チュートリアル(1)
それから小一時間も説教を受けた開発者二人は、テスト開始前なのに早くもよれよれになってしまう。
「さ、流石は女神ウィンゲイト……」
「おふくろの小言より堪える……」
「まっ、このくらいにしといてあげましょう」
パンと手を打ち、お小言を終えるスズラン。目の前の二人は有色者。その気になったら働き口や稼ぎ方などいくらでも見つけられる。能力をそういうことに使いたくないという矜持があるのかもしれないが、それならそれで現実逃避をしてないでもっと有効な努力をすべき。有色者になれたということは、やればできる子達なのだから。そう思って発破をかけた。
「身に染みたでしょう。文字通り、神は全てを見ておられますよ」
途中から説教に加わって来たオトギリも真摯な眼差しで二人を見つめる。色々あって道を誤った過去を持つ彼女は、自分の境遇に彼等を重ね見ているのかもしれない。
「んじゃ、そろそろ始めようよ二人とも」
「ノイチゴたち寝ちゃいそう」
苦笑するクルクマとモモハル。思ったより長引いた説教のせいでノイチゴとヒルガオが座ったまま船を漕ぎ始めていた。
「あ、ごめんなさい私ったら。ノイチゴちゃん、ヒルガオちゃん、起きて」
「申し訳ありません」
ついつい熱が入ってしまったことを謝る二人。少女達は寝ぼけ眼で立ち上がりこくりと頷く。
「おわった~?」
「ちがうよ、これから始まるんだよ」
一人だけしゃきんとしているユウガオが、やはり欠伸をかますアサガオの手を引き立ち上がらせた。
「スズちゃん、話長すぎ」
「ごめんね」
「で、結局私達は、ここでどんなゲームをしたらいいんです?」
仕切るのが好きなのか、説明の続きを促すオトギリ。
狐狸林がポッと頬を赤らめる。
「あの人、美人やなあ。ボク、どストライクなんですけど」
「いいから、今はそういうのやめよ。怖い人達見てるから」
小声で囁き合う二人。それから改めてスズラン達の方へ向き直り、中断されていた解説を再開する。
「ええとですね、皆さんはRPGってご存知ですか?」
「あーるぴーじー?」
「しらな~い」
「ロールプレイングゲーム、つまりキャラクターになり切って遊ぶゲームです。もっともこのゲームの場合、皆さんにはそれぞれその姿のままご参加いただくわけですが、将来的にはアバターを自由にカスタマイズできるキャラクタークリエイトの導入も視野に入れておりまして」
「狐狸さん狐狸さん、脱線してる」
「あっ、ホンマやごめん。えーと、ようするに皆さんには剣士や魔法使いになってファンタジーな世界で冒険していただきたいんです」
「ふむ?」
ざっくりとした説明を受け、スズラン以外の面々は首を傾げる。
狐狸林もいまいちな反応を見て眉をひそめた。
「あれ? なんか、わかりにくかったですか?」
「僕、剣士だよ」
手を上げるモモハル。
「私達も元から魔女なのですが」
風を起こしてみせるオトギリ。
「ふぁんたじーってなに?」
「じいってくらいだし、おじいちゃんじゃない?」
「えー、おじいちゃんになるのはやだ」
「幻想って意味のエー語だよ!」
妹達を小突くアサガオ。数学では優秀なノイチゴも語学の方はいまいち。
どういうことか理解した狐狸林は、困り顔で雨龍を見る。
「アカン。そいやこの人達、元々ファンタジー世界の人間やん。どないに説明したらええのん? 助けて雨龍」
「任せてくれ」
自信満々で前に出る雨龍。その手の中に一冊の絵本が出現する。真っ先に反応したのはユウガオとモモハル。
「あっ! ゆうしゃサボテン!」
「ほんとだ」
「どうして貴方がそれを?」
「こないだスズちゃん、そっちのチビちゃん達に読み聞かせしたでしょ? その時レインにスキャンさせときました」
手法を聞いたスズランの目がスッと細められる。静かな怒気が周囲を凍てつかせた。
「貴方……≪情報≫の力で私達の生活を覗いてますの?」
「レインからの報告です! 説明に使えるかもしれないって提案されて、その時だけですから! 普段はもちろんプライバシーに配慮してますんで勘弁してください!」
嘘はついていない。マリアの能力でそれを確認したスズランは「まあいいでしょう」と頷く。
「続けて」
「はいっ! そ、それでな君達、ようするにこの“ゆうしゃサボテン”みたいな大冒険ができる遊びなんだよ、これは」
「ドラゴン出てくる!?」
「うおっ、食いつきいいなモモハル君。出て来るよ、俺のモデリングした力作が」
「氷のお城はある!?」
「あるよー。そっちは私が担当しました。マナ雪みたいなやつだよねー?」
