたりすることも重要だ。ランダムエンカウント方式では戦闘に突入するまでそういった判断ができない。
『わかりました、切り替えます』
狐狸林が応じるなり周囲のフィールドにさらに多くのモンスターが現れた。大半はまだこちらに気が付いていないが、発見して近付いて来る個体もいる。
『シンボル式の場合、戦闘もシームレスで、距離によっては敵がリンクして近付いて来るようになります。気を付けてください』
「先に言って下さいな。まあ、そちらの方が現実的でいいでしょう」
飛びかかって来たスライムを殴り飛ばす。飛び散ったりしたらどうしようかと思ったが、ゴムボールみたいな弾力があるためそういうことにはならなかった。ありがたい。
そしてHPが0になった瞬間、死体などは残らず光になって消滅する。その際にコインらしきものが一瞬表示された。
「アイテムウインドウ」
画面を開いて確認すると所持金という項目の数字が増えている。現金を持ち歩く必要も無いらしい。
「便利ですけど、やっぱり現実的ではありませんね」
『でも、けっこうありますよ、そういう魔法の使える世界』
「知ってますわ。そういう世界は大抵、元は──っと」
思ったより鋭いタックルを仕掛けて来るウサギ。回避と同時に手刀で叩き落す。そこへオトギリが火球を放った。炎に包まれ悲鳴を上げて消滅する敵。
「弱い……」
あまりの歯応えの無さに眉をひそめる彼女。こんなものが何の訓練になるというのか?
隣のクルクマも頭を掻き、構えていた杖を下ろす。
「スズちゃん、ここはノイチゴちゃん達に任せよう」
「え?」
いきなり名指しされた子供達は目をまん丸に見開く。
「私らが戦っても意味無いよ。レベルアップとやらでスキルは覚えられるのかもしれないけど、それだけだ。相手が弱すぎるなら、むしろこの子らの経験を積むのに役立てた方がいい」
「そうしましょう」
やはり構えを解くスズラン。くるりと振り返って後衛の子供達を手招きする。
「いらっしゃい、危なくなったら助けるから自分達で戦ってみて」
結局、目と鼻の先にある街へ辿り着くまで体感で一時間ほどかかった。
「ぜえぜえ……」
「はあ、はあ……」
「こ、こわかった……」
「頑張ったわね」
ここまでほとんどの戦闘を任せてきた子供達を労う。アサガオを含めた四人に戦闘経験を積ませるべく時間を費やしたわけだ。
その甲斐あって全員レベルが5まで上がった。どうやら経験値はパーティー全員で公平に分配される仕組みらしい。まあ、そんなものはどうでもいいのだけれど。
大事なのは実戦の恐怖に慣れること。もちろん恐怖心を麻痺させるという意味ではなく、立ち向かう勇気を養うことが大切。あの弱い敵はそれに最適な練習相手だった。
「ったく、あの程度でだらしないな」
一番年上のアサガオは普通に拳やブーツの底で敵を蹴散らしていた。流石に神子相手に殴り合いを挑んだだけあり、彼女は最初から肝が据わっている。
「まあまあ」
誰もがそうあれるわけではない。けれど、この三人はちゃんと頑張った。ほとんど自力でここまで辿り着いた。
スズランは屈み込み、妹分達と弟分に告げる。
「貴方達の最初の冒険は、花丸付きの合格よ」




