トリック・オア・トリート
「ス、スズ?」
「これ、夢だよね?」
「あう〜?」
眠った後、夢の世界で覚醒したスズランの前には両親と弟ショウブの姿があった。どうやらこの空間でも眠る前の互いの距離が適用されているらしい。つまりこの辺りには村の人々しかいないだろう。
予知夢を見る際、アルトラインと対面していたような白い空間。足下にはジャックオーランタンやコウモリの絵が描かれたタイルが敷き詰められており、すでに多くの人の姿が見受けられる。そんな彼等の合間を縫ってぼんやり黄色い燐光を放つモンスター達が徘徊していた。その手や背にはお菓子のぎっしり詰まったバスケット。どうやら配って回っているらしい。
「あはは、トリック・オア・トリート!」
驚く両親に対し、お決まりの言葉を返すスズラン。そんな彼女の姿は寝間着でなく三角帽子に黒いローブ、どちらにも無数の青い星が散りばめられたチビっ子魔女へと変身していた。なかなか良いデザインだ。解析してみると、その人の性質に合わせ自動的に衣装が生成されるプログラムらしい。
父カズラは旧世界の牧師風の格好。母カタバミはオオカミ男。この場合はオオカミ女か。全身フサフサの毛で包まれ、顔も狼っぽくなっている。服装はいつもと大差無いため赤ずきんちゃんに出てくるおばあさんに化けた狼のようだ。
弟ショウブは包帯だらけ。それを見た両親が慌てる。
「と、とりっく……? いや、それよりショウブが大変だ!」
「いつのまにこんな大怪我! ロウバイ先生のところへ連れて行かないと! 私のこれも病気かしら? 診てもらわなきゃ!」
「だっ、大丈夫! ただの仮装だよ! ショウブのはミイラ男って言ってそれらしく包帯を巻いてあるだけなの!」
慌てて引き留め事情を説明するスズラン。
話を聞くうち、やっと二人も安心してくれた。
「な、なんだ、そういうことか……」
「もっと早く教えてよ……」
「えへへ、だってハロウィンだもん。秘密にしといて驚かすのもいいかなって」
企みは大成功。両親を見上げて笑う。
そこへ彼女が現れた。レインだ。
「皆様、ようこそいらっしゃいました」
「うわっ!?」
「誰!?」
いきなり出て来た金髪メイド。再び驚く両親に「レインさんだよ」と紹介すると、今度は興味深げに彼女を見つめる。
「ああ、そういえばあの戦いの時に」
「いつも、うちのスズがお世話になっております」
「いえ、こちらこそスズラン様や皆様には大いに助けられました。今宵のこれは、それに対する感謝の宴。どうか心ゆくまでお楽しみください」
「あっ、スズも来たんだ! お〜い!」
「あらモモハル、先に来てたのね」
甲冑姿の幼馴染。彼は有色者ではないが加護のおかげでレインを認識できる。こちらも事前に説明を受けていたようで落ち着いたものだ。
「うん、ノイチゴ達もいるよ」
「トリック・オア・トリート!」
「トリック・オア・トリート!」
彼の妹ノイチゴとその親友ヒルガオは早速この仮想空間ならではの遊びを楽しんでいる。例のバスケットを持った様々なモンスター。彼等に「トリック・オア・トリート」と問いかけるとお菓子が貰えるのだ。
「ドウゾ」
二人に一つずつキャンディを渡すフランケンシュタイン。このルールの説明はレインから随時参加者に対し行われている。今頃、元の世界で眠りについた全ての人々がこのハロウィン・パーティーを楽しんでいるはず。ココノ村の住民達は特に異常事態に慣れており、すでにすっかり寛いで、あちらこちらで談笑しながらお茶とお菓子を楽しんでいた。
「皆さん、もう少し危機感を……いや、もういい」
「色々ありましたものね」
肩を落とすノコンと口に手を当て苦笑するロウバイ。ちなみにノコンは先日、ココノ村の衛兵隊長の職に復帰したばかりである。
スズランはノイチゴ達に近付く。
「二人とも、もうそんなに貰ったの?」
「あっ、スズねえ!」
「えへへ、いいでしょ」
どちらも魔女の仮装をしており、頭から外した帽子の中にたくさんお菓子を貯め込んでいた。
「でも、そのお菓子、ここでしか食べられないからすぐに食べちゃった方がいいわ。目が覚めたら消えちゃうのよ」
「えっ、そうなの!?」
「夢みたいなものだからね。気に入ったお菓子があれば、サザンカおじさんかモモハルに食べさせてあげなさい。きっと向こうでも再現してくれるわ」
「できるかなあ?」
「駄目だったら特別に私がやってあげる。ちょっとずるいから、他の皆には内緒よ?」
「やった! よし、試食しようノイチゴちゃん!」
「うん!」
「あ、あの、ぼくも、いっしょに……!」
勇気を出してノイチゴに声をかけたのはヒルガオの弟ユウガオ。顔を真っ赤にしている彼を、ノイチゴは大きなクッキーを頬張りつつ手招きした。少年は目を輝かせ駆け寄っていく。
「こらあ! また甘やかして!」
会話を聞いていたアサガオは肩を怒らせ迫ってきた。けれども、その手の中にも大量のお菓子。スズランの目の前で立ち止まった彼女は一つを指でつまみ上げるとニッと口角を持ち上げた。
「これも再現できる? すっげー美味しい。あと、この衣装可愛いよね。どっちも作ってくれんなら、今回は特別に目を瞑るよ」
「ちゃっかりしてるわね」
大きく頷き、約束するスズラン。世界を救うため本当にみんな頑張ってくれた。ご褒美くらいあって然るべき。彼女の中のマリアも、その考えに同意していた。
【ママ! 私達も食べたい!】
「出て来ていいわよ」
ミナ達とは色々あったが、ココノ村の皆なら気にはするまい。そう判断したスズランはミナの影を実体化させる。
「わっ!?」
「スズがもう一人!?」
「あ、この子はミナ。ほら、えっと、この間の……」
若干の不安を抱えつつ紹介すると、やはりあっさり受け入れられた。
「ああ、マリア様の娘さん」
「一番大きい影だった子ね」
「それがほんとの姿なんだ」
「かわい~」
「ふふん」
褒められたミナは得意気に胸を張る。本来こういう性格なのだ。
「そうでしょ? ママにそっくりだって良く言われるの」
無類のママッ子なのも昔からである。
「本当に似てるなあ……」
「なんだか娘が二人になったみたいね」
微笑む両親。そんな二人を見てから、ミナはこっそりスズランに耳打ちする。
「ママ、この人達って今のママの両親なのよね?」
「そうよ?」
「じゃあ、えっと……おじいちゃんとおばあちゃんって呼んだ方がいいかしら?」
「それは……やめてあげて」
二人ともまだ三十代。流石にショックを受けると思う。
「まあ、何はともあれ楽しみましょう。ユウもいらっしゃい」
スズランの言葉に応え、続けて実体化する≪均衡≫の神ユウの影。こちらは十歳ほどでミナより幼い少年の姿。
「あら、可愛い子ね」
「こっちの子も、どっかスズちゃんと似てんな」
レンゲとサザンカの言葉に、スズランも、というか彼女の中のマリアも得意気になって胸を張る。
「息子ですから」
「じゃあ私達、おじいちゃんとおばあちゃんになるのかしら?」
首を傾げるカタバミ。気を遣ったのに自分でそれを言ってしまった。隣でカズラが苦笑する。
「むしろ祖先じゃないかな。マリア様の御子息なんだし」




