雨龍の依頼
「招待状?」
テガミドリで呼び出され、モミジの中で数日ぶりにスズランと顔を合わせたクルクマは、話を聞いて驚いた。なんとあの決戦で力を貸してくれた≪有色者≫の一人、浮草 雨龍に再び異世界へ招待されたと言うのだ。先日、夢の中で開催されたハロウィンなる祭。あの最中に。
正確にはスズランとモモハルが招かれ、他にも数名、任意で仲間を連れて来て欲しいと言われたそうだ。
「そりゃまたどうして?」
淹れ立てのお茶を手に問いかける。関係無いが、この場所でこうしていると親友がヒメツルと呼ばれていた時代に戻ったかのようで懐かしい。
「それが、ゲームのテストプレイをして欲しいと……」
「ゲーム? ショーギとか?」
この世界にはまだボードゲームやカードゲームしか存在しない。クルクマの推察に対し、スズランは頭を振る。
「いえ、彼等は先日のようにレインボウ・ネットワークの機能を借りて仮想空間を創ったそうです。言わばフルダイブ型MMOのようなもので」
「えむえむおー?」
「ええと、現実かのような仮想空間で冒険するごっこ遊びだと思えばいいですわ」
「ああ、そうか、この間の夢みたいな場所でならなんでもできそうだしね」
「そういうことです」
マリア・ウィンゲイトが人間だった時代、あるいは神になってから創造した世界群でも文明が発達すると人々は必ず似たようなものを作り上げた。理由は様々だったが、虚構を現実に近付け、より濃密に触れてみたいと思うことは人類種共通の性癖なのかもしれない。
実はそれは、危険な行為なのだけれど。
「んで、あーしにも参加してくれないかって?」
「彼から聞いた話だと、魔物と戦ったり罠だらけの迷宮を攻略したりといった内容だそうですわ。そういった危険に対処するのは得意でしょう?」
「まあね。でも、それだけ?」
「……貴女なら気兼ねなく一緒に遊べるというのもありますね」
質問に対し、ちょっと照れながら返すスズラン。ナスベリやロウバイも候補には入れていたのだが、あの二人は彼女にとって恩師であり尊敬する先達。慕ってはいても友人とは違う。
「オトギリとスイレンさん、それにユリさんにも声をかけてあります。モモハルも含めて今回は友達だけで行ってみません? 稼働試験とはいえゲームですもの、どうせなら皆でわいわい楽しみたいですわ」
「なるほどね、わかった、そういうことなら付き合う」
頷くクルクマ。スズランと二人だけにしてあげれば、モモハルにとってはデート気分で楽しめたかもしれない。しかし彼はいつでもスズランに会える。こちらは商売だなんだでたまにしか顔を合わせられない。なので、ここは女の友情を優先させてもらおう。
話がまとまった、そう思ったところに別方向から声が上がる。
「ずるい!」
「スズねえたちだけ!」
「ヒルガオちゃんにノイチゴちゃん!?」
「あたしもいるよー」
ひょっこり顔を出し、二階から妹達と降りて来るアサガオ。よく見れば弟のユウガオもいる。
「上にいたの?」
「宿題見てやってたんだよ。ノイチゴはともかくヒルガオはなかなか終わらせないからさ。家にいるより、ここの方が静かで集中できるかと思って」
「なるほどね」
やはり先生に諫言すべきか? スズランは悩んだ。最近になってようやく再開した村の学校。久しぶりに教壇に立ったロウバイは熱心に教鞭をふるっている。けれども張り切り過ぎて近頃宿題の量が多い。今や完全に教師側の立場となったスズランは密かに子供達に同情していた。
「モモハルは?」
「逃げられた。あいつが本気で逃げたらスズちゃんしか捕まえられないよ」
「あの子はまったく……」
後で捕まえてちゃんと宿題をやらせないと、またロウバイ先生の雷が落ちることになる。年少の子達でさえ真面目に勉強しているというのに、モモハルの勉強に対する苦手意識は筋金入りだ。
「剣と料理の修行なら真面目にやるのに」
「男の子だからねー」
「ユウガオくんは毎回きちんと提出するじゃない。偉いわ」
「あ、ありがとう。でも、えと……」
アサガオの弟ユウガオの頭を撫でてやると、彼は顔を赤くしてチラチラとノイチゴの方へ視線を走らせた。おっとそうか、この子は彼女にお熱。好きな子の前で他の子にこんなことをされては困るだろう。