マナ雪がなんのことだかわからなかったが、ともかく絵本で観た美しいお城が実際この世界にはあるのだと聞き、ノイチゴも興奮する。
「スズねえ! はやく行きたい!」
「もうちょっと待ってね。ゲームシステムを確認しておかないと」
「お、流石はスズちゃん。わかってますね」
「ええ、まあ、それほど詳しいわけではありませんが」
マリア・ウィンゲイトの記憶の中に、そういったゲームの知識も含まれている。なので効率良く攻略するにはまずゲームシステム、つまりゲームごとに異なるルールを把握しておくのが大事だという程度の理解は持ち合わせていた。
「じゃあまず大事なことから。ゲームが開始されると皆さんが元の世界で使っていた魔法や超能力の類は使えなくなります」
「え?」
「ゆくゆくはもっと多くの人に参加してもらうつもりですから、公平性を期すためゲーム内でレベルアップすると覚えられる“スキル”だけで戦ってもらいます」
「なるほど……」
「それがルールなら仕方ありませんね」
しかし使えるスキルによってはアサガオ達を守るのが難しくなるかもしれない。大人組の表情に不安が表れたのを見て取り、狐狸林が付け足す。
「あ、武術などを身に着けてたらそれは普通に使えますよ。あと例外的に有色者の能力も使用できます。スズランさんは≪生命≫の力の持ち主だとか」
「ええ。ですが、どうして有色者の力だけは使えるように?」
「このゲーム、有色者用の訓練シミュレーターとしても使えるんじゃないかと思いまして。もちろんゲームバランスを著しく崩してしまうようなら禁止するつもりです。今回はまだテストですからご自由に。むしろバンバン使ってみてください」
「なら多分、モモハル、貴方の能力も使えるわね」
「え?」
元々真ん丸な目をさらに見開く狐狸林。
モモハルは顎に手を当て、そんな彼の顔を見つめた。
「……コリバヤシさん、三十四歳?」
「そ、そうです」
「うん、たしかに使えるみたい」
「アルトライン達下位神の力もレインボウ・ネットワークと同じで始原七柱の力の一部を与えたものなのよ。つまり彼等や彼等の加護を受けた神子は有色者に近い存在ということになるわ」
「そうだったんだ」
「へえ~」
雨龍達も知らなかったらしい。興味深げに頷き、メモを取っている。
「ユーザー層を拡大できるな」
「各世界の神様に神子……こりゃでかい商売になりまっせ」
(あの人、たまに関西弁になりますけど、あっちが素なんですの?)
スズラン達がじっと見つめていると、何かを夢想していた二人はハッと我に返り咳払いをする。
「ごほん」
「えー、スキルに関する制限はご理解いただけたようですので、次はステータスについてご説明しましょう」
「すてーたす?」
「腕力とか足の速さとか、まあ、そういうものを数値化するんだよ」
「どなたか、ステータスオープンって言ってみてください」
「ステータスオープン」
躊躇無く実行するモモハル。彼の目の前に立体映像が現れた。
「なんか色々書いてる」
「HPてのが生命力。まあスタミナだとか体の頑丈さだとか、そういうのを加味して弾き出した数値だな。死ににくさって言った方がわかりやすいか? MPは魔力の総量。魔力の出力値は下にそのまんま“まりょく”って書いてある」
「ほんとだ、あーし120」
「私は3700だそうです」
若干得意気なオトギリ。改めて具体的な数値を突き付けられると悲しいほどの差があり、クルクマは落ち込んだ。総量も桁違い。
「あ、いや、私は一時期ヒメツルと同等なんて言われてましたし」
慌ててフォローされたが、かえって辛くなる。
「8……」
「わたし5……」
クルクマよりさらに低い数値で、やはり落ち込むヒルガオとノイチゴ。とはいえ二人の場合、魔力が弱すぎて魔法使いにはなれないと判定されたのだから当然の話。
ただし──
「あのさ、あんたらこの装置起動してないっしょ?」
「あっ」
同じ理由で魔素吸収変換装置を使っているアサガオに言われ、二人ともスイッチを切り替える。すると微かな作動音と共にステータスに変化が表れた。
「38!」
「35!」
「これ使うと出力上限が一律30上がるってわけか」
そう言うアサガオは31。最低値である。妹や妹分に負けて内心悔しがっているとクルクマに肩を叩かれた。早くも復活したらしい。
「スズちゃんのを見て。あれ見たらどうでもよくなるから」
「え?」
「……私、マリア・ウィンゲイトですので」
渋い顔で自分のステータスを開示するスズラン。みんなでそれを覗き込む。
MP:むげんだい
まりょく:530000
「アカン」
狐狸林は天を仰いだ。




