異世界から感謝を込めて
『スズラン様、我が主よりご連絡がございます』
「なんでしょう?」
明日の授業で使う教材の準備中、スズランが一人でいる時に話しかけて来たのは金髪で眼鏡のメイドさんだった。名はレイン。実体は無く、資格ある者の目にしか見えない存在。彼女はあらゆる世界を繋ぐ架け橋レインボウ・ネットワークの接続者をサポートする目的で開発されたAIプログラムだ。
開発者の名は浮草 雨龍。こことは別の界球器に暮らす日本人で≪情報≫と≪創造≫の二つの能力に覚醒した有色者だと聞いている。レインの言う主とは彼のこと。
続きを促された彼女は顔を上げて微笑んだ。
『スズラン様、ならびにこの世界の皆様が“崩壊の呪い”を鎮めてくださったことにより、我が主の暮らす世界も救われました。そこでマスターは、お礼としてささやかな催しを企画なされたのです』
「企画?」
『今宵、この世界の皆様をハロウィン・パーティーにご招待したいと』
ハロウィン。かつてマリア・ウィンゲイトが生まれた世界で行われていた行事。ケルトの人々は十月三十一日を一年の終わりとしており、その日に死者の霊魂が家族を訪ねると信じていた。ようはボンに似た行事。
もちろんボンとは違う部分もある。ハロウィンの場合、死者の霊だけでなく悪い精霊や魔女も祭に乗じてやって来ると考えられていた。そこで魔除けの炎を焚き、仮面を被って邪悪な者達に紛れ込み、やり過ごしたのだと言われている。
ただし、ハロウィンには別の顔もある。後の人々が元の宗教的行事からかけ離れたイベントへと作り変えてしまったものだ。
まず仮装した子供達が近所の家々を訊ね“トリック・オア・トリート”と問う。意味は“悪戯かお菓子か”で、お菓子をくれなければ悪戯する。貰えた場合は何もしない。それがルール。
子供だけでなく大人も仮装を楽しんだり、家をおどろおどろしく飾り付けて近所の家とどちらがより怖いか競い合ったりしたもの。マリアと姉のユカリも毎年楽しみにしていた。特に故郷イギリスのそれは日本のハロウィンより本格的だったことを覚えている。
久しぶりにできるなら楽しみだが、しかし──
「そのためにまず、私の力を貸して欲しい、そういうことですね?」
『はい』
やはりか。先程レインはこの世界の人々を招待すると言った。けれど全人類をまとめてどこかの異世界へ転移させるにはかなりの手間を要する。いきなり別の世界に飛ばされた側も驚くし不安になるだろう。
そもそも、そんな大規模なハロウィン・パーティーなんてどこでやればいい?
『マスターはネットワークの機能を借りて仮想空間を作成しました。そこにスズラン様の御力を借りて皆様の精神だけをご招待したいと』
「なるほど」
これも予想通り。ネットワークには元々精神跳躍という精神だけを異世界に転移させる機能が付いている。でも利用できるのは特定の条件を満たした者のみ。マリアなら、その制限を一時的に解除することも可能。
『お願いできますでしょうか?』
「いいでしょう、引き受けます」
こちらも助けられた側なのだし、礼など必要無い。一瞬そう考えたものの、向こうとてそんなことはわかっていて、けれど何もしなくては気が済まないから、こんな催しを企画した。
なら、素直に謝意を受け取った方がお互いのためになる。先日の戦いで頑張った人々に対する慰労としても、たしかにちょうどいい。
「といっても、今の私が単独でそこまでの力を発揮するのは無理だし……姉さん手伝ってくれる?」
【しゃあないわね~】
スズランの胸元に埋まった虹色の宝石が輝き、脳内に直接返答が響いた。気だるそうなこの声の主はユカリ・ウィンゲイト。マリア・ウィンゲイトの双子の姉で≪情報≫の神。
【ハロウィンなんて久しぶり! 楽しみねユウ!】
【……】
マリアの子供達、ミナとユウの姿も思い浮かぶ。この子達も喜んでくれるなら、やはりやり甲斐がある。
「ふふ、みんな楽しんでくれるといいわね」
スズランの髪と瞳が虹色に輝き、始原七柱と呼ばれる始まりの神々の権能が彼女の中で混ざり合って一つの大きな渦を作った。
やがて渦は球体になり、スズランの目の前に実際に姿を現す。彼女はそれを両手で挟み込む。
パン!
小気味良い音が響くと同時、室内を満たしていた虹の輝きが失せる。スズラン自身元の姿に戻ってレインに告げた。
「これで、今夜眠った人々は自動的に会場まで飛ばされますわ」
『ありがとうございます。スズラン様も是非いらしてください』
「ええ、そうさせていただきます」
ハロウィンなんていつ以来か。女神だった頃の遠く遥かな記憶を回想しつつ、スズランは再び明日の授業の準備に戻った。