内心ごめんねと謝って手を離すと、再びノイチゴとヒルガオが声を張り上げた。少年の葛藤には気付いてすらいない。
「そんなことより、スズねえたちずるい!」
「わたしたちも冒険してみたい!」
さっきの話を聞かれていたらしい。しかし仮想世界とはいえ先日のハロウィンのように現実感のある空間で戦闘を行うことを考えると、子供達を連れて行くのは避けたい。魔法使いとしての修行は始めたものの、本当にまだよちよち歩きの初心者なのだ。命の危険は無くとも精神的外傷を負う可能性は十分考えられる。
ここは流石に諦めさせよう。決断した途端、窓を透過して一羽の鳥が舞い込んで来た。
「お? テガミドリ」
「スイレンさんとのやりとりに使ってる子だわ」
招待に対する返信だろう。案の定、鳩に似た姿の半精霊はスイレンの声を再現して喋り始める。
『お誘い、ありがとうございます。ですが申し訳ありません。近頃少しばかり思い悩んでいることがあり、このような精神状態では皆様の足を引っ張ることになりかねず、今回は辞退することといたしました。誠に申し訳ありません。次の機会があるなら、またお誘いください』
「ありゃ……」
「スイレンさん、どうしたんだろ?」
「ロウバイ先生の後継ですもの、色々と大変なんでしょう……よし」
一つ小さく頷くと、スズランは返信を吹き込む。
「お返事承りました。こちらこそ急な申し出をしてしまい申し訳ありません。もしよろしければ、どのようなことでお悩みなのかお教えください。友人として力になりたいと思います」
こんなところだろう。テガミドリにエサとなる魔力をたっぷり与え、再び飛び立たせる。
「って、しばらく休んで行ってもいいのに」
いつも思うのだが、あの鳥は疲れないのだろうか? それとも旅の最中にどこかで休息を取っているのか。なんにせよ、また一日か二日でイマリまで飛んで行ってくれるはず。
ちなみにあの鳥をマリアは記憶していない。どうやら彼女達三柱がこの世界を去った後で生じた新種らしい。ホウキと同じ半精霊なので鳥が精霊と交わって生まれたか、精霊がなんらかの理由で鳥に似た形質を獲得したものだろうと生命を司る神・大森 龍道は考察している。
ともかく参加者が減ってしまった。とはいえ、五人いればテストには十分なはず。そう考えるスズランを期待の眼差しで見上げるノイチゴとヒルガオ。
「スズねえ……」
「お願い……」
駄目よ。
そう言おうとした瞬間、今度は二階でベルが鳴る。ゴッデスリンゴ社の遠距離通信端末。どうにも不吉な音色に聞こえる。
「わたしが出る!」
駆け出していくノイチゴ。
「あっ、こら!」
スズラン達が慌てて追いかけるも、二階へ移動した時にはすでに通話ボタンを押されてしまっていた。
『あ、あれ? ノイチゴ殿?』
「あっ、ユリさま。おひさしぶりです」
画面の前で優雅に会釈するノイチゴ。メイジ大聖堂で暮らしていた頃、通話相手のユリ達に仕込まれた礼儀作法である。特に熱心に指導していたトキオ王ハナズは、いずれ自分の孫と見合いさせたいなどと言っていた。冗談だとは思うが、彼はノイチゴをいたく気に入っているため本当にやりかねない気もする。
「ユリさん、どうしたんですか?」
スズランが後ろから顔を出すと、片目を眼帯で隠した銀髪紅眼の美女、ミヤギ王ユリはホッとした様子で返答する。
『ああ、よかった、スズランさんもいたんですね。例の“げえむ”とやらへの御招待の件なのですが』
「はい」
『急におじさまから呼び出されまして、明後日シブヤで会うことに。急ぎ向かわねばなりませんゆえ、申し訳ありませんが今回は辞退いたします』
「ルドベキア様が? わかりました、きっと重要な用件でしょうしそちらを優先なさってください。ただ、スイレンさんも近頃悩んでいることがあると仰っていて、ひょっとしてイマリで何か起きているのでしょうか? なんでしたら私も向かいますが」
『いや、それがですね……』
ユリの口から驚きの真相が語られ、スズラン達は揃って目を丸くした。




